ESG研究所日本企業、供給網の人権対応急務 「企業人権ベンチマーク」の項目点検

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ここ数年、中国の新疆ウイグル自治区やミャンマーなど日本企業がサプライチェーン(供給網)を築いている地域での人権侵害懸念が取りざたされている。企業は取引先も含め悪影響を特定して対策を講じる「人権デューデリジェンス(DD)」が急務だ。欧米では法規制が進んでおり、対応の遅れはレピュテーション(評判)リスクを高め、投資家による保有株式の売却につながりかねない。

 

■ドイツの供給網の人権DD法で初の苦情申し立て

バングラデシュの全国縫製労働者連盟(NGWF)とドイツ女性権利団体のFEMNET、欧州憲法人権センター(ECCHR)は今年4月24日、企業にサプライチェーンの人権DDを義務付けるドイツ法に基づき、アマゾンとイケアに対し苦情を申し立てたと発表した。同法は今年1月に施行されたばかりで、苦情申し立ては初めてという。

バングラデシュで外国メーカーの縫製工場などの入った建物「ラナ・プラザ」が崩壊し、多数の犠牲者が出てから10年経つ。NGWFなど3者の発表文の中で、NGWF会長は「バングラデシュには今なおアマゾンやイケヤ、トムテーラーなどの国際企業向けの衣料製造工場があり、そこでは安全検査がほとんど行われていない」と主張している。

さかのぼると、企業の人権に対する責任を明確にしたのは、2011年に国連で決議された「ビジネスと人権に関する指導原則」だ。指導原則は法的拘束力を持たないが、英国は15年に「現代奴隷法」を先駆けて制定。21年12月には米国で、中国の新疆ウイグル自治区で強制労働によって製造された製品の輸入を禁止する「ウイグル強制労働防止法」が制定されている。

 

■ウイグル人の強制労働に日本企業の関与の可能性

オーストラリア戦略政策研究所が20年に発表した「ウイグル人売り出し中――新彊を越えた『再教育』・強制労働・監視」と題する報告書は、日本企業も含め複数の名だたる企業の調達先が新疆ウイグル自治区での強制労働に関与している可能性があると指摘した。ファーストリテイリング(9983)傘下のユニクロは米ウイグル強制労働防止法の施行前の21年、米税関・国境警備局により製品輸入を差し止められた。同社は「サプライチェーンにおいて強制労働の事実はなく、製品の輸入に問題がない」と説明したが、認められなかった。

21年にクーデターが起きたミャンマーも人権団体のほか機関投資家から問題視されている。ノルウェー政府年金基金の資産運用を担うノルウェー銀行インベストメント・マネジメント(NBIM)は21年3月、キリンホールディングス(2503)を資産から除外する可能性のある「観察リスト」に入れた。キリンHDがミャンマー国軍系企業と合弁でビール会社を運営していたため、重大な人権侵害リスクがあるとみなしたためだ。その後、キリンHDがミャンマーから撤退したことを受け、今年3月に観察リストから外した。

 

■人権対応不十分だと投資撤退も

一方、NBIMは21年5月、ミャンマーに生産拠点をもつ婦人服製造小売りのハニーズホールディングス(2792)を除外(投資撤退)した。クーデター前に現地工場の労働条件を調査した結果、労働権利侵害が判明したことが背景にある。NBIMの倫理評議会の勧告によると、ハニーズHDは一定の改善措置をとったもようだが、追跡調査で不十分と判断された。ハニーズHDは18年8月に人権方針を制定しており、サプライチェーンにおける労働条件に注意を払ってきたとみられるものの、投資撤退の対象になった。

経産省と外務省による21年のアンケート調査(21年8月末時点の2786社対象、760社回答)で人権方針の策定は69%(523社)、人権DD実施は52%(392社)だった。しかし、日本企業の外部評価はあまり高くない。国際的な非営利団体(NPO)であるワールド・ベンチマーキング・アライアンス(WBA)の「企業人権ベンチマーク(CHRB)2022年調査」では同年対象の食品・農産物、自動車、ICT(情報通信技術)の各セクターで平均点を下回る日本企業が目立った。

