ESG研究所【水口教授のESG通信】ESG投資の生態系を考える - NGOの役割を中心に

アマゾンの森林火災は惨事だった。実はアマゾンだけでなく、インドネシアでも2019年9月以降、大規模な森林火災が起きた。11月にはその原因や影響に関するNGOのレポートも出た。普段のコラムならば、すぐにその内容を紹介するところだ。しかし今回は、