ESG研究所【ESGブック】データで見るESGの現在地:米企業の変調と企業間格差の拡大
2026年07月27日

2025年1月の第2次トランプ政権発足以降、企業のサステナビリティへの取り組みや情報開示の姿勢にどのような変化が生じているのだろうか。本稿では、過去5年間にわたる企業のサステナビリティ・パフォーマンスの推移をESGブック(アラベスクS-Ray)のスコアから読み解き、その変化の特徴を考察したい。
1. 過去5年間の環境変化とデータ連続性の捉え方
この5年間、サステナビリティを取り巻く環境では、「非財務情報の標準化・開示義務化」と「米国を中心とした反ESG・反DEI(多様性・公平性・包摂性)の動き」という2つの大きな潮流が交錯してきた。
22年から23年にかけては国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の開示基準の整備や欧州の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の採択など、世界的な規制強化が進展した。一方で24年以降は、政治的・社会的な反発を背景に、企業がESGやDEIに関する取り組みを見直す動きも見られるようになった。
表1は、米国、欧州、日本、アジア太平洋地域(日本を除く)における過去5年間の6月30日時点のサステナビリティ・パフォーマンスの推移を示している。なお、24年以降はSASB(サステナビリティ会計基準審議会)スタンダードの考え方を取り入れた新たなスコアリングモデルへ移行しており、22~23年と24年以降のスコアには断層が存在する。ただし、環境、社会、ガバナンス、人的資本といった評価の基本構造は共通しており、中長期的な傾向や地域間比較を行う上では有益な示唆を与えてくれる。
表2では、表1で示した各スコアの標準偏差の推移を示した。平均スコアが地域全体のパフォーマンス水準を表すのに対し、標準偏差は企業間のばらつきの大きさを表している。標準偏差の上昇は、同じ地域内であっても先進企業と出遅れ企業との格差が拡大していることを意味する。本稿では、平均スコアの変化だけでなく、企業間格差の変化にも着目したい。
2. 米国における停滞と低下傾向
表1から顕著に読み取れるのは、米国企業のサステナビリティ・パフォーマンスに停滞ないし低下傾向がみられる点である。米国の合計スコアは24年の48.72から25年には47.99、26年には46.26へと低下している。個別項目では、環境スコアが24年の45.21から26年には40.88へ低下した。こうした動きは、脱炭素政策やエネルギー政策を巡る環境変化のなかで、企業の環境投資や情報開示の姿勢に変化が生じている可能性と整合的である。
また、社会面や人的資本に関する指標の低下も目立つ。DEIスコアは23年の55.48から24年には48.09へ大きく低下し、その後も低水準で推移している。「従業員の健康と安全」に関する指標も26年には35.71まで低下しており、人的資本関連の取り組みにおいても慎重姿勢が広がっていることがうかがえる。
さらに注目すべきは、表2が示す企業間格差の拡大である。米国のDEIスコアの標準偏差は23年の10.30から26年には24.47へと倍増以上の水準まで拡大している。また、従業員の健康と安全スコアの標準偏差も13.41から20.35へ上昇した。平均スコアが低下する一方で企業間のばらつきも拡大していることから、米国ではサステナビリティや人的資本への対応が一様に後退しているというよりも、積極的な企業と慎重な企業との二極化が進んでいる可能性が示唆される。
3. 他地域との比較と地域間ギャップの拡大
これに対し、欧州、日本、アジア太平洋地域では、米国で見られるような平均スコアの低下傾向は限定的である。欧州の合計スコアは24年の55.45から2026年には56.48へと上昇している。環境、ガバナンス、人的資本関連の多くの項目でも改善傾向が見られ、特にDEIスコアは61.48まで上昇している。制度的な後押しを背景に、多様性への取り組みが企業経営の中に定着していることがうかがえる。
日本ではSASBスタンダードの考え方を取り入れた新基準導入時にスコアが低下したものの、その後は回復傾向を示している。DEIスコアは24年の31.82から26年には41.64へ改善しており、人的資本開示の充実や人的資本経営への関心の高まりが反映されている可能性がある。アジア太平洋地域でも合計スコアは24年以降改善基調にあり、総じて安定した推移を示している。
一方で、表2からは地域を問わず企業間格差が拡大している様子も確認できる。日本では合計スコアの標準偏差が23年の8.38から26年には10.36へ、アジア太平洋地域では8.52から11.21へ上昇している。また、人的資本関連指標の標準偏差は各地域で総じて高水準となっており、特にDEIや従業員の健康と安全の分野では企業ごとの差異が大きくなっている。
これは、サステナビリティへの対応が「地域全体として前進しているか否か」という段階から、「どの企業が競争優位を築き、どの企業が取り残されるのか」という段階へ移行しつつあることを示している。平均スコアの変化だけでは見えにくい企業間格差の拡大は、今後のサステナビリティ経営を考えるうえで重要な論点となるだろう。
4. まとめ
ESGブックのスコア推移からは、米国企業においてサステナビリティへの取り組みが相対的に停滞している傾向が確認できる。一方で欧州や日本、アジア太平洋地域では改善または安定的な推移が続いており、サステナビリティを巡る地域間の方向性の違いが鮮明になりつつある。
さらに標準偏差の分析からは、地域間格差だけでなく企業間格差の拡大も進行していることが示唆される。特に人的資本分野では企業ごとの対応姿勢の差が拡大しており、サステナビリティが「すべての企業が同じ方向へ進む課題」から、「企業ごとの差別化要因」へと変化しつつあることがうかがえる。今後は平均スコアの上昇・低下だけでなく、その背後にある企業間の分散にも注目することで、サステナビリティ経営の実態をより立体的に捉えることができるだろう。
ESGブック(アラベスクS-Ray 社)日本支店代表 雨宮寛