ESG研究所森林リスク商品の機会の影響額は? CDP質問書から抜粋
2023年03月06日
建設業や食料品、化学、パルプ・紙などのメーカーが森林破壊を招きかねない「森林リスク商品」を逆に収益を拡大する機会と捉えて様々な取り組みを進めている。環境NPO(非営利団体)である英CDPの質問書に対して、これから何年先に売上高がいくら増えそうだという財務影響額を回答した企業もある。どのような「森林関連機会」をどう生かそうとしているのか見ていこう。
CDPは「フォレスト(森林保全)」について世界の企業の開示や取り組みを調査して評価したレポートを毎年公開している。スコア対象となる「森林リスク商品」は木材、パーム油、大豆、畜牛品だ。企業はリスクと機会、ガバナンス体制、事業戦略など幅広い質問へ回答し、CDPが商品ごとに評価する。2022年調査は、日本企業では272社に質問書が送付され、87社が回答した。
CDP質問書には、財務または戦略面で重大な影響を及ぼす可能性があると特定した「主な森林関連機会」について「実現までの推定期間」や「財務上の潜在的影響額」などの問いが含まれる。1つの商品に複数の機会を挙げたり、商品それぞれの機会を答えたりした企業もあるが、1社につき1商品の1機会に絞って各社の回答を要約した(社名右のカッコ内は証券コード、東証業種。森林リスク商品右のカッコ内はCDPのスコア。スコアは最上位のAからD-の8段階評価)。
住友林業(1911、建設業)
・森林リスク商品:木材(A-)
・主な森林関連機会:新市場への展開
・実現までの推定期間:6年より先
・財務上の潜在的影響額:1000億円
保有・管理する森林(国内4万8000ヘクタール、海外23万1000ヘクタール、合計27万9000ヘクタール)を2030年までに50万ヘクタールに拡大する計画。新たな二酸化炭素(CO2)吸収源を確保し、他企業や社会のカーボンオフセットに貢献するため、1000億円規模のグローバルな森林ファンド組成を目指している。
大和ハウス工業(1925、建設業)
・森林リスク商品:木材(A-)
・主な森林関連機会:ブランド価値の向上
・実現までの推定期間:6年より先
・財務上の潜在的影響額:44億円
「持続可能な森林」から供給された木材を使用した住宅・建築物は「森林伐採などに加担したくない」と考える顧客への訴求力を高める機会だと認識。木造住宅商品「ジーヴォグランウッド」の構造材の90%に持続可能な国産材を使用し、ブランド価値向上を図っている。2021年度の売上高は4兆4400億円で、ブランド価値向上による増加分を0.1%と仮定して、44億円と算出している。
積水ハウス(1928、建設業)
・森林リスク商品:木材(A)
・主な森林関連機会:認証材料に対する需要増
・実現までの推定期間:現在~最大1年
・財務上の潜在的影響額:20億円
認証製品を主要構造材に使用した木造住宅「シャーウッド」が環境意識の高い顧客に訴求すると想定。受注増が年50棟と仮定し、1棟4000万円で20億円と算出している。
日清オイリオグループ(2602、食料品)
・森林リスク商品:大豆(B)
・主な森林関連機会:新市場への展開
・実現までの推定期間:1~3年
・財務上の潜在的影響額:100億円
地球温暖化への影響や動物保護を背景に大豆粕を飼料用途ではなく食肉代替品原料として加工・販売する動きが拡大していると認識。2021~24年度の中期経営計画で加工食品・素材事業は大豆のさらなる価値化などによる収益力向上で、2019年度の売上高560億円から100億円増額する計画を立てている。
不二製油グループ本社(2607、食料品)
・森林リスク商品:パーム油(A)
・主な森林関連機会:認証材料による需要増
・実現までの推定期間:現在~最大1年
・財務上の潜在的影響額:122億5000万円~142億5000万円
マレーシアにおけるパーム分別油生産販売の合弁会社UNIFUJI社で環境・人権に配慮したパーム油を原料に高付加価値なパーム油製品を製造。同社の平均単価1トン約15万円、予想販売数量9万5000トンで142億5000万円と算定し、20億円程度の下振れリスクを想定して、2022年度の売上高予想を回答している。
王子ホールディングス(3861、パルプ・紙)
・森林リスク商品:木材(A)
・主な森林関連機会:気候変動適応の向上
・実現までの推定期間:6年より先
・財務上の潜在的影響額:71億8300万円
森林の炭素固定・吸収量の拡大は、顧客が求める低炭素製品を供給し、持続可能な紙・板紙製品の販売を拡大するための機会になると認識。所有する森林の2018年(内部基準年)以降の平均正味炭素蓄積量を年65万3000トンと推定し、内部炭素価格(最大)1万1000円を掛けて算出している。
花王(4452、化学)
・森林リスク商品:木材(A)
・主な森林関連機会:ブランド価値の向上
・実現までの推定期間:1~3年
・財務上の潜在的影響額:25億円
米国ではサステナブル認証製品の市場規模が年率5%で拡大しており、日本を含むアジアでのサステナブル認証製品の市場規模は米国に及ばないため、米国の2分の1の市場成長率(年2.5%)と想定。ベビー用紙おむつ「メリーズ」は、アジアを含めると1000億円以上の売上高がある。森林管理協議会(FSC)などの認証ラベルを貼付して、倫理的な消費者の購買意欲を刺激することで、25億円以上の売上増に貢献する可能性があると算出している。
凸版印刷(7911、その他製品)
・森林リスク商品:木材(B)
・主な森林関連機会:ブランド価値の向上
・実現までの推定期間:1~3年
・財務上の潜在的影響額:38億円
間伐材を含む国産材を30%以上使用しており、紙パックとしてリサイクルができる紙製飲料容器「カートカン」を開発。カートカン飲料の充填事業にも取り組んでいる。カートカンの2021年度の売り上げ実績38億円をブランド価値の向上の潜在的な財務影響額として扱っている。
機会実現までの推定期間は「現在~最大1年」から「6年より先」まで幅があり、財務上の潜在的影響額も回答した企業ごとに扱う数値や仮定がまちまちだ。機会実現の可能性を企業自身が「ほぼ確実」とみているものから、「低い」ものまで含まれている。このため数値を単純に比較するのは難しいが、各社がどういう機会を特定し、どのような根拠に基づいて影響額を回答したのかを理解できる。
森林やパーム油の認証製品に対する需要や、認証などによるブランド価値、森林保全だけでなく気候変動対策といった他の環境課題にも寄与する製品など、ここで取り上げただけでも様々な種類の機会がある。森林リスク商品は生態系や居住環境への悪影響、労働者の権利侵害などマイナス面が注目されやすいが、それらを防ぐだけでなく、プラスに変える試みとして注目される。これらは総じて消費者など顧客の環境意識に支えられる面があるだけに、人々の意識の変化が需要の規模や実現までの期間を左右するだろう。
(QUICKエンタープライズサービス開発本部プリンシパル ESG研究所エディター 遠藤大義)
【参考】
3月5日付の日経ヴェリタスでは、QUICK ESG研究所が実施した調査などを基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資最前線」で、「森林リスク商品」の収益機会が取り上げられました。本稿はその関連記事です。