ESG研究所RI Digital Festival: Summer 2020 参加報告:議論の中心は欧州アクションプランの最新動向とポストコロナ

6月15日から19日の5日間にわたり、Responsible Investor Digital Festival: Summer 2020が開催された。Responsible Investorは、毎年6月にロンドンでイベントを開催しており、当初の予定では6月9日~10日の2日間で開催予定だったが、新型コロナウイルスの影響により、初のオンライン形式での開催となった。

イベントのサブタイトルはThe Future of Sustainable Finance。5日間に渡り、7つの基調講演、5つの全体会議、17の分科会を通じて、EUのサステナブル・アクションプランの進捗状況や、ポストコロナを見据えたグリーン・リカバリーのための投資家の役割について議論が展開された。

 

コロナがもたらした破壊的変化

初日の全体会議では、「Covid-19 and the future of capitalism」というタイトルで欧米の運用機関や有識者が登壇し、パンデミックにより改めて認識された投資家の果たすべき役割について議論を交わした。

UBSアセットマネジメントでサステナブル・インパクト投資のヘッドを務めるマイケル・ボルディンガー(Michael Baldinger)氏は、今回のパンデミックは破壊的変化を社会にもたらしたが、企業により明暗が分かれたとした。従業員の健康と安全など、社会課題への対応が従来より進んでいた企業は、高いレジリエンスを示したと語った。

また、スウェーデンの年金基金Alectaのマグヌス・ビリング (Magnus Billing) CEOは、破壊的変化は消費者行動にもおよび、すべての業種・企業が社会課題の重要性を今一度考える契機となり、コロナによりESGの取り組みが減速することは無いと説明した。コロナ復興のために投資家、企業、政府が協働して取り組むこと、また投資家には、社会変革を実現するために資本を投入することが改めて求められていると認識された。

 

欧州のサステナブル・ファイナンス動向

2日目の基調講演「Financing the European Green Deal in the recovery context」には、欧州委員会でHead of Sustainable Financeを務めるMartin Spolc氏が登壇し、欧州委員会がサステナブル・ファイナンスのためのアクションプランで掲げるタクソノミー、ベンチマーク、企業による開示基準を取り上げ、最新の動向について説明した。

まずは、多くの市場参加者、企業が関心を寄せるタクソノミーについて、タクソノミーを作ることで、炭素排出量の多いセクター企業の変革を後押しする狙いもあること、気候変動の緩和と適応について、2020年末の委託法令採択(Delegated Acts)に向けてコンサルテーションを実施するなど、着々と準備を進めていることを挙げた。折しも、イベント開催期間中の18日に、欧州議会がEUタクソノミーに関するEU規則案を可決したことから、非常にタイムリーな講演内容となった。

ベンチマークについては2020年6月末に委託法令の採択、NFRD改正については2021年3月の法制化提案を目指して活動中であることに触れた。企業の情報開示においては、取締役が企業の長期利益に基づく判断を下しているかどうか、コーポレートガバナンスに着目しているとし、2021年にコーポレートガバナンス関連のイニシアチブを立ち上げる予定だと話した。コーポレートガバナンスの重要性については、基調講演の2つ目のトピックでもある復興政策にも関連する。

同氏は、コロナ復興は「Green, Just and Resilient Recovery」であるべきと発言。今回のパンデミックにより、ESGのS課題への対応の重要性と、企業の責任、コーポレートガバナンスの必要性が浮き彫りになり、金融・経済システムを通じて、企業がよりレジリエンスになること、透明性を高めること、それらのために取締役の責任が問われていることを挙げ、それらを企業に求めていくことこそ、投資家の役割であると語った。また5月27日に発表された欧州復興計画は、グリーンとソーシャル・サステナビリティを促進させるものであり、そのためにもサステナブル・ファイナンスが欠かせない要素だとした。

 

4つの資本へのインパクトの数値化

3日目の基調講演では、サステナビリティのコンサルティング会社GIST(Global Impact Solutions Today)のパヴァン・スクデフ(Pavan Sukhdev)CEOが登壇し、「Shouldn’t Impact Investors Measure Impacts?」というタイトルで講演した。スクデフCEOは、国連環境計画(UNEP)の特別アドバイザーなどを務めた経歴を持つ。初めに、GRIやWWFの成果に触れ、伝統的な経済にサステナブルな要素を取り入れ、投資を促し、経済をこれまでと違う方向に動かしてきたと説明した。企業の持続可能性は、外部性すなわちインパクトで測る必要があること、そのためには企業が経済や生態系にどのような影響をもたらしたか、経済的価値を測るための「toolkit(ツールキット:導入や分析のための手法(ツール)をまとめたガイドライン)」が必要であり、その例としてGRIはフレームワークを提供しているとした。

次に企業の持続可能性を測る指標として、4つの資本(金融資本、人的資本、社会資本、自然資本)を挙げ、すべての資本が経済的価値を持つこと、また4つすべてで正のインパクトをもたらす企業が理想だが、その一部でしかもたらしていない、一つの資本に対する負のインパクトを、別の資本で相殺するような企業も多いと指摘した。

生物多様性のインパクトを測るためのデータセットは十分かとの質問には、自然からは多くの恩恵を受けており、それには人々のメンタルヘルスやウェルビーイングも含まれるため、こういった要素も含め評価すべきだが、数値化することはとても難しいと述べた。

 

欧州グリーンディールとコロナ復興

4日目には、「The EU’s Green Deal: utopian vision or meaningful investment roadmap?」という分科会が開催され、欧州議会や欧州委員会の技術的専門家グループ(Technical Expert Group on Sustainable Finance: TEG)のメンバーが登壇し、欧州グリーンディールが掲げるサーキュラーエコノミー、生物多様性や森林破壊、脱炭素に対する投資家の取り組みや、欧州中央銀行(ECB)による規制は脱炭素の原動力になり得るかについて、それぞれの立場から語った。欧州議会メンバーのSirpa Pietikainen氏は冒頭で、気候変動や生物多様性のコストを内在化することで自然資本の価値を測ることができ、グリーンディールは、この課題を解決することであると意味づけた。さらに、グリーンディールは、サーキュラーエコノミーなど新しい産業のコンセプトが集結しており、経済成長と環境課題の解決の両方を推進するプログラムであるとした。サーキュラーエコノミー実現のためにバックキャスティングして考える重要性が何度も強調された。

TEGメンバーのアンドレアス・ホフナー (Andereas Hoepner)氏は、コロナの影響が長引き、企業への融資が強く求められる状況であり、ECBはグリーンディールに沿うだけでなく、すぐに実行に移すべきだとした。具体的には、ECBがコロナ対策として立ち上げたパンデミック緊急購入計画(Pandemic Emergency Purchase Programme=PEPP)」(ECBがEU域内の7500億ユーロもの国債・社債を購入するプログラム)において、オイル&ガスセクター企業の社債を購入対象とするのは、グリーンディールが目指す方向と対照的だとした。

また、今回のパンデミックが、グリーン・モビリティやデジタル化という機会の側面にも光を当てたことから、グリーンな経済回復に向けて、財政、金融、環境政策を通じ、気候課題に取り組むチャンスだとし、どのように資本を振り向けるべきか、問題提起した。

 

EUタクソノミーとNFRD改正への懸念

最終日の分科会でも、タクソノミーに関するセッションが開催された。「The evolution of reporting ‘regulation’: How are investors preparing for the EU green taxonomy?」というタイトルで、PRI参加機関や欧州投信・投資顧問業協会(EFAMA)参加機関が、タクソノミーの位置づけと、より明確にすべき課題について議論を交わした。

PRIでChief Responsible Investment Officerを務め、TEGメンバーでタクソノミーのテクニカル・スクリーニング策定にも関わったネイサン・ファビアン(Nathan Fabian)氏は、タクソノミーはとてもシンプルで基礎的なものであり、企業の経済活動のグリーン性を測定するベンチマークとして利用できると説明した。企業の経済活動を詳しく定義する技術的スクリーニング基準については、2050年までの脱炭素のための道のりであり、企業の経済活動の閾値と言えるとした。また、タクソノミーには環境的要素だけでなく、最低限のセーフガードに準拠する必要性を明示しており、社会的要素も考慮する点を評価していると語った。

次に、今後予定されている非財務情報開示指令(NFRD)の改正について、EFAMAのAleksandra Palinska氏は、一部の企業にのみ適用されるという問題点を指摘し、適用範囲を広げるためには、強力なリーダーシップのもと国際的な働きかけが必要であり、極めて困難な状況だと語った。ディスカッションでは、タクソノミーは社会的要素を考慮してはいるものの、サプライチェーンを包括的にカバーしているとは言えず、課題が残る点に議論が及んだ。Palinska氏はまた、投資家が企業のサプライチェーンを理解するためには、より多くのデータと時間が必要だとした。特に社会課題の開示は難しく、タクソノミーは最低限のセーフガードへの準拠を求めているものの、企業の持続可能性を測る上で、社会とガバナンスの要素をいかにNFRD改正に盛り込むか、重要な課題だと述べた。

また、もう一人の登壇者である、気候変動対応を企業に求める欧州機関投資家団体IIGCCのデイジー・ストリートフィールド (Daisy Streatfeild)氏は、NFRD改正に当たり、企業にガイダンスやツールを提供することで、企業による間違った解釈を防ぎ、結果として投資家のリスク削減にもつながるとした。

 

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QUICK ESG研究所 後藤 弘子