ESG研究所気候対策と生物多様性のトレードオフとは
2024年11月25日
気候変動対策は生物多様性の保全に対して相乗効果を伴うのが一般的だ。二酸化炭素除去につながる植林や森林管理の向上などは、気候変動だけでなく生物多様性にもメリットを及ぼす。半面、一方を得ればもう一方を失う「トレードオフ」を伴うこともあり得る。両課題を統合的にとらえて対策を講じるアプローチが必要とされる理由だ。
QUICK ESG研究所が気候関連リスクと機会のシナリオ分析に基づく潜在的な財務影響の開示について調査したところ、キリンホールディングス(2503)が複数の開示フレームワークを統合した「環境報告書2024」で気候変動と自然資本・容器包装で相互に関連する財務インパクトをまとめて開示していたのが目に留まった。
例えば、「気候変動・自然資本」では物理的リスクとして洪水や渇水による操業停止を挙げ、それぞれ財務影響額と対応戦略を開示した。「生物資源・水資源・容器包装・気候変動は相互に関連しており、個別の課題解決ではトレードオフのリスクがあるため、統合的に課題解決を目指すアプローチを採用」しているという。キリンHDは統合的取り組みの事例として「シャトー・メルシャン 椀子(まりこ)ヴィンヤード」におけるブドウ畑の生物多様性評価の一層の高度化と、気候変動の緩和策である炭素貯留効果を評価する、農研機構との共同研究を挙げた。
気候変動対策は総じて生物多様性にもプラスに寄与するが、必ずしもそうはならないこともあるとされる。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2023年3月に公表した「第6次評価報告書(AR6)統合報告書の政策決定者向け要約」(文科省、経産省、気象庁、環境省による和訳)には以下の記述がある。
「文脈によって、再植林、森林経営の向上、土壌炭素隔離、泥炭地の再生及び沿岸域のブルーカーボン管理など、 生物学的CDR(二酸化炭素除去)手法は、生物多様性や生態系の機能、雇用、地域の生計を強化しうる。しかし、新規植林やバイオマス作物の生産は、特に大規模に実施されたり土地の所有権が不安定な場所で実施されたりした場合、生物多様性、食料や水の安全保障、地域の生計、先住民の権利などに対して、社会経済的及び環境的な悪影響を及ぼしうる」
気候変動対策に当たり、生物多様性を含めた環境面だけでなく社会経済的な負のインパクトにも配慮が求められるというわけだ。キリンHDが挙げた複数の開示フレームワークとは、17年6月に公表された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言と、23年9月に公表された自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)提言を指す。TNFDの「シナリオ分析に関するガイダンス」は、「TCFDのシナリオ分析のリソースに基づいており、シナリオ分析と情報開示において気候と自然を統合して考慮できるようにする」ことを求めている。
TCFDが21年10月に公表した「指標、目標、移行計画に関するガイダンス」の全組織に適用される「産業横断的気候関連指標カテゴリー」で最初に挙げられているのは温室効果ガス(GHG)排出量だ。一方、TNFD提言の「自然関連の依存とインパクトに関するグローバル中核開示指標」には、測定指標の番号は振られていないものの、「自然の変化の要因」として「気候変動」、その指標として「GHG排出量」が含まれている。リスクと機会に関する指標も重なる。
キリンHD以外にも、TCFD・TNFDの両提言を統合して開示する企業もある。法定開示文書である有価証券報告書で「気候変動及び自然資本損失に関する取組み」を開示したのはブリヂストン(5108)だ。両提言の枠組みに沿って並べた「ブリヂストングループの対応状況」の一覧表を23年12月期の報告書に掲載した。
また、第一三共(4568)は24年3月期の有価証券報告書における「TCFDに基づく開示のシナリオ分析」で、「環境の変化」の項目に「水不足」や「生物多様性の喪失」を盛り込み、一部影響額と影響度を示した。4℃シナリオ(物理的影響が大きくなる世界)で、水不足では「最も取水リスクの高い工場である中国とブラジルでの操業停止の可能性」を、生物多様性の喪失では「原材料が入手できず生産が止まってしまった場合」をそれぞれ想定し、潜在的影響を分析した。
環境関連の情報開示フレームワークを提供して企業などを評価する英CDPは24年に、「気候変動」「フォレスト(森林保全)」「水セキュリティ(水資源保護)」の3分野に分かれていた企業向け質問書を統合した。さらにIFRS財団が23年6月に公開したS2号(サステナビリティ開示基準の「気候関連開示」)やTNFDフレームワーク、ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)との整合も始めた。企業は気候変動のみならず生物多様性も含めた課題に統合的に対応し、開示することが求められているようだ。
(QUICK ESG研究所 遠藤大義)
参考
11月24日付の日経ヴェリタスでは、QUICK ESG研究所が実施した調査を基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資最前線」で、「リスクと機会の財務影響開示」が取り上げられました。本稿はその関連記事です。