ESG研究所企業と投資家の「共同声明」とは
対話の成果を企業が公開
2023年10月30日
「物言う株主」というと企業に敵対的要求をつきつけるイメージを思い浮かべるかもしれないが、企業と投資家の間は緊張関係ばかりとは限らない。機関投資家が投資先企業に気候変動対策を働き掛けるエンゲージメント(対話)で両者が合意した成果を公開する「共同声明」の事例は一見の価値がある。
草分けは、2018年12月3日に当時のロイヤル・ダッチ・シェル(現シェル、以下シェルと表記)と、気候変動対応を求める投資家イニシアチブであるクライメート・アクション100プラス(CA100+)を主導する機関投資家グループとの間で作成された「共同声明」だ。
シェルの同日のプレスリリースには「この共同声明はこの種のものとして初めてで、他の石油・ガス部門のベンチマークとなり、機関投資家の長期的な利益とエネルギー転換の最前線に立ちたいというシェルの願望を適合させるエンゲージメントの利点を示す」とある。
共同声明でシェルは、①販売したエネルギー製品を含む正味二酸化炭素(CO2)排出量(ネット・カーボンフットプリント)削減の3年または5年の短期目標を定める②CO2排出関連目標を報酬に組み込む③第三者保証を受けてCO2排出量の進捗を公開し、レビューを実施する④気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言に沿って開示する⑤企業の気候変動ロビー活動でパリ協定の目的への支持が損なわれないように取り組む――ことを挙げた。こうした取り組みを機関投資家グループが「強く支援する」と表明している。
CA100+のウェブサイトでたどると、その後、19年4月にノルウェーのエクイノール、20年5月にフランスのトタル(現トタルエナジーズ)も共同声明を出した。今年10月上旬に東京で開催された国連責任投資原則(PRI)年次会議のパネル討論に登壇したジェネラリ・インシュアランス・アセットマネジメントのフランソワ・アンベール氏(CA100+運営委員長)はビジネスSNS(交流サイト)の「リンクトイン」で共同声明の例として、自身の関与したチェコのエネルギー大手であるCEZグループと独バイエルのウェブサイトのリンクを紹介した。
アンベール氏はパネル討論で「共同声明とは企業と投資家が対話の価値を認め、企業のウェブサイトに掲載する文書を指す」と説明。共同声明のデータベース化に言及した。CEZグループは2022年7月11日付、バイエルは23年9月19日最終更新の共同声明を掲載しており、ともに投資家代表の1人としてアンベール氏がコメントを寄せている。
アンベール氏によると、機関投資家が投資先企業との対話で新たな価値である「追加性」を生み出す場合と、働き掛けただけで変化が生じない「意図性」にとどまる場合がある。対話によって「追加性」、つまり、当該企業の発行する証券の収益率が市場平均を上回る「エンゲージメント・アルファ」をつくり出そうとするのが、彼のESG投資に関する考えだとみられる。
CA100+は2017年12月に発足し、ネットゼロ(温暖化ガス排出量実質ゼロ)経済への移行に不可欠な企業に焦点を当ててエンゲージメントを展開している。現在、対象は170社ある。CA100+は23年、30年までの第2フェーズに入り、企業の気候関連情報の開示から、移行計画の実行に軸足を移した。エンゲージメントの成果を測る指標として「ネットゼロ企業ベンチマーク」を公表している。
CA100+が今年10月18日に公表した「ネットゼロ企業ベンチマーク」によると、評価対象企業の59%が温室効果ガス(GHG)削減目標を達成するために必要な行動を特定し開示している。22年10月時点では52%で、7ポイント増えた。ただ、CA100+は「GHG削減目標に対する、こうした行動の貢献度の定量化のほか、オフセット・削減技術の使用に関する開示は進展がさらに必要だ」と指摘している。
対象企業の82%がGHG削減の長期目標、87%は中期目標を設定している。中期目標の設定企業は22年10月時点の81%から6ポイント増えた。しかし、事業活動に関連する他社の排出である「スコープ3」もカバーしているのは長期目標の37%、中期目標の33%にとどまった。
さらに、温暖化による地球の気温上昇を産業革命前に比べ1.5℃以内に抑えるという「パリ協定」の目標の軌道に沿っているとみられるのは、長期目標の30%、中期目標の13%だった。エンゲージメント活動による成果もあり、移行に向けて開示が進んできたのは間違いない。その一方で、パリ協定の目標との整合性に課題を残しているようだ。
CA100+が重視する企業を含め、とりわけ排出削減困難セクターの企業が脱炭素への移行を進めるには巨額の資金が必要になり、市場メカニズムの活用が欠かせないと見られている。企業にとって「エンゲージメント・アルファ」を追求する投資家と意見の相違があるかもしれないが、責任投資の専門的な見地からの提案を経営に活かすことを検討するメリットもあるのではないだろうか。
(QUICK ESG研究所 遠藤大義)
参考
10月29日付の日経ヴェリタスでは、QUICK ESG研究所が実施した調査を基に最新動向を分析・報告する「サステナブル投資最前線」で、「投資家・企業の『対話』が深化」が取り上げられました。本稿はその関連記事です。