ESG研究所【ESGブック】大学生による企業サステナビリティ課題分析
2026年08月28日

本稿では昨年に引き続き筆者が外部講師として参加した、昭和女子大学グローバルビジネス学部の今井章子教授担当の「ビジネス開発研究E」における学生プレゼンテーションの内容を紹介する。筆者は本講義に過去5年ほど携わってきたが、学生たちのプレゼンテーションの質は年々向上しており、その分析内容も非常に興味深いものとなっている。実務の現場では得難い視点や発想に触れる機会も多く、筆者自身にとっても多くの示唆を得られる貴重な学びの場となっている。
今年度は学生を6グループに分け、各グループが関心を持つ企業を選定し、その企業が直面するサステナビリティ課題を公開情報に基づいて分析する課題に取り組んでもらった。ポジティブな取り組みに対してはさらなる推進策を、課題が認められる領域については改善策を提案することを求めた。各グループは日本企業のみならず海外企業も対象に含めながら複数企業を取り上げ、それぞれのサステナビリティ課題について分析を行い、推進策や改善策を発表した。分析にあたっては、ESGブックのスコアリング・フレームワーク(図)を活用して企業評価を実施した。
サステナビリティへの取り組みは、しばしば「社会貢献活動」あるいは「コスト」として捉えられがちである。しかし学生たちは本分析を通じて、先進企業においてはサステナビリティ課題への対応が経営戦略そのものに組み込まれ、競争力の強化、新たな事業機会の創出、リスク管理、さらには長期的な企業価値向上を支える重要な経営基盤となっていることを理解できたのではないかと考える。以下では、ESGブックのフレームワークに基づき、各グループが取り上げた企業の分析内容と、その推進策・改善策の要点を紹介する。
■環境(E:Environment)分野の取り組み
環境分野では、単なる環境負荷低減や規制対応にとどまらず、環境課題を新たな事業機会へと転換している企業の取り組みが高く評価された。
- 花王:廃棄PET(ペットボトル等)を活用した高耐久な舗装材事業を展開。単なるリサイクルや二酸化炭素(CO2)削減にとどまらず、社会インフラの耐久性向上という付加価値を提供し、環境価値と事業収益性を高次元で両立させている。
- クボタ:営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)を推進。農業支援(営農継続・収入増)と脱炭素化(再生可能エネルギー創出)を同時に達成し、環境課題と社会課題を統合的に解決するモデルを構築している。
- リコー:2050年のバリューチェーン全体での温室効果ガス(GHG)排出実質ゼロを掲げるとともに、再生複合機事業を軸とした「循環型ビジネスモデル」を確立。環境対応をコストではなく長期的な競争優位の源泉と位置づけている。
- 日立製作所:2010年度比で水使用量を大幅に削減するなど高い環境目標を達成しつつ、水処理技術を活用した「社会イノベーション事業」を展開。環境関連情報の開示システムを運営し評価を行うCDPの評価でも最高ランクを獲得するなど、高い実行力で環境課題解決と成長戦略を両立している。
- セブン&アイ・ホールディングス:自社店舗・オフィスでの省エネや再エネ導入を進めるだけでなく、自社の直接排出にとどまらず商品調達等を含む「スコープ(Scope)3」を含めたサプライチェーン全体での脱炭素化に意欲的に取り組んでいる。
■社会(S:Social)分野の取り組み
社会分野では、「人的資本」と「社会資本(地域社会や顧客との信頼関係)」という二つの観点から企業の取り組みが分析された。
◎人的資本(Human Capital)
- 三菱商事 / ライオン:働き方改革、健康経営、DE&I(多様性・公平性・包摂性)の推進、柔軟な就労環境の整備を積極的に実施。両社ともに、労働力不足が進む日本において「人」を最大の経営資源と位置づけ、生産性向上と企業価値拡大につなげている。
- スターバックス:従業員およびサプライチェーン全体における人権保護を重視し、強制労働や児童労働の禁止、ダイバーシティ推進を明記。実践と救済措置に重点を置く一方で、広大なサプライチェーン末端への浸透が課題とされる。
◎社会資本(Social Capital)
- NGK:留学生支援や地域貢献活動を長年継続し、地域社会との強固な信頼関係とブランド価値を築いている。
