ESG研究所【水口教授のESG通信】PRI in Person 2018 参加報告
2018年09月28日
サンフランシスコは港に面した美しい街だ。その中心部に立地するマリオットホテル地下2階の広大なホールに、世界のESG投資関係者が集まった。2018年のPRI in Personは9月12日から14日までの3日間、ここサンフランシスコで開かれた。過去最大の1200人以上を集めたシンポジウムでは、初日のアル・ゴアの基調講演を皮切りに10の全体セッションと18の分科会で多くの議論がなされた。中でも今年のキーワードをあげるとすれば、気候変動、中国、経済的不平等の3つだろう。以下ではその概要をお伝えしたい。
1.気候変動に立ち向かえ
元副大統領でノーベル平和賞受賞者。ユーモアを交えながらも力強く「不都合な真実」を語る姿は、誰しも一度は目にしたことがあるのではないか。その語り口調そのままに、本物のアル・ゴアが目の前にいる。おりしもノースカロライナ州にはハリケーン・フローレンスが襲来し、フィリピンと中国南部には、その後甚大な被害をもたらすことになった台風22号が迫っていた。彼は、これらの異常気象を引き合いに気候変動の脅威を強調し、再生可能エネルギーのコストが石炭火力よりはるかに安くなった事実を指摘し、「今や、ESG要素を投資判断に組み込んでいなければ、それこそ受託者責任違反だ」と述べた。そして投資を通した貢献と政府へのエンゲージメントを呼びかけ、最後に「政治的意思もまた再生可能だ」と締めくくった。満場の参加者がスタンディングオベーションで応えた。
世界各地で豪雨と高温が猛威を振るった今年、気候変動に注目が集まるのは当然のことだろう。マリオットホテルからほど近い大型会議場のモスコーン・センターでは、PRI in Personとちょうど同じ日程で「グローバル気候アクションサミット(Global Climate Action Summit)」が開催され、こちらも多くの参加者を集めた。
そして同時開催されたこの2つの会議を機に、「インベスター・アジェンダ(Investor Agenda)」と題する新たな投資家イニシアティブが発足した。これは、気候変動に関する投資、エンゲージメント、投資家のディスクロージャー、政策提言のうち、1つ以上のアクションを実施し、報告することを約束する投資家のイニシアティブである。発足時点で総額32兆ドルの資産を有する392の投資家が参加を表明した。
全体セッションや分科会でも気候変動に関連するテーマが多かった。「破滅的な移行を避ける:気候変動に関する投資家行動(Avoiding a disruptive transition: Investor action on climate change)」と題した初日の最初の全体セッションは、各国の現在の削減目標を合算してもパリ協定の目標に達しないという事実の指摘から始まった。そして今後の展開に関して、考え得る4つのシナリオが示された。①秩序的移行シナリオ、②技術的ブレークスルーシナリオ、③混乱シナリオ、④失敗シナリオの4つである。①は、今後、早い時期に各国政府が適切な行動を取ることで目標達成のコースに乗るシナリオ、②は、政策は不十分だが、大きな技術発展がそれを補うだろうというシナリオである。③は政策対応が遅れ、後になって急激に厳しい政策がとられると考えるもので、物理的リスクとともに移行リスクも大きい。④は目標達成に失敗し、3℃や4℃の世界になってしまうという悲観シナリオである。
この4つのシナリオのどれになると思うか、スマートフォンのアプリを使って参加者全員にその場でアンケートしたところ、①と予想した人は5%に過ぎず、②という回答は14%で、大多数の63%は③と答えた。④の悲観シナリオを選んだ人も16%いた。それも踏まえてパネルでは技術への投資やエンゲージメントなど、投資家のとるべき行動について議論された。
その次の「数兆ドルの動員:投資家はいかに新たな低炭素投資の機会を掴むのか(Shifting the trillions: How are investors identifying new low carbon opportunities?)」と題したパネルでは、インフラ投資、プライベート・エクイティ、グリーンボンド、エンゲージメントなどのさまざまな方法で2℃目標の実現にいかに貢献するかが議論された。翌日にも「化石燃料を超える気候リスク:森林マネジメントの重要性(Climate risk beyond fossil fuels: The importance of forest management)」「TCFD:気候シナリオをどう使うか(TCFD: How to use climate scenarios?)」などの分科会が設けられた。
このうち森林マネジメントの分科会では、アマゾンの熱帯林の水循環について興味深い説明があった。アマゾンでは熱帯林の「深い根(deep root)」が地中の水分を吸い上げて、葉から蒸発し、それが再び雨になって降るという循環が成り立っているという。つまりアマゾンの森林は降雨という気象の単なる結果であるだけでなく、原因でもあるという相互関係にある。森林破壊が進んでサバンナのような「浅い根(shallow root)」に置き換わると、この循環が途切れて乾燥が一気に進む恐れがある。アマゾンはそのティッピング・ポイント(転換点)に近づいているのではないか、というのである。
