ESG研究所気候リスク・機会の財務影響は? 有報から抜粋

有価証券報告書(有報)で気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に沿って気候関連情報を開示する大企業が増えている。気候関連のリスクと機会の財務的影響を数値で開示する会社もある。有報での「サステナビリティ情報」開示義務化を先取りした動きとも言える。中長期的な企業価値を考えるうえで投資情報として見逃せない。

2021年6月に改定された「コーポレートガバナンス・コード」(企業統治指針)は東京証券取引所で最上位のプライム市場の上場会社にTCFD提言かそれと同等の開示を求めた。開示が推奨される情報には「気候関連のリスクと機会の財務的影響」や「シナリオを考慮した潜在的な財務的影響」が含まれる。

QUICKリサーチ本部ESG研究所は気候関連の開示について、22年7月末時点のTOPIX100を構成する大企業100社の有報における記載状況を調べた。低炭素経済への移行に伴うコストや気候変動による物理的なリスクへの対応コストのほか、気候変動対応で期待される機会の試算を開示した会社もあった。

試算値を示した主な事例を以下にまとめた(証券コード順。出所は各社が22年に開示した21年度の有報。有報で参照として挙げている「サステナビリティレポート」などの任意開示情報は対象外。社名の右横は証券コード、東証業種名)。

 

アサヒグループホールディングス(2502、食料品)
・炭素税導入による生産コスト増:2030年64.7億円、2050年64.3億円
・炭素税導入による価格転嫁された際のPETボトルコスト増:62.3億円(2050年時点)
・主要農産物原料の収量減によるコスト増:トウモロコシ19.7億円、コーヒー26.6億円(2050年時点・4℃シナリオ)

キリンホールディングス(2503、食料品)
・炭素税額:温室効果ガス(GHG)排出量を削減しなかった場合、4℃シナリオで2030年に13億円、2050年に17億円。目標通りGHG排出量を削減した場合、2030年に6億円、2050年にゼロ
・収量減による農産物調達コスト:2℃シナリオで約10億~30億円、4℃シナリオで約35億~120億円(2050年)
・感染症の影響:2030年のアジアの免疫関連市場が7500億円程度に拡大予想

味の素(2802、食料品)
・カーボンプライシングメカニズムによる原料・燃料のコストアップ:2℃シナリオで2030年に年200億円、2050年に年300億円
・燃料コストの増加:4℃シナリオで年10億円(2050年)
・平均気温上昇による農畜水産物の生産性低下:2℃シナリオで年15億円、4℃シナリオで年20億円(2050年)
・洪水・渇水による原料調達のコストアップ、操業停止など:4度シナリオで年1億円(2050年)

旭化成(3407、化学)
・2℃未満に抑えるシナリオで社会の脱炭素化に向けた規制強化のコスト増加:2020年度のGHG排出量約400万トンに炭素税等として1トン当たり1万円を乗じた場合、年400億円程度

ENEOSホールディングス(5020、石油・石炭製品)
・カーボンニュートラル達成に要するコスト増加:2040年時点で想定される自社排出分の1600万トン全量を炭素クレジット購入で対応した場合、850億円のコスト増加
・EV技術進展や環境意識の高まりによる石油需要減少:2040年に2019年対比4割減により、影響は営業利益の概算で約400億円
・大型台風による極端な風水害の発生など:2018年度、19年度に発生した補修費用の実績から大型台風の直撃1回につき20億円程度の対応コスト発生
・温暖化に伴う海面上昇:2018年度、19年度に実施した海面上昇対策に要した費用は10億円程度で、同様の対応コスト
・脱炭素・循環型社会やデジタル革命による銅やレアメタルの需要の増加に対応するリサイクル資源の活用:2021年度に銅精錬・リサイクル事業で約400億円の営業利益を上げており、さらなる拡大を目指す
・再生可能エネルギー・水素への需要の増加:2040年の市場規模とシェアの仮定から1000億円規模の営業利益を見込む

デンソー(6902、輸送用機器)
・「モビリティ製品」は全方位で技術開発を推進するなど電動化の普及に貢献して可能な限り二酸化炭素(CO2)排出量を削減し、2025年に電動化分野で売り上げ1兆円を目指す
・「エネルギー利用」では再生可能エネルギーを貯める技術や、人口光合成のような新技術など、CO2を再エネルギー化したり、再資源化したりする技術開発に取り組み、2025年に社会実証、2030年には事業化、2035年には同分野で売り上げ3000億円を目指す

リクルートホールディングス(6098、サービス業)
・2031年3月期の炭素税課税の導入及びその価格高騰の財務影響は約4億円(炭素税価格は1トン当たり約300ドル、GHG排出量は2020年3月期実績の約1万2000トンを前提。22年3月期以降は再生可能エネルギー化を進める)

 

移行リスクは業種を問わず、炭素税によるコストを試算する会社が多い。食料品では農産物の収量減などの物理的リスクを数値化する会社が目立つ。温暖化による風水害や海面上昇などの具体的な記述も目を引く。一方、機会では免疫関連市場、再生可能エネルギーやそれに関連する市場の拡大などが挙げられている。

これらの「将来情報」は様々な仮定に基づいており、予測通りになるかどうかわからない面もある。しかし、金融庁は11月、有報での「サステナビリティ開示」義務化に向け、「社内で適切な検討を経た上で、検討された事実や仮定等とともに記載されている場合」などを挙げ、将来情報と実際の結果が異なっても、「直ちに虚偽記載の責任を負うものではないことを明確にする」と公表している。

有報には投資判断に重要な情報の記載が求められている。気候関連情報は具体的な開示事例の積み重ねを通じて、さらに洗練されていくものとみられる。その際にポイントになるのは、定量化・比較可能性と第三者認証などの客観性だろう。財務的影響については他社と比較しやすく、規模がイメージしやすい数値情報がありがたい。

参考
12月11日付の日経ヴェリタスでは、QUICKリサーチ本部ESG研究所が実施した調査を基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資 最前線」で、有価証券報告書での気候変動開示が取り上げられました。本稿はその関連記事です。

QUICKリサーチ本部プリンシパル ESG研究所エディター 遠藤大義