ESG研究所【ESGブック】国連が個社のグリーンウォッシュ疑惑を指摘 ニュースの影響にどう向き合うか

【ESGブック】国連が個社のグリーンウォッシュ疑惑を指摘 ニュースの影響にどう向き合うか

今年に入り、サステナビリティに関する情報公開の規制は欧米で緩和の方向に推移している。そのような中、国連がグリーンウォッシング(見せかけの環境対応)の可能性を指摘し、日本企業も関係する案件が発生している。サステナビリティの観点だけでなく、トランプ関税の影響によりサプライチェーンへの関心が高まっている現状を鑑みると、サプライチェーンの管理には一層の注意を払う必要があるだろう。

ビジネスと人権リソースセンターは5月19日、「国連は、インドネシアで2番目に大きいパーム油企業であるアストラ・アグロ・レスタリ(AAL)社を名指しし、スラウェシ島でのパーム油生産に関連する体系的な人権侵害および環境破壊の具体的な疑惑を提起した」とウェブサイトで報じた(注1)。「疑惑の内容には、先住民族の祖先の土地や農村コミュニティの土地に対し必要な許可なしで操業を行ったことによる土地収奪、AALに対して平和的に抗議する地元コミュニティへの威嚇や刑事訴追、そして水資源の汚染などの環境劣化が含まれる」という。

アストラ・アグロ・レスタリ社(以下、AAL社)は、インドネシアのジャカルタ証券取引所に上場している農産物を取り扱う企業だ。5月27日時点の時価総額は11兆4000億インドネシア・ルピア(約1000億円)、2024年度の売上高は13億5000万ドル(1ドル=142円で換算すると約1917億円)に上り、日本の東証プライム市場に上場できる規模の企業である。AAL社よりも規模は大きいが、日清製粉グループ本社やニチレイが同じ業種に該当する。

ビジネスと人権リソースセンターによると、国連がAAL社に対して人権侵害と環境破壊に関する懸念を表明したのは、今年3月3日のことだ(注2)。国連が業界全体ではなく、特定の企業名を挙げて懸念を表明したのは、今回が初めてという。AAL社の人権侵害や環境破壊の疑惑は、この懸念表明以前からすでに広まっており、同社からのパーム油調達を中止する企業も少なくない。米国食品大手では、ケロッグ社、モンデリーズ社、ハーシーズ社、飲料大手ではペプシコ社など、世界の大手消費財ブランド10社が取引を停止している。

ビジネスと人権リソースセンターは、AAL社及びその親会社、並びに国際環境NGO「FoE(Friends of the Earth)」の報告書に記載されたAAL社のパーム油生産に関係する企業、機関投資家、金融機関に対し、本事案に関する見解を求めた。対象は日本企業を含む46社である。5月19日までに本見解に回答を提出したのは17社で、そのうち日本企業は4社であった。

次の表では46社のうちのAAL社及び日本企業5社を含む15社において、ESGブックのESGパフォーマンススコアの「コア」と「プラス」、そしてリスクスコアの「コア」と「プラス」を比較したものだ。ESGブックの両スコアには企業の開示情報で評価する「コア」と、企業の開示情報にメディアのニュースやNGOの情報を加えて評価する「プラス」がある。プラスからコアを差し引いた「ニュースインパクト」がマイナスの場合、ニュースのネガティブな影響があることを示す。

 

 

 

表1および表2のデータから、ESGパフォーマンススコアとリスクスコアにおいて、ニュースによるネガティブインパクトが15社中9社に見られたことが確認できる。本見解への回答を提出した9社のうち5社がネガティブインパクトを受けた一方で、回答を提出していない6社のうち4社が影響を受けており、回答を提出していない企業の方が割合としてネガティブインパクトを受けやすい傾向があることが示唆される。この結果は、企業の情報開示やコミュニケーションの重要性を示していると言える。

SASBスタンダードをベースにしたESGパフォーマンススコアで見たニュースインパクトでは、ペプシコ(-0.80)、モンデリーズ・インターナショナル(-0.71)、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G、 -0.50)、ネスレ(-0.46)がネガティブインパクトの上位であり、このうちP&Gを除く3社は回答を提出していない。

国連グローバルコンパクトをベースにしたリスクスコアのニュースインパクトでは、ネスレ(-4.63)、ペプシコ(-3.25)、中国銀行(-1.01)がネガティブインパクトの上位3社であり、いずれも回答を提出していない。このように、グリーンウォッシング懸念のある事案に国連やNGO等が見解を求めていることに対して、会社としての回答を提出していないことは適切な行動とは言えないと考えられる。

インドネシアで第2位のパーム油生産量を誇る上場企業に関する人権侵害や環境破壊のニュースは、関与する企業の立場によって影響が異なる。特に、この企業をサプライヤーとして利用している食品会社にとっては、ニュースの影響は大きいと考えられる。消費者やNGOからの圧力が高まり、サプライチェーンの見直しやブランドイメージへの影響が懸念されるためである。

一方で、当該企業を投融資対象としている場合、その影響は比較的限定的である。投資家はリスクを分散していることが多く、直接的なサプライチェーンの問題に直面することが少ないためである。しかし、長期的には投資先の持続可能性やレピュテーションリスクを考慮する必要がある。

また、同時期に各企業が本件とは無関係な事象でニュースの影響を受ける可能性も考慮すべきである。実際のニュースインパクトを正確に評価するためには、各企業に関連するニュースを詳細に分析し、影響の範囲や内容を慎重に見極めることが重要である。

 

注1:Business &Human Rights Resource Center「インドネシア:国内第2位のパーム油生産大手の人権侵害および環境破壊の疑いに、日本企業5社を含む46社が関連;企業回答・無回答を含む
注2:Business &Human Rights Resource Center “Indonesia: United Nations express concerns over human rights & environmental abuses associated with PT Astra Agro Lestari’s palm oil operations

(アラベスクS-Ray社日本支店代表 雨宮寛)