それが意味することは明確だ。仮にこのまま順調にエネルギー転換が進んだとしても、森林破壊を防がなければ2℃目標は実現できない。この指摘を受けて、パネルではサステナブル土地利用(Sustainable land use)への投資や食品サプライチェーンの透明化などの議論がなされた。気候変動問題は水問題であり、森林問題であり、食料の問題でもある。そのような全体的(holistic)な視点で捉える必要があるというのが、このパネルのメッセージだった。
2.中国の存在感
これらのさまざまなパネルを聞きながら、内容とは別に印象に残ったことがある。中国の存在感である。最初の「破滅的な移行を避ける」のセッションには中国のチャイナ・アセット・マネジメントのCEOが、その次の「数兆ドルの動員」のパネルにはイー・ファンド・マネジメント(E Fund Management)の社長が登壇した。2日目の全体セッションでもチャイナ・アセット・マネジメントの副社長がパネリストになった。対照的に日本からの登壇者は、今年はいなかった。
話の内容も力強かった。中でも、何度か言及されたのが、中国政府による取り組みである。政府の後押しでグリーンボンドの発行額は今年も順調に伸びている。また、2020年には、3000社以上ある上場企業のすべてにESG情報の開示を義務付けるという。中国がグリーンファイナンスに注力しているというここ数年の印象は、今年さらに強まった。
その背景として、パネリストたちが異口同音に述べたのは「中国はトップダウンの国だから」という理由である。おそらく文字通りトップダウンで進んでいるのだろう。気候変動対策やESG投資の推進に向けて、政治のリーダーシップに期待する気持ちは日本でもある。その意味で中国から素直に学ぶべきことがあるのかもしれない。
一方で、ESGの「S」の根底にあるのは基本的人権の尊重であり、その重要な構成要素の1つが「自由」の概念であろう。そのことと、あまりに強力なトップダウンの国ということの関係をどう理解したらよいのか、出口のない問いが頭の中を駆け巡る。いろいろな意味で今後も中国には注目していきたい。
3.経済的不平等と労働者の権利
初日の全体セッションの後、コーヒーブレイクに入る前に、アジェンダに載っていないスピーチがあった。PRIのCEOであるフィオナ・レイノルズ氏の紹介に続いて、会場となっているマリオットホテルの従業員の女性がスペイン語で語り始めた。移民なのだ。客室清掃の仕事は重労働である。その待遇改善を求めて労働組合がストライキを行うことを認めるかどうか、従業員たちによる投票を行う直前の時期であった。レイノルズ氏はPRI in Personという大きなイベントを裏方で支えてくれているホテル・スタッフへの謝意を述べ、会議参加者に従業員たちへの支持を呼びかけた。
異例、と言ってよいだろう。マリオットホテルを会場とするイベントで、そのホテルの従業員が窮状を訴えたのである。翌日の分科会では、オンラインストアのアマゾンで働く運転手たちの不安定な労働環境が取り上げられ、注目を集めた。労働と人権の問題に多くの参加者が関心を寄せたことだろう。
そして3日目の最後の全体セッションのテーマが経済的不平等(economic inequality)だった。議論は、なぜ投資家がこれを問題にするのか、という問いから始まった。パネリストはこう答えた。まず、多くの投資家はSDGsにコミットしている。SDGsは気候変動などの地球環境問題と貧困などの社会課題の一体的な解決を目指す。経済的不平等の解消はその中の重要な要素だ。また、不平等の拡大が経済成長を阻害するという関係が明らかになってきた。ユニバーサルオーナーの立場からは、不平等を解消していくことが経済的にも合理的だ。さらに、不平等の拡大は社会の一体感や連帯感を毀損し、ポピュリズムや一国主義を招く可能性がある。それは投資家にとってもマイナスだ。
では投資家は何をすればよいのか。まず「公正な移行(Just Transition)」への言及があった。たとえば脱炭素社会への移行の過程では、炭鉱労働者やそのコミュニティが不安にさらされる。それを放置するのは不公正だ。今や気候変動と経済的不平等の問題を切り離すことはできない。
そのほかにも、企業がきちんと税金を負担すること、経営者報酬への着目、男女の賃金格差など、経済的不平等を縮小するために投資家が取り組むべき課題は多い。そう指摘した上で、パネリストとして登壇したレイノルズ氏が最後に言及したのが、労働の問題だった。ホテルの従業員やアマゾンの従業員が適正な賃金を支払われること、それこそ経済的不平等の解決策ではないか。労働問題、人権問題、格差問題を別々の問題として捉えるのでなく、一体のものとして捉えること。ここでも「全体的視点(holistic view)」がキーワードだったように思われる。
ここで紹介した以外にもさまざまなテーマが取り上げられ、多様な議論が繰り広げられた。ESG投資には、まだ多くの課題があり、フロンティアもある。そんなことを感じた3日間だった。
QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