「日本企業、供給網の人権対応急務」の図1_CHRB2022_得点分布

 

■企業人権ベンチマークの5評価テーマ

人権方針を策定しただけでは十分な対応とは言えないようだ。機関投資家や評価機関から認められるにはどうしたらよいか、CHRB調査からの5つの評価テーマごとに、相対的に高い評価を受けた日本企業の取り組みを各社のウェブサイトや年次報告書などの公開情報で調べた。

「日本企業、供給網の人権対応急務」の図2_CHRB2022_テーマとウエート

第1のテーマ「ガバナンスと人権方針」では経営トップや取締役会の関与が要点の1つだ。アサヒグループホールディングス(2502)は21~22年、最高経営責任者(CEO)らと有識者の「人権に関するダイアログ(対話)」を実施。これを受け、経営戦略会議で人権方針の実効性を高めるための議論を複数回実施している。

第2のテーマ「人権尊重の組み込みと人権DD」では、人権方針の周知が必要だ。アサヒは事業を展開する国・地域向けに人権方針を翻訳し、全ての役員・社員に研修と教育を実施。ホームページに十数カ国語に訳した人権方針を掲載している。

報酬に人権尊重を反映させる会社もある。日産自動車(7201)は21年度に執行役の業績連動型インセンティブ(金銭報酬)の指標として、人権尊重の外部評価を加えた。20年度のCHRBの結果を踏まえ、同業他社より優れた値を目標値に設定した。

人権DDはサプライチェーンへの目配りが重要だ。キヤノン(7751)は社会的責任を推進する企業同盟である「レスポンシブル・ビジネス・アライアンス(RBA)」の行動規範を採用して自社の行動規範を策定。主要サプライヤーに対しRBA行動規範への同意を要請するほか、生産拠点での児童労働や強制労働などの防止のための点検に、毎年、RBAの自己評価質問票を使っている。

第3のテーマ「救済と苦情処理の仕組み」では、社内やグループ会社内だけでなくサプライチェーンの従業員からの相談や通報を受け付けや、通報によって不利益を受けない配慮が大切になる。イオン(8267)は「お取引先さまホットライン」を設置し、差別や違法な長時間労働、製品の安全安心、不正行為といった相談を受け付けている。相談は複数の言語に対応する。

第4のテーマ「企業の人権に関する取り組み」は児童労働や強制労働の禁止、賃金、結社・団体交渉の自由、健康と安全など多岐にわたる。強制労働の禁止は労働者が仕事を得るための費用を負担せずに済むことや、企業が身分証明書を取り上げて移動を妨げないことが肝になる。村田製作所(6981)は「人権・労働に関する基本方針」で、従業員の本人確認や就労資格確認の書類について契約締結に必要最小限の範囲と手段で確認し、原本の引き渡しや預託を求めないと宣言している。

第5のテーマ「深刻な申し立てへの対応」では、調査して適切な措置を講じるだけでなく、利害関係者との対話や声明の発表も求められる。オーストラリア戦略政策研究所や国連人権特別報告者から、新疆ウイグル自治区での強制労働に関与している可能性があるとの指摘を受けた日立製作所(6501)は21年5月、強制労働を裏付ける調査結果は得られなかったとする声明を公開した。

人権DDは負の影響の特定から情報発信までの一連の流れを指す。まずは取引先の監査や通報窓口を通じて課題を認識することから始まる。その点では、キリンHDやパナソニックグループ、伊藤忠商事(8001)などが正会員に名を連ねるビジネスと人権対話救済機構(JaCER)が提供する「対話救済プラットフォーム」の活用も一つの方法になるとみられる。

(QUICK ESG研究所 遠藤大義)

 

参考
6月4日付の日経ヴェリタスでは、QUICK ESG研究所が実施した調査などを基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資最前線」で、「人権経営」が取り上げられました。本稿はその関連記事です。