ESG研究所女性活躍目標に垣間見えるリスク 有報開示始動

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有価証券報告書(有報)で2023年3月末以後に終了する事業年度から女性活躍推進法などに基づいて人材の多様性を示す指標の記載が始まった。女性管理職比率は実績だけでなく目標も記載する企業が多い。人的資本に関するリスクと機会をどう考え、女性活躍にどう取り組もうとしているのか、2社の事例から見てみよう。

2021年6月の改訂コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)で女性・外国人・中途採用者の管理職登用の考え方、目標とその状況、多様性確保に向けた人材育成と社内環境整備の方針の開示が求められた。指針は強制ではなく、従わない場合は事情を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン」の手法が採用されている。有報での開示義務付けで女性管理職比率はコンプライ・「アンド」・エクスプレインの対象となった。

コーポレートガバナンス報告書や有報ですでに多様性指標を開示していた企業もあるが、有報での開示義務付けで記載箇所や方法が共通化され、企業を比較しやすくなった。QUICK ESG研究所は大型株指数「TOPIX(東証株価指数)100」を構成する企業のうち22年4月1日~23年3月31日が事業年度だった81社の有報を調べた。持ち株会社は事業子会社を含む連結データの開示があれば、それを使用し、ない場合には主要子会社のデータを使って集計した。

女性管理職比率は管理職に占める女性労働者の割合で、81社の最高は30.4%、最低は1.2%、平均は10.3%だった。5%刻みで分布をみると、5%以上10%未満が最多の29社で、10%未満が全体の6割強を占めた。

女性管理職比率の図

女性管理職比率が81社の中で最も高かったのはリクルートホールディングス(6098、傘下のリクルートのデータを使用)の30.4%だった。同グループは「2031年3月期までにすべての階層における女性比率を約50%にする」との目標を掲げている。管理職や上級管理職をその水準まで引き上げるのに向け、26年3月期のマイルストン(中間目標)も示している。

リクルートは「創業以来、多様な従業員一人ひとりの違いを大切にし、その好奇心から生まれるアイデアや情熱に投資することで新たな事業やサービスを生み出してきた」といい、「従業員の価値創造への意欲を最大化する」と多様化の狙いを説明する。とりわけジェンダーに関する取り組みを加速している。

同じくサービス業のオリエンタルランド(OLC、4661)の女性管理職比率は18.1%で、「2025年度までに25%以上にする」のが目標だ。「男女分け隔てなく能力を開発し、キャリアが継続できるよう支援する」といい、女性管理職の候補者向けの勉強会のほか、育児や介護との両立を支援する制度を整備している。

OLCは社内環境整備方針について「少子高齢化の進行などによる労働力人口の減少や、働き方への多様な価値観などを踏まえたうえで、従業員の働きがいを最大化し、持続可能な人員体制へ変化することが必要」と説明。「限られた人員数で高い付加価値を提供し続けることのできる体制」への変化を目指しているという。

政府が22年8月に公表した「人的資本可視化指針」によると、多様性の開示はイノベーションや生産性という価値向上と、企業の社会的責任に対するリスク管理の観点を持つ。リクルートは価値向上につなげる機会ととらえているのに対し、OLCはリスク管理の観点が垣間見える。OLCは労働力人口の減少下での持続性を気にかけているように読める。

女性活躍推進の法的枠組み構築を打ち出したのは「『日本再興戦略』改訂2014」にさかのぼる。人口減少社会への突入を前に労働力人口の担い手や、多様な価値観や創意工夫をもたらし社会全体に活力を与える原動力として、女性の力を最大限発揮することを打ち出した。女性活躍はイノベーションの源としてだけでなく、成長のために必要な人手が不足するというリスクへの対策として提唱された面もある。

人口減少社会の到来に転職希望者の増加が重なり、どの企業も「働きたい」と選ばれ続けられることが重要課題になってきたのではないか。業務を機械に置き換えづらいサービス業ではより切実だとみられる。離職者が増えれば、採用や教育のコストがかかり業績に響く。人的資本や多様性をリスクの観点から評価する際には従業員エンゲージメント(働きがい、会社への帰属意識)調査結果や身体的・精神的健康なども併せて見る必要があるだろう。

(QUICK ESG研究所 遠藤大義)

 

参考
9月17日付の日経ヴェリタスでは、QUICK ESG研究所が実施した調査を基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資最前線」で、「有報での多様性指標の開示」が取り上げられました。本稿はその関連記事です。