ESG研究所Access to Medicine 財団へのインタビュー:製薬業界のESG課題「医薬品へのアクセス」

※本記事は英語版を作成しております。

医薬品へのアクセスは依然として国際的な課題である。全世界で20億人が医薬品へのアクセスを持たない。このような脆弱な層の多くは低・中所得国で暮らしている。SDGs(持続可能な開発目標)も、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成の一つの要素として、医薬品へのアクセスを掲げている。(ターゲット3.8)

こうした課題を解決するべく、Access to Medicine 財団は、製薬業界や投資家を含む多様なステークホルダー間のエンゲージメントのイニシアチブを取り、製薬会社が低・中所得国においてどのように医薬品やワクチン、診断薬、その他の医療製品へのアクセス改善に取り組んでいるのか、調査をおこなっている。

2018年11月、同財団は2018年度のAccess to Medicine指数を発表した。6回目の公表となる同指数によると、企業間やテーマ間で差はあるものの、製薬業界全体として医薬品へのアクセスは向上したことが分かった。ランク入りした日本企業4社のうち、武田薬品工業株式会社は前年度調査より10位以上順位を上げて5位に上昇した。エーザイ株式会社、第一三共株式会社、アステラス製薬株式会社も指数に含まれている。医薬品へのアクセスに対する投資家の関心は徐々に高まっている。2018年11月20日時点で、総運用資産額11兆米ドルを超える84の投資家が、同指数の投資家宣言(Investor Statement)へ署名した。署名した投資家は、同指数の分析結果を自らの投資分析と製薬会社へのエンゲージメント内容に適宜反映する、と表明する。

ESG研究所は同財団でInvestor Engagement Managerを務めるBowen Gu氏にインタビューをおこなった。2018年の指数の所見や、同財団による投資家へのエンゲージメント、そして日本の投資家と製薬会社に対する見解と期待について話を伺った。

 

(Q) Access to Medicine財団の目的は?

(A) 当財団は10年以上前に独立したNPOとして発足した。指数の公表は今回で6回目となる。歴史を遡ると、特に低・中所得国における医薬品へのアクセス改善のために、製薬業界にインセンティブを与えて取組みを加速させることが設立者の考えだった。製薬会社が同業他社の取組みを学び、より積極的にベストプラクティスに倣うよう動機づけるべく、業界トップ20社のランキングを作成した。
当財団は、製薬会社をはじめ、製薬会社の株主である投資家や政府を含む様々なステークホルダーと対話をおこなっている。国際保健のアジェンダを支持するイギリス政府、オランダ政府、ビル&メリンダ・ゲイツ財団から資金提供を受けている。

 

(Q) 企業と投資家に対して、どのようにエンゲージメントをおこなっていますか?

(A)当財団にはAccess to Medicine指数とAntimicrobial Resistance (薬剤耐性)ベンチマークそれぞれ専任のアナリストチームがいる。更にCompany Engagement Teamは、当財団の調査結果や勧告への理解を高めるために企業と対話をおこなう。日本の厚生労働省、外務省、国際協力機構(JICA)を含む各国政府機関と対話し、政策立案を支援するGovernment Engagement Teamもある。

Investor Engagement Teamは製薬会社の株主である投資家と対話をおこなう。投資家宣言に署名した投資家は、当財団の取組みを支持し、医薬品へのアクセスは製薬業界にとって重要課題であると賛同する。署名投資家は、調査結果を自身のエクイティ・リサーチや企業へのエンゲージメントに活用することができる。また製薬会社へのエンゲージメントを展開する前に当財団へ相談すれば、知見や調査情報を共有できる。

Access to Medicine指数は金融上のツールではない。ランキングと幅広いテーマの調査結果を示す統計や数値からなる極めて情報量の多い報告書である、という点が特徴だ。当財団のウェブサイトでは企業毎の報告書を公開している。医薬品へのアクセスに特化した企業のESGプロフィールと言えよう。

 

(Q) 日本の投資家の印象は?

(A)2018年は3つの投資家が署名投資家に加わったことを嬉しく思う。当財団はオランダを拠点としているため、今までは欧州の投資家との対話が主であり、最近になって米国の投資家と対話を始めたばかりだ。日本では、ESGとスチュワードシップ・エンゲージメントの重要性を理解している年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)を含む様々なステークホルダーからの認知度が高まっており、今後、日本の投資家からのエンゲージメントは増えると考える。2018年12月11日に東京で開催した2018 Access to Medicine 指数の投資家ローンチイベントでは、多くの投資家が当財団の活動に関心を寄せ、日本の製薬会社との二者協議に参加して医薬品へのアクセスにおける重要課題について議論していた。

 

(Q) Access to Medicine指数の評価フレームワークはどのようなものですか?