- サンマルクホールディングス / ロールス・ロイス・ホールディングス:サンマルクは顧客個人情報の利用・管理ルールを明確化して信頼を担保。ロールス・ロイスは顧客およびサプライチェーンのデータ保護を最重要リスクと捉え、AIを活用したサイバーセキュリティ研究ネットワークを構築するなど、データインフラを通じた信頼性の維持を図っている。
- ソニーグループ:「人権デュー・ディリジェンス」を厳格に導入。サプライチェーン上の人権リスクを予防的に管理・特定する体制を整えており、リスク予防重視の姿勢が際立つ。
■ガバナンス(G:Governance)分野の取り組み
ガバナンス分野では、「ビジネスモデルとイノベーション」と「リーダーシップとガバナンス」の二つの観点から企業の取り組みを検証した。「ビジネスモデルとイノベーション」では、環境・社会の変化を事業機会へと転換し、自社の成長戦略や事業構造の変革につなげている企業を取り上げた。また、「リーダーシップとガバナンス」では、リスク管理の高度化、経営の透明性向上、そしてサステナビリティ経営を支える実効性の高いガバナンス体制の構築に着目し、その取り組みを分析した。
◎ビジネスモデルとイノベーション(Business Model & Innovation)
- 伊藤忠商事:水不足やエネルギー問題という地球規模の課題に対し、水処理・海水淡水化事業、再生可能エネルギー、AI蓄電池事業などへ積極的に投資。社会的課題の解決を自社の新たな成長エンジンの軸へ転換している。
- いすゞ自動車:従来の「商用車(車両)の製造・販売」ビジネスから、EV導入支援サービス「EVision」やバッテリー交換実証実験などを通じた「ソリューション提供型ビジネス」へと構造転換を推進。顧客の脱炭素化を後押ししながら収益基盤を拡大している。
◎リーダーシップとガバナンス(Leadership & Governance)
- 任天堂:独占禁止法研修の実施や公正取引体制の整備を進め、市場競争におけるリスク管理を徹底。
- ENEOSホールディングス:監督と執行の分離を明確化し、社外の視点を取り入れることで経営の透明性と客観性を向上。
- 日清食品ホールディングス:内部統制やコンプライアンス体制を強化し、食品安全管理とリスク予防を長期的なブランド価値向上に結びつけている。
- サントリービバレッジ&フード:サステナビリティ委員会の設置や社外取締役の活用により、独立性の高い経営監視体制を構築。
- トヨタ自動車:全社的な脱炭素化の主導に加え、人権方針に基づくサプライチェーン全体での人権デュー・ディリジェンスを実施。外国人技能実習生の問題に対しても実態調査や改善指導を行うなど、実効性を伴うガバナンスを発揮している。
■まとめ
各グループが取り上げた事例を比較することで明らかになったのは、優れたサステナビリティ経営を実践する企業ほど、環境・社会課題の解決と自社の収益拡大や事業成長を一体的なものとして捉えているという点である。サステナビリティ課題を単なるコストや法規制への対応として受動的に捉えるのではなく、イノベーション創出の機会、新たな事業モデル構築の契機、さらには長期的な競争優位を確立するための経営戦略として位置付けることが、持続的な企業価値向上の鍵となる。
また、今回学生が分析対象とした企業はいずれも、自社のサステナビリティに関する情報を積極的に開示している企業であった。いわゆるグリーンウォッシュなどの問題は厳に避けなければならないが、サステナビリティの価値は財務指標のみでは十分に把握できない側面も多い。そのため、企業には透明性の高い情報開示を継続的に行い、多様なステークホルダーとの対話を深めていくことが求められる。
一方で、学生たちの関心は、就職活動などを通じて接する機会の多い著名企業や身近な企業に向かう傾向が見られた。しかし、実際の経済活動はそうした企業だけによって支えられているわけではない。社会インフラを支える企業や、高い技術力や専門性によって産業基盤を支える企業など、一般には広く知られていなくとも重要な役割を果たしている企業は数多く存在する。次回以降の外部講師としての機会においては、そのような企業にも目を向けながらサステナビリティの取り組みや企業価値創造のあり方を分析し、日本経済や産業構造をより多面的に理解する視点を養ってもらいたいと考えている。
ESGブック(アラベスクS-Ray 社)日本支店代表 雨宮寛