ESG研究所脱炭素への移行計画、「財務」が課題 CDPとTPTの要素分析

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世界の企業の間で脱炭素目標の達成に向けた「移行計画」を公表する動きが広がっているものの、投資家の信頼に足る計画はまだ少ないようだ。環境評価を手掛けるNPO(非営利団体)の英CDPによると、移行計画に盛り込むべき要素の中でハードルが高いのは「財務計画」と「目標」だ。英国の開示基準を策定する移行計画タスクフォース(TPT)の開示フレームワーク草案を使って分析した別の調査でも、財務計画を含む「実装戦略」の開示が見劣りしている。

CDPが2023年2月に公表したリポートによると、22年の気候変動質問書に回答した全世界の1万8600社超のうち4100社が、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑える目標に整合する「移行計画がある」と回答した。このうち「信頼できる移行計画」の要素を満たす主要指標(21の設問)すべてに十分な回答をした企業数はわずか81社(全回答社数の0.4%)に過ぎなかった。

CDPの「信頼できる移行計画」を構成する要素のうち、「財務計画」の十分な回答は全回答社数の3%にとどまった。質問書は「気候関連のリスクと機会が売上高や設備投資、事業運営費などの財務計画にどう影響を及ぼしたか」、それらの項目について「2025年、30年に1.5℃の世界への移行に整合する予定の割合が何%なのか」を尋ねた。後者の質問への回答率が低かった。

次いで不十分だった要素は「目標」で、十分な回答は全体の4%だった。CDPの質問書は温暖化ガスの排出量目標や、売上高など活動量当たりの排出量を示す「排出原単位」目標、実質(ネット)ゼロ目標の詳細について回答を求めた。CDPは企業に対し、2030年までに排出量を半減させる科学的根拠に基づく目標と、50年までにネットゼロという長期目標を設定することを求めており、対応の遅れがうかがえる。

半面で、「リスクと機会」は十分な回答が3割を超え、「ガバナンス」も24%と相対的に高かった。財務または戦略に影響を及ぼす可能性があると特定されたリスクと機会に関する説明や、取締役会レベルでの移行計画の監督や気候関連のインセンティブ導入は相対的に進んでいるようだ。

 

(表1) CDPによる「信頼できる移行計画」の要素

  1.   ・財務計画
  2.   ・目標
  3.   ・ネットゼロ戦略
  4.   ・バリューチェーンエンゲージメントと低炭素への取り組み
  5.   ・検証済みスコープ1、2、3排出量
  6.   ・シナリオ分析
  7.   ・政策エンゲージメント
  8.   ・ガバナンス
  9.   ・リスクと機会

(注)十分な回答が少なかった順。「ネットゼロ戦略」は移行計画を構成する「要素」ではないが、移行計画を評価する主要指標(質問)を含んでいるため、表に加えた。

出所:CDP「企業は信頼できる気候移行計画を策定しているか?」(2023年2月)とCDP「テクニカルノート:気候移行計画に関する報告」(2022年2月の第1版と23年2月の第2版)からQUICK ESG研究所作成

 

一方、英大手会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(EY)は4月3日、FTSE100種総合株価指数(FTSE100)構成企業の1月末時点の移行計画を英国のTPT開示フレームワーク草案の構成要素から評価したところ、「信頼できる」開示はわずか5%だったと公表した。2050年までの炭素排出量ネットゼロ目標を約束している大企業でも大半は十分な開示には至っていないようだ。

EYによると、TPT開示フレームワーク草案で推奨される5つの重要な開示要素のうち、2番目の「実装戦略」を十分に開示したのが11%にとどまった。「実装戦略」は移行計画の実施を支援する「財務計画」のほか、企業が事業計画と運営を脱炭素にどう適応させるか、製品やサービスをどう変えていくかなどの説明が推奨されている。一方、移行の目的と優先事項、ビジネスモデルへの影響を説明する「基盤」は78%と、開示が進んでいる。

 

(表2) TPTによる「移行計画」草案の開示要素

  1.   1.基盤
  2.   (1)目的と優先事項
  3.   (2)ビジネスモデルへの影響
  1.   2.実装戦略
  2.   (1)事業計画と運営
  3.   (2)製品とサービス
  4.   (3)方針と条件
  5.   (4)財務計画
  6.   (5)感度分析
  1.   3.エンゲージメント(対話)戦略
  2.   (1)バリューチェーンとのエンゲージメント
  3.   (2)業界とのエンゲージメント
  4.   (3)政府・公共セクター・社会とのエンゲージメント
  1.   4.指標と目標
  2.   (1)ガバナンス・事業・経営の指標と目標
  3.   (2)財務の指標と目標
  4.   (3)温暖化ガス排出量の指標と目標
  5.   (4)炭素クレジット
  1.   5.ガバナンス
  2.   (1)取締役会による監督と、取締役会への報告
  3.   (2)役割・責任と説明責任
  4.   (3)文化
  5.   (4)インセンティブと報酬
  6.   (5)スキル・能力と研修

出所:「移行計画タスクフォース開示フレームワーク協議文書」(2022年11月)からQUICK ESG研究所作成

 

企業は2050年までの温暖化ガスのネットゼロ目標の実現に向け、科学的根拠に基づいた中短期目標を示し、経営計画とも関連付けて財務への影響を説明することが推奨されている。CDPの解説書や、TPT開示フレームワーク草案など国際的な開示ガイダンスを参考に、投資家から理解を得られるような情報開示を進める必要があるだろう。

(QUICK ESG研究所 遠藤大義)

 

参考
4月9日付の日経ヴェリタスでは、QUICK ESG研究所が実施した調査などを基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資最前線」で、「脱炭素への移行計画」が取り上げられました。本稿はその関連記事です。