(参照: Access to Medicine Foundation

(A)同指数は7つの技術領域からなるフレームワークに基づいている。この7分野は、国際保健の専門家や投資家など様々なステークホルダーと協議を重ね、合意した結果を反映している。2年に1度、当財団のExpert Review Committeeが評価フレームワークの見直しを行っている。

・General Access to Medicine Managementでは、医薬品へのアクセス向上の目標をどのように監督し、計画を立て、管理しているかが評価される。投資家は取締役会レベルの監督があることや、経営幹部を含む従業員に対して長期のインセンティブ制度があるのか関心を寄せている。

・Market Influence & Complianceの分野は、企業のリスクマネジメントはもちろん、製薬会社と外部組織との関係性に注目し、その関係性が医薬品へのアクセスにどのような影響をもたらすのか吟味する。製薬会社がエシカルマーケティングや腐敗防止といった課題に関するコンプライアンスの枠組みを整備しているのかも調査の対象となる。

・Research & Development(以下R&Dと記載)は製薬業の核となる部分だ。R&Dでは、低・中所得国の優先的な医薬品ニーズに応えているのか、更には医薬品へのアクセスを確保する計画を整備しているのかを評価している。例えば、R&Dは行っていても、途上国市場における販売承認申請の計画はないという企業がある。こうして開発された薬品は、真に薬品を必要としている人々の手元に届くこともなければ、入手可能な価格で販売されることもないだろう。また、臨床試験に関する方針が透明性を持つか、倫理的かどうかも調査している。

・Pricing, Manufacturing & Distributionはサプライチェーンの側面に着目する。製薬会社が販売承認申請を行う際に公衆衛生に配慮しているのか、薬価設定時に入手可能な値段について考慮しているのかを評価する。この分野におけるベストプラクティスの例としては、社会経済的要因に配慮し、社会階層毎に異なる価格で販売されるように、公正な価格設定戦略を立てているか、という点だ。例えばブラジルのように人口間で国内所得格差が大きい国では、このような取組みが適している。

・Patents & Licensingの分野は、特許とライセンシング慣行の透明性を評価する。例えば、開発途上国の人々の医薬品へのアクセスを支援するために、開発途上国のジェネリック医薬品製造会社との自発的なライセンス契約を結んでいるかが考慮される。

・Capacity Buildingは、地域の健康・医療システムの強化への企業の貢献度に注目する。製薬会社は医薬品へのアクセスに対し責任を負うが、低・中所得国の強じんかつ協力的なエコシステムなしには機能しない。R&D、現地の製造キャパシティ、サプライチェーン管理、医薬品安全性監視のシステム、医療制度強化の分野において、キャパシティ・ビルディングは特に重要だ。

・Product Donationは、製品寄付プログラムのスケールや、企業がどのように協力団体と協力して寄付プログラムの質、持続性、そしてニーズへの対応度を確保しているのかが評価される。

上記7つの技術領域は、製薬会社の方針と取組みを定性的・定量的に評価する69の指標から成り立っている。

 

(Q) 2018年指数の要点は?

(A)2018年は、初めてがんを調査対象とした。これは国際保健のコミュニティの知見を反映してのことだ。統計上、新興国においてがんは増加傾向にある。当財団の分析の結果、多くの企業が抗がん剤のR&Dと製造を進めているが、低・中所得国の医薬品へのアクセスを考慮した販売承認申請を行っている企業は非常に少なく、4.7%にとどまる。ガバナンスにおいては、より多くの企業が取締役会レベルの監督体制と従業員の長期インセンティブ制度を整備しているが、まだ大多数ではない。エシカルマーケティングも重要だ。例えば、セールス・インセンティブの基準から売上目標を切り離すよう企業へ呼びかけている。売上目標に応じたセールス担当者の報酬制度を廃止したのは20社中たった9社だった。

 

(Q) 日本企業のパフォーマンスへの感想は?

(A)当財団の調査対象である日本企業については、この数年間で向上が見られる。特に武田薬品工業株式会社は15位から5位に浮上した。同社は2016年に策定した医薬品へのアクセスの戦略を積極的に実施した。例えば、同社はCEOに医薬品へのアクセスにおける責任を新たに託し、公正な価格設定とキャパシティ・ビルディングへのアプローチを充実させた。一方で、当財団の企業別評価の”Opportunities”セクションに記載がある通り、価格の細分化や、後期臨床開発品に特化したアクセスの計画を立てるなど、改善の余地はある。

11位から8位に上昇したエーザイ株式会社もこの数年で向上を見せている。特にR&Dの分野における評価は高い。開発途上国でのニーズが高い医薬品のR&Dプロジェクトに多く取り組むためにパートナーシップに参加している。製品寄付にも積極的だ。臨床開発の段階からR&Dプロジェクトのアクセスプランを策定することや、より多くの低・中所得国における抗てんかん薬の登録を拡大するなど、同社の貢献には期待が高まる。

アステラス製薬株式会社と第一三共株式会社は順位において大きな変化はないものの、それぞれ向上を見せている。第一三共株式会社は、R&DとPatents&Licensing の2つの技術領域で前進した。アステラス製薬株式会社は、R&Dへのコミットメントとコンプライアンス制度を強化した。一方、これら2社は企業戦略に整合性を持つような医薬品へのアクセスの包括的な戦略を策定していない。メイン商材のアクセスプランや開発段階からR&Dプロジェクトのアクセスプランを立てるなど個々の分野における取組みに加えて、包括的な戦略を整備し、CEOおよび取締役会レベルによる理解を得ることを、当財団は奨励する。

 

(Q) 投資家はどのようにAccess to Medicine指数を活用していますか?

