ESG研究所【ESGブック】時計・宝飾品企業のサステナビリティ活動

【ESGブック】時計・宝飾品企業のサステナビリティ活動

有限な天然資源を原材料とする時計・宝飾品企業のサステナビリティ活動をご存じだろうか。自然資本を活用する業種においては、ステークホルダー(利害関係者)に対してサプライチェーンに関する情報の積極的な開示が進められている。本稿では時計・宝飾品企業が協働で気候変動対策や資源の保全などに取り組む「ウォッチ&ジュエリー・イニシアティブ2030(WJI 2030)」を紹介する。

まずWJI 2030の概要を、同イニシアティブのウェブサイトで見てみよう。
https://www.wjinitiative2030.org/

「より良い未来への変革を共に推進します。気候変動への適応力、資源の保全、そしてインクルージョン(包摂性)の促進という分野において、測定可能なインパクトを達成するために、多様なステークホルダーとの協働を推進します。ケリングとカルティエによって2022年に設立され、リシュモンから委託を受けたWJI 2030は国連グローバル・コンパクトのメンバーであり、女性のエンパワーメント原則(WEPs)に署名しています。2023年5月にWJI 2030はスイス当局によって公益法人として認定されました。現在、WJI 2030はスイス・ジュネーブのメゾン・ド・ラ・ペに本部を置いています。」

上記説明のようにWJI 2030は、カルティエを傘下に持つスイスのリシュモン社と、グッチやボッテガ・ヴェネタを傘下に持つフランスのケリング社が中心となってスタートした。両社のサステナビリティパフォーマンスをESGブックのESGパフォーマンススコア・プラス(EPSP)でみると、4月21日時点でリシュモン社は59.76、ケリング社は72.82と、ともに優れている(EPSPは100点満点で平均は約50)。

WJI 2030は、測定可能なインパクトを達成するため、参加企業にサステナビリティ情報の開示を促している。WJI 2030のウェブサイトによると、2025年4月23日現在、グッチやカルティエに加え、シャネル、ブシュロン、スワロフスキーなど、世界の74の時計・宝飾品ブランド企業が参加している。

 

 

ESGブックはこの情報開示のフレームワーク策定に協力し、参加企業は同フレームワークに基づいてサステナビリティ情報を開示している(図)。
https://app.esgbook.com/frameworks/provider/3646d2c7-fb38-472d-938a-1f19d895cd8c/257d6c77-cb8f-48b2-b90b-2687788b8606

参加企業の規模によってサステナビリティ情報公開の水準は異なるものの、中核となる開示項目は「気候変動へのレジリエンス」「自然・地域社会のための資源保全」「バリューチェーン全体にわたる包摂性の促進」である。

現在のところ、日本の企業でWJI 2030に参加している企業はない。しかし、日本で4月9日に同イニシアティブを紹介するイベントが開催された。イベントの会場を提供したのは、同イニシアティブの参加企業であるノルウェーのジュエリーブランド、トムウッド社である。イベントでは、同イニシアティブ事務局長のイリス・ヴァン・デル・ヴェケン氏が基調講演し、その後、トムウッド社の最高経営責任者(CEO)であるモーテン・イサクセン氏を交えたパネルセッションなどが行われた。

トムウッド社のイサクセンCEOの話で興味深かった点は、現在ジュエリーブランドとして知られる同社が、以前は衣類も手掛けていたという事実である。しかし、衣類の製造や輸送によって発生する二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスを削減するためのコストが高く、持続可能な経営を維持することが困難であったため、衣類事業を取りやめたという。

また、ジュエリーに関しても、以前は天然(ヴァージン)の鉱物から製造していたが、現在はリサイクルされた鉱物を使用している。天然資源からリサイクル資源への移行による顧客のネガティブな反応は少なく、リサイクル鉱物を使用したジュエリーブランドとしての認知が広がっているという。

米国でトランプ政権発足以降、世界のサステナビリティを取り巻く状況は刻一刻と変化している。欧州では企業サステナビリティ報告指令(CSRD)と企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)の適用開始を延期する法案が可決された。サステナビリティに関する企業負担の軽減や規則の緩和に目が向いてしまいがちだが、WJI 2030のような業界活動も進展中だ。日本の時計や宝飾品ブランド企業も、ぜひ同イニシアティブに参加し、サステナビリティ活動を推進していただきたい。

(アラベスクS-Ray社日本支店代表 雨宮寛)