ESG研究所【ESGブック】スコープ3は「魔法の数字」

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今夏は地球沸騰化と表現されるほどの酷暑となった。東京でも35℃以上の猛暑日が目立った。地球温暖化の対策は人類の喫緊の課題である。今回はESGブックの気候変動アナリスト、キアラン・ブロフィー博士のレポート(Dr. Kieran Brophy, “Scope 3 is the magic number, June 16, 2023, https://www.esgbook.com/scope-3/)をもとに温室効果ガス(GHG)「スコープ3」の開示についての現状や課題をまとめたい。

GHG排出量を測定、開示するにあたり、スコープ3が重要となっている。スコープ3とは企業の事業活動に関する他社の排出を指す。購入した製品・サービスなどの「上流」と、販売した製品の使用などの「下流」を合わせ、バリューチェーン全体をカバーする15のカテゴリーで構成される。

 

 

米大手電気自動車メーカーのテスラが環境に優しい自動車メーカーとして瞬く間に世界の注目するサステナブルな企業の代名詞となったが、同社は最近までGHG排出量の開示をしていなかった。直近のデータでは各スコープの排出量を開示しているものの、GHGプロトコルに準拠していないため、ESGブックの気温スコア(1.5℃~3.0℃の5段階で1.5℃が最も優れている)は3.0℃という状況だ。

しかし、テスラの影響もあり、電気自動車の製造は世界各地で広がっている。ブロフィー博士は「スコープ3はネットゼロへの競争の最前線に誰が立つかを決める『魔法の数字』となっている主な理由は、自動車によって簡単に説明できる」と指摘し、次図の状況に注目している。

 

 

(図1)のICEVがガソリン車、BEVは電気自動車で、縦軸は2021年と2030年予測それぞれの「温室効果ガスのライフサイクル排出量」を示している。ガソリン車、電気自動車ともに自動車本体の製造で発生する排出量(グレー)、電気自動車のバッテリー製造で発生する排出量(薄紫)、燃料や電気の生産で生じる排出量(薄青)、自動車のメンテナンスで発生する排出量(黒)、そしてガソリン車の場合の燃料の消費で発生する排出量(青)となっている。

2030年予測の電気自動車の排出量に示されている黒い棒線は、現在の排出量の削減政策とパリ協定に準拠した電力構成による排出量の差を示している。GHG排出量の各スコープを網羅したライフサイクル排出量を比較するとガソリン車に比べて電気自動車の方が少量であることがわかる。また、その傾向は2030年予測でも示されている。このようにスコープ3を含めたライフサイクルでGHGをみていくことが重要だ。

それでは、ESGブックで収集しているGHG排出量データからの分析をみてみたい。現在、世界の約6700社のスコープ3の排出量データの確認作業を行なっているが、GHGプロトコルに準拠した開示を行なっている企業は2886社である。さらに、2886社の中で、スコープ3の15のカテゴリーを開示している企業は2208社となっている。スコープ3の測定は容易なことではないことがわかる。

もう一段踏み込んでみる。スコープ3の15のカテゴリーの中にはセクターによって重要なカテゴリーがある。例えば、金融セクターで言えば、カテゴリー15の投資である。金融セクターの中でカテゴリーの排出量を開示している機関は376機関あるが、カテゴリー15の投資にかかる排出量データを開示しているのは50機関に過ぎない。残りの326機関はカテゴリー6の出張の排出量データ等の開示に留まっている。

つまり、スコープ3の開示、カテゴリーの開示をしている企業であっても、開示している内容が重要である。そこで、スコープ3のカテゴリーの開示をしている2208社の中で、弊社が考える各セクターに重要なカテゴリーの開示をしている企業1240社のデータから作成したのが図2である。

 

 

(図2)で示されているように、19のセクターの内、運輸セクターを除く18セクターにおいてスコープ3(上流=Upstreamと下流=Downstream)の排出量が企業のGHG排出量の半分以上を占めている。前述の金融(Finance)のようにスコープ3が9割以上を占めるセクターも複数あることがわかる。この図は、各セクターで重要と考えられるカテゴリーの排出量の開示がなされている企業の排出量データから作成されたものである。スコープ3の開示そのものは重要であるが、セクターに重要と考えられるカテゴリーの排出量の開示が求められているのではないか。

(アラベスクS-Ray社日本支店代表 雨宮寛)