(A)活用の方法は複数ある。一つは、当財団のアナリストから、企業レベルの見解と業界レベルのトレンドについて情報提供を得ることだ。当財団は10年以上にわたる製薬会社のパフォーマンスを監視しているため、製薬会社そして業界全体の普遍的なトレンドを把握している。マクロレベルの分析に役立つだろう。また、全体順位、企業の点数、技術分野毎の点数を含む定量的なデータも提供している。投資家はこうしたデータを使って、上位企業をスクリーニングすることができる。複数の投資家は、クライアントの要望に基づき、下位企業を除外して最も評価の高い企業を選定する等している。

企業へのエンゲージメントにおいても、投資家はAccess to Medicine指数を活用できる。当財団は企業へのエンゲージメントをコーディネートしている。2018 Access to Medicine Indexの投資家ローンチイベントでは、上述の4社に加えてAntimicrobial Resistance (薬剤耐性)ベンチマークの対象である塩野義製薬株式会社と投資家のワン・オン・ワンミーティングの機会を設けた。当財団の企業別報告書を使って、これらの製薬会社のパフォーマンスを把握し、同業他社と比較し、エンゲージメントの際の質問事項を検討することもできる。また、当財団のデータを医療・保健関連のSDGs目標への企業の貢献度を測定するツールとしても利用できる。

 

(Q) 欧州の投資家はエンゲージメント以上にインテグレーションやポジティブ/ネガティブスクリーンにAccess to Medicine指数を活用していますか?

(A)クライアントの要求に基づき、ベスト・イン・クラスのアプローチでスクリーニングする投資家もいる。どの製薬会社が最適な医薬品へのアクセスに関しアプローチしているのかを調べて、上位10社を選びポートフォリオに組み入れる責任投資家もいるようだ。R&Dや価格設定など最も関心のある個別のテーマについて閾値を設定し、閾値を下回る企業を投資先から除外する場合もある。製薬業界のアナリストも、一般的なESG調査に加えて当財団の調査を使っているようだ。

 

(Q) 日本の投資家と製薬会社への期待は?

(A)日本の投資家からの関心は高まっている。投資家宣言に署名することが第一歩で、エンゲージメントで実質的に指数を活用することが次のステップだ。2018 Access to Medicine 指数の投資家ローンチイベントで設けた投資家と企業のワン・オン・ワンミーティングではそのような前進があったし、企業と対話する際に指数が役立ったと前向きなフィードバックを受けた。今後は、特定のトピックに関する深い議論が行われることを期待している。例えば、取締役レベルの監督や企業の医薬品へのアクセスに関するガバナンス体制について質問するなどだ。製薬企業の課題を投資家が理解する、そして改善が必要な技術領域について企業側も理解するという、企業・投資家双方への支援を行っていきたい。

 

(Q) 投資家と製薬業界へメッセージをお願いします。

(A)NPOとして当財団の調査対象は20社に限られている。しかし、指数のフレームワーク(つまり指数が何を評価しているか)はより多くの製薬会社に適用することができる。投資家がフレームワークを自身の投資ユニバースに適用することも期待している。企業も、価格設定の戦略、R&D、特許&ライセンシングに係る社内方針策定に活用してほしい。

投資家の役割は重要だ。責任あるスチュワードシップ行動が鍵となる。企業別レポートカードは2016年度の指数からの変化と各企業への期待について詳述している。企業そして投資家に対する明確なメッセージでありながら、エンゲージメント時の質問としても活用可能だ。


(向かって左から:QUICK ESG研究所 中塚、広瀬、Access to Medicine財団 Bowen Gu氏)

◆Access to Medicine 財団について

https://accesstomedicinefoundation.org/

Access to Medicine Foundationはオランダを拠点とする非営利組織。低・中所得国の人々の医薬品へのアクセスを改善させるため、製薬会社を先導し、インセンティブを与えるべく調査をおこなっている。同財団のAccess to Medicine指数は、低・中所得国で疾病負荷の高い疾病用の医薬品を取り扱い、研究所を擁するグローバルな製薬会社20位のランキングを作成している。ランキングは2年に1度更新される。

◆Access to Medicine Foundation Investor Engagement Manager Bowen Gu氏

https://accesstomedicinefoundation.org/our-team/bowen-gu

◆2018 Access to Medicine指数

https://accesstomedicinefoundation.org/publications/2018-access-to-medicine-index

 

取材日:2018年12月14日
聞き手:株式会社QUICK ESG研究所 広瀬悦哉、中塚一徳、平井采花

QUICK ESG研究所 平井采花