ESG研究所23年の米株主提案、社会分野で可決例
対話進展で撤回も

ESG研究所

米国の主要企業による年次株主総会が6月で一巡した。人権尊重や気候変動対策といった社会・環境課題に関連する株主提案が増えた。取締役会が反対したものの、可決された社会関連議案もあった。一方、企業と株主のエンゲージメント(対話)が進み、株主が提案を撤回する動きも見られた。

米誌フォーチュンによる米国250社の株主提案をまとめたマンハッタン政策研究所の「プロキシー・モニター」によると、2023年上期(1~6月)の株主提案議案数は243と前年同期に比べ39増えた。このデータベースで「ソーシャル・ポリシー」に分類された議案をQUICK ESG研究所が環境(E)、社会(S)、企業統治(G)に区分し直したところ、社会関連議案が137(前年同期比22増)と最多で、環境は67(同15増)、企業統治は39(同2増)だった。

社会関連議案の内訳では「人権」が47(前年同期比20増)と最も多く、「労働者の権利」が13(同増減なし)で続いた。「労働者の権利」のほか「民族・社会的正義」「公民権監査」「ジェンダー・人種平等」「多様性」を合計した「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I、多様性と包摂)関連」は47(同5減)だった。環境関連議案では「気候変動」が56(同19増)と圧倒的に多い。企業統治では「政治寄付」が17(同5増)と最多だった。

米国では、セクハラ被害を告発する「#Me Too(『私も』の意味)」や、黒人差別に抗議する「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)」運動が起きたほか、人種や男女間の賃金格差などの課題もあり、株主による人権やD&Iへの関心が高いようだ。今年注目された議案から賛成率の高い順に見ていこう。

米企業の注目の株主提案議案と賛成率

 

■労働者の権利やジェンダー・人種平等の議案で可決例

1ドルショップのダラーゼネラルでは、従業員の安全とウェルビーイング(心身の健康や幸福)に関する会社の方針と慣行が与える影響について監査し、結果をウェブサイトに掲載するように求める提案が賛成率67.70%で可決された。同社は2017年以降、多数の深刻な職場安全違反を繰り返し、米労働安全衛生局(OSHA)から罰金を科せられた経緯があり、高い支持につながったようだ。

米銀大手ウェルズ・ファーゴでは、従業員に対するハラスメントや差別を防止するための施策の有効性と成果を定量的に説明した報告書の作成を求める株主提案が賛成率52.27%を集めた。既に採用が決定しているにもかかわらず、多様な候補者の面接を実施し、その後、偽装面接に不満を持った従業員に対して報復したと報じられたことが提案の背景にある。

コーヒーチェーンのスターバックスでは、労働者の結社の自由と団体交渉権に対する同社の方針の順守について、第三者による評価を求める株主提案が賛成率52.03%で可決された。同社は人権の方針をコミット(約束)しているものの、労働者の権利に干渉してきたという提案者側の主張が支持された。

食品スーパーのクローガーでは、従業員の人種や男女間の賃金格差について報告を求める株主提案が賛成率51.89%で可決された。提案事由によると、クローガーは定量的な原数値と調整済みの賃金格差を報告していない。一方、同様の報告を求めるアップルの議案は賛成率33.85%で否決された。ここで取り上げた4つの可決された議案も含め、各社の取締役会はいずれも反対を表明していた。

 

■動物福祉や製品・サービスの人権への影響も関心事

可決には至らなかったものの、動物福祉も関心を集めるテーマの1つだ。マクドナルドでは、同社の動物福祉プログラムで使用される重要な福祉指標(KWIs)の内容や家禽供給で動物福祉の測定・改善にどう利用しているのか開示を求めた提案が出され、賛成率は38.09%だった。

アマゾン・ドット・コムでは、顔認識技術「レコグニション(Rekognition)」の人権への影響について報告を求める株主提案の賛成率が37.18%だった。同社に対しては、監視機能を備えた製品・サービスが人権侵害の一因となっているかどうかを判断するため、顧客デューデリジェンスプロセスを評価する報告を求める議案も出された。製品・サービスが人権に与える影響も関心事の1つだ。

環境関連の議案では、海洋汚染の原因になるプラスチックの使用に関する報告を求める提案が例年、化学品メーカーや、商品の包装などに使う小売業に提出されている。化学品メーカーのダウに対する使い捨てプラスチックに関する報告を求める提案は賛成率が30.24%だった。一方、ファストフードのヤム・ブランズには、使い捨て包装から移行し、プラスチックの利用をどう削減するのか報告を求める議案が出され、賛成率は36.45%と、ダウを上回った。

日本でトヨタ自動車(7203)への株主提案で話題になった「気候関連の渉外活動(ロビイング)に関する報告」を求める議案も注目される。ボーイングの議案の賛成率は34.98%だった。2021年には同社の顧客であるユナイテッド航空ホールディングスとデルタ航空で同様の議案が提出され、ともに可決している。

 

■ビザやマクドナルドは要求に応じ株主が提案撤回

一方、総会前に企業が投資家の要求に応じると約束し、株主が提案を撤回する例もみられる。例えば、クローガーやアップルに人種や男女間の賃金格差について報告を求める株主提案を提出したアルジュナ・キャピタルはクレジットカードのビザに対する提案を2022年10月に撤回したと発表している。

アルジュナ・キャピタルは発表資料で、「建設的な対話の後、ビザは全従業員の基本報酬、賞与、株式報酬に基づいて評価された定量的中央値と統計的に調整された給与格差を毎年開示することに同意した」と説明している。開示が不十分だとして2022年8月に提案していた。

また、ダウやヤム・ブランズにプラスチックに関する提案をした非営利団体(NPO)のアズ・ユー・ソウは2023年3月にマクドナルドへの提案を撤回したと発表した。対話で「マクドナルドが、より持続可能な包装、玩具の素材への取り組みや廃棄物削減の一環として、再利用可能な包装の研究に取り組んでいることを証明し、24年初めに包括的な研究を発表する計画を共有した」という。

トヨタの今年の定時株主総会ではオランダのAPGアセットマネジメントなど3社が共同で株主提案した。発表資料によると、共同提案したデンマークの年金基金アカデミカーペンションは2021年4月、トヨタがロビイング活動をレビューするとの確約を踏まえ、その年の株主総会での提案をやめたという。トヨタは21年度に初めて気候関連の渉外活動に関する報告書を作成した。

株主提案による議案に対し、取締役会が反対を表明するケースが大半を占め、株主と企業は対立の構図で見られがちだが、提案や対話を踏まえてESG課題に取り組む企業があることも見逃せない。企業にとってレピュテーション(評判)を落とすリスクを避け、中長期的な企業価値向上につなげるうえで、株主との建設的な対話が重要といえそうだ。

(QUICK ESG研究所 遠藤大義)

 

参考
8月6日付の日経ヴェリタスでは、QUICK ESG研究所が実施した調査などを基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資最前線」で「気候関連の渉外活動」が取り上げられました。本稿はその関連記事です。