ESG研究所TNFD開示とは何か
依存と影響の指標は
2023年12月04日
2022年12月の国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)での「昆明・モントリオール生物多様性枠組み(GBF)」採択や23年3月の政府による新国家戦略の閣議決定を受け、生物多様性への対応や開示が企業の課題になった。国際的な開示基準として有力視されるのが、23年9月に公開された自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)による最終提言だ。
GBFには「生物多様性に関するリスク、依存、影響を定期的に監視、評価、開示する」との企業報告要件が盛り込まれた。日本政府はGBFを踏まえた新国家戦略で「行動目標」として「企業による生物多様性への依存度・影響の定量的評価、現状分析、科学に基づく目標設定、情報開示を促す」ことを掲げた。
■TNFD、生物多様性枠組みやISSBと整合
TNFDは企業や金融機関が自然から受ける影響や対応などを開示する枠組みを提供するため、2021年6月に発足したイニシアチブだ。国連開発計画(UNDP)や国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP FI)、環境NGO(非政府組織)のWWF(世界自然保護基金)、グローバル・キャノピーが創設パートナーに名を連ね、発足直後に7カ国(G7)財務相が支持を表明するなど、主要国から提言に期待が寄せられてきた。
TNFDはGBFや国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)などと整合を図って開発された。複数のベータ版(試用版)を提示し、パイロットテストで改善を重ねて最終提言を公開した。提言は「ガバナンス」「戦略」「リスクと影響の管理」「指標と目標」という4つの柱のもと14の開示推奨項目で構成される。
TNFDは気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言をベースにして開発された枠組みだが、違いもある。TCFDは気候関連の「リスクと機会」の開示が求められるのに対し、TNFDでは自然関連の「リスクと機会」だけでなく「依存と影響」が加わった。「依存」は事業活動が環境資産や生態系サービスをよりどころとしていること、「影響」は事業活動が自然資本(環境資産のストック)や生態系サービス、利害関係者に及ぼす正または負の変化を示す。
場所に関する開示も違う点だ。「戦略」では4番目の項目に「直接操業、可能であれば上流と下流のバリューチェーンの資産や活動の拠点のうち優先地域の基準を満たす場所」が加わった。優先地域とは重要な自然関連の依存やリスクなどがある場所や、生物多様性の重要性が高かったり、生態系が劣化していたりする場所を指す。「リスクと影響の管理」でも依存やリスクなどを特定、評価、優先付けするプロセスについて「直接操業」と「バリューチェーン」を分けている。
また最終提言では「ガバナンス」の3番目の項目として自然関連の依存やリスクなどの評価と対応において「先住民や地域社会、利害関係者に関する人権方針やエンゲージメント活動、取締役会と経営者の監督」が追加された。一方で、今年3月のベータ版第4版で「リスクと影響の管理」の5番目にあった「利害関係者がどのように関与しているか」という項目がなくなった。
■キリンHDやMS&ADはパイロットテストに参加
TNFDは「LEAPアプローチ」と呼ぶ手法のガイダンスも公開した。「Locate(発見)」、「Evaluate(診断)」、「Assess(評価)」、「Prepare(準備)」の4つのフェーズから成り、その頭文字をとった。前段階として事業活動の特定など「スコーピング(範囲設定)」を実施する。「発見」フェーズで企業と自然との接点を特定し、依存と影響を「診断」する。特定した対象のリスクと機会を「評価」し、戦略や目標設定などの対応と報告を「準備」する。利害関係者とのエンゲージメントやシナリオ分析も行う。各フェーズと開示推奨項目との関連も示された。
ベータ版を使って試行的な開示を実施した企業を調べた。キリンホールディングス(2503)は22年7月公開の「環境報告書2022」で、TNFDベータ版第1版のLEAPアプローチによる試行開示をいち早く実施した。23年7月の「環境報告書2023」では、米コロラド州にある子会社ニュー・ベルジャン・ブルーイングでの「シナリオ分析」のパイロットテスト結果を掲載した。
MS&ADインシュアランスグループホールディングス(8725)が23年8月に公開した「TCFD・TNFDレポート」によると、同社はUNEP FI主催の「インドネシアにおける天然ゴム産業」のパイロットプログラムに参加し、金融機関向けLEAPアプローチで分析し、リスクと機会を特定した。天然ゴム産業への投資で影響が最大の国はインドネシアと「スコーピング」で評価した。一方、ゴム関連事業のリスクと機会の発現可能性や財務影響の分析不足を課題に挙げた。
■14の中核グローバル指標、開示か説明求める
生物多様性は気候の「温室効果ガス排出量」のような決め手になる定量指標が少ない。TNFDは「コア(中核)グローバル開示指標」を「依存と影響」「リスクと機会」に分けて合計14の指標を提示した。指標を開示するか、しない場合は理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン(従うか、説明せよ)」が適用される。「依存と影響」では「Placeholder indicator」という「可能な限り検討し開示することを推奨」する3指標も提示された。
TNFDのベータ版などに沿って先行開示している企業では、土地利用、廃棄物、水資源、資源調達の目標やKPI(重要評価指標)を挙げる企業が目立つ。7月に国内IT業界初のTNFDレポートを公開したNEC(6701)は「廃棄物を25年度までに18年度比4.8%以上削減」などの目標を掲げている。8月に国内不動産産業初のTNFDレポートを出した東急不動産ホールディングス(3289)は「30年度の型枠木材の認証木材使用100%」などを挙げている。
ソフトバンク(9434)は前年度に自然保護区などに設置した通信設備の面積以上の森林保全を目標に挙げ、23年10月、北海道や長野県で植樹を始めたと公表した。22年度に通信設備を設置した面積は492平方メートルという。積水化学工業(4204)は「自然・社会資本へのリターン率」という独自指標を設定する。一方、金融機関は投融資が課題で、三井住友フィナンシャルグループ(8316)は「サステナブルファイナンス実行額」などを目標とする。
日本の企業統治指針「コーポレートガバナンス・コード」はプライム市場上場企業にTCFD提言か同等の開示を求めており、TCFD提言に倣った枠組みのTNFD開示に取り組みやすいとの指摘がある。ブリヂストン(5108)のようにウェブサイトで「TCFD・TNFD対照表」を載せ、TNFD最終提言に沿って「推奨される開示内容」ごとにTCFD・TNFD両提言の「対応状況」と「掲載箇所(リンク)」を示す企業もある。TNFDは採用企業を募集し、来年1月の世界経済フォーラムで公表する予定だ。企業の開示スタンスが注目される。
(QUICK ESG研究所 遠藤大義)
参考
12月3日付の日経ヴェリタスでは、QUICK ESG研究所が実施した調査を基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資最前線」で、「生物多様性の方針開示」が取り上げられました。本稿はその関連記事です。