ESG研究所【ESGブック】課題カテゴリーの優先度を明確化 
静的マテリアリティと動的マテリアリティを組み合わせた分析

【ESGブック】課題カテゴリーの優先度を明確化 静的マテリアリティと動的マテリアリティを組み合わせた分析

国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が各国で導入を目指しているサステナビリティ開示基準。日本ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)がISSBの基準に基づいた国内向け開示基準の草案を策定し、2025年3月までの最終化を予定している。ISSBの基準の柱となっているのが、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)のSASBスタンダード。11のセクター、77業種ごとに、重要課題カテゴリーを提示している。

今回、このSASBスタンダードで示された課題カテゴリーを静的マテリアリティ(Static Materiality)と捉え、過去の77業種の株価推移から導き出したウェイト(動的マテリアリティ:Dynamic Materiality)との組み合わせにより、課題カテゴリーのインパクトをより明確に提示してみたい。

今回の事例では米国のアップル社を取り上げる。同社はSASBの業種においてハードウェアに分類されている。動的マテリアリティは、ハードウェア業種に属する企業のポートフォリオを作成し、そのポートフォリオの過去3カ月、6カ月、1年の株価とSASBが課題カテゴリーとして示すカテゴリーとの相関性を回帰モデルで分析し、算出するものである。

SASBはアップル社が属するハードウェア業種において、社会資本領域の「データセキュリティ」、人的資本領域の「従業員エンゲージメント、多様性と包摂」、そしてビジネスモデルとイノベーション領域の「製品設計とライフサイクル管理」「サプライチェーン管理」「材料調達と効率」の合計5つのカテゴリーを課題カテゴリー(静的マテリアリティ)としている。

環境領域とリーダーシップとガバナンス領域のカテゴリーが選択されていないことは興味深い点である。一方、ビジネスモデルとイノベーション領域は、同領域を構成する5つのカテゴリーのうち3つが静的マテリアリティに選ばれており、ハードウェア業種におけるビジネスモデルとイノベーション領域の重要性の高さが示されている。

 

 

上の表は、静的マテリアリティで重要な5つのカテゴリーについて、動的マテリアリティを分析した結果である。5つのカテゴリーのうち、動的マテリアリティのウェイトが高いカテゴリーは、ウェイトの数値の高い順に人的資本領域の「従業員エンゲージメント、多様性と包摂」(0.39)、ビジネスモデルとイノベーション領域の「サプライチェーン管理」(0.31)、社会資本領域の「データセキュリティ」(0.23)、そしてビジネスモデルとイノベーション領域の「製品設計とライフサイクル管理」、「材料調達と効率」(ともに0.03)であった。動的マテリアリティのウェイト数値の高い3つのカテゴリーだけで0.93となる。動的マテリアリティの合計は1である(前表の動的マテリアリティは小数点第3位を四捨五入しているため、合計は0.99となっている)ため、これら3つのカテゴリーの影響の大きさが際立っている。

次に、同社の静的マテリアリティと動的マテリアリティの分析に、弊社のESGパフォーマンススコア・コア(EPSコア、企業の開示情報を中心にスコアリング)のスコアを合わせて見てみる。動的マテリアリティのウェイト数値の高い「従業員エンゲージメント、多様性と包摂」のスコアは60.79、「サプライチェーン管理」は72.75、「データセキュリティ」は27.73であった。

「データセキュリティ」は動的マテリアリティのウェイト数値が高いにもかかわらず、スコアが30にも届いていない。同社のデータセキュリティに関する改善や新たな対策・方針などが公に示される必要があるだろう。残り2つの静的マテリアリティは50を大きく上回っており、現行のパフォーマンスを維持・向上することで良いと考えられる。静的マテリアリティのウェイト数値が低かった「製品設計とライフサイクル管理」と「材料調達と効率」のスコアは、それぞれ80.99、100と高スコアであった。これら2つの静的マテリアリティについては、現行のパフォーマンスを当面は続けることで問題ないと考えられる。

アップル社の例のように、静的マテリアリティに動的マテリアリティを組み合わせ、さらにスコアを付与することで、サステナビリティの取り組みについて優先度をつけることが可能になるのではないか。このような客観的なマテリアリティ評価とEPSによる分析の有用性は高いとみられる。

(アラベスクS-Ray社日本支店代表 雨宮寛)