ESG研究所PRI in Person 2023参加報告2
気候変動対応、「用心深く前向き」

ESG研究所

国連の責任投資原則(PRI)の年次カンファレンス「PRI in Person 2023」が10月3日から5日まで東京で開催された。全体セッションの報告に続き、分科会の中から印象に残った発言を中心に紹介する。分科会は5つないし6つが同時に実施され、筆者が参加したのはごく一部に過ぎないが、登壇者の話を聞いて思い浮かんだのは「cautiously optimistic(用心深く前向き)」という言葉だった。

「cautiously optimistic」というのは、「油断してはいけないが、うまく進むのではないか」という意味だ。20年以上前にニューヨークで株式相場など市況の取材をしていたとき、現地の市場関係者からよく聞いたので覚えた。「用心深く」と「前向き」のどちらに重点を置くか話す人によって異なっていた記憶がある。

筆者が聞いた分科会は主に気候変動に関するパネル討論だった。気候変動は他の課題に比べて対応が先行しており、今回のテーマ「Moving from commitment to action(誓約から行動へ)」に最も当てはまる分野と言える。情報開示や目標設定の段階から、温室効果ガスを削減する実行段階に移りつつある。ただ、今後うまく進むかどうか、「警戒感」と「楽観」が入り混じった発言が相次いだ。

 

■海面上昇で沈没の危機

「パラオは海抜約5メートルの低地にある。このため、気候変動の影響を非常に受けやすい」
「物理的な気候リスクの評価と管理」の分科会の冒頭、講演したパラオ共和国自由連合協定(COFA)信託基金のケイデン・キントル氏はこう指摘した。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の予測を挙げ、パラオが海の中に沈んでしまいかねないと危機感を訴えた。「警戒感」を指摘する様々な登壇者の中で最も深刻に感じた発言だった。

キントル氏は、温暖化がデング熱などの感染症拡大につながるうえ、同国の主要産業である観光にも悪影響を与えかねないと強調した。グローバル戦略アドバイザーのパラグ・カンナ氏が基調講演で、経済機会や政治的迫害、気候ストレスが人々の移動を促すとの見解を示したが、「気候難民」が出かねない窮状が伝わってきた。日本でも記録的猛暑のほか、大雨や台風による被害が全国各地で発生しており、もはやSF小説の世界の話ではない。

 

■太陽光や風力の技術進歩

「現時点で最も安価な発電技術である太陽光や風力などの技術に希望もあると思う」
「最新のネットゼロ移行シナリオを投資戦略に落とし込む」の分科会に登壇したシドニー工科大学 (UTS)のスヴェン・テスケ氏の発言だ。気候変動対策の遅れに警鐘を鳴らしつつも、「(現在は)毎日24時間、1ギガワットを太陽光発電しているが、私がエンジニアとしてキャリアをスタートした1990年代初頭には1ギガワットに10年かかった」と、技術進歩に期待を寄せた。

同分科会ではイネビタブル・ポリシー・レスポンス(IPR)が世界の300超の気候政策、100人超の気候政策専門家へのインタビューを踏まえた予測も取り上げられた。9月に発表されたIPRの最新予測では、世界は気温上昇を「2℃を十分下回る」というパリ協定の⽬標を達成する可能性が⾼いという。

 

■政策ギャップは中印ロ

「(政策)ギャップの大半は新興市場にある。(中略)基本的には中国とインド、ロシアの石炭火力発電だ」
IPRプロジェクトディレクターであるヤコブ・トーマ氏は新興国を中心とした地域の気候変動政策の遅れの現状についてこう説明した。そのうえで政策ギャップは時間とともに解消に向かい、「2060年までにCO2排出量正味ゼロが新たな中心予測」と語った。

トーマ氏は「たとえ太陽光発電が安いとしても、リスクプレミアムが新興国市場で急騰しているときに、どうやって資金を調達するのか」と疑問を投げ掛けた。移行に向けたファイナンスが大きな課題だという認識を示した。技術進歩に期待が持てても、地政学的なリスクが高い国での移行資金の調達は一筋縄ではいかないだろう。

 

■排出削減困難なセクターの移行金融

「排出削減が困難なセクターへの巨額の投資を行わずに 1.5℃(目標)に到達する科学的経路はない」
「移行計画の実践」の分科会で司会を務めたGFANZ(グラスゴー金融同盟)事務局長のアレックス・ミッチー氏はこう主張した。そのうえで、「ネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼロ)を達成するには投資を増やす必要がある」が、「金融機関の(投融資先の温室効果ガス)排出量が増加する」という問題点を挙げた。

課題のある国や石炭火力発電などの分野を特定できても、そこに移行の早期実現を働き掛けたり、投融資したりするうえで難題が横たわる。解決のヒントになりそうなのが、エンゲージメント(対話)の成功事例なのかもしれない。

 

■エンゲージメント・アルファ

「エンゲージメント・アルファをやってみましょう。(中略)変化を起こしてみましょう」
「クライメート・アクション100プラス(CA100+)の協働エンゲージメント」の分科会でジェネラリ・インシュアランス・アセットマネジメントのフランソワ・アンベール氏はチェコの電力会社CEZグループとのエンゲージメントの成功事例を説明した後、こう呼び掛けた。「アルファ」は個別証券の収益率が市場平均をどれだけ上回っているかを示す。「エンゲージメント・アルファ」とは投資家側が企業に対してエンゲージメントで変化を起こし、新たに生み出す価値のことを指すとみられる。アンベール氏はCA100+の運営委員長も務めている。

CEZグループのウェブサイトには、2022年7月11日付の「投資家はCEZグループの炭素削減目標の認証を歓迎」というタイトルの文書が掲載されている。同グループの削減目標がSBTイニシアチブ(温暖化ガスの削減目標の設定を促す国際組織)から「2℃を十分下回る」と認証されたという同年6月23日付の発表を受けたものだ。歓迎の文書にはアンベール氏らエンゲージメントに携わった複数の投資家がコメントを寄せている。「2018年に始まった長期的なパートナーシップの成果」とあり、数年にわたる交渉がうかがえる。

 

■9年前はCO2測定・開示が野心的

「(2014年)当時、(モントリオール炭素公約は)非常に野心的なことだと考えられていた。たった9年前のことだ」――。最後の全体セッションに登壇したPRI理事会のマーティン・スキャンケ議長は、議長として最初に参加したPRI in Person 2014で採択された「モントリオール・カーボン・プレッジ(モントリオール炭素公約)」の話から始めた。同公約はPRI署名機関にポートフォリオの二酸化炭素排出量(CO2)を測定し、開示することを求めるという内容だった。

15年に温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」が採択され、17年には気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言が出され、その後、CA100+やネットゼロ・アセットオーナー・アライアンス(NZAOA)などの活動も始まった。スキャンケ議長は随所に警戒感を示す言葉をちりばめたが、気候変動対応が着実に前進しているのは間違いないだろう。

 

参考
PRI in Person 2023参加報告 圧巻は首相の基調講演

 

(QUICK ESG研究所 遠藤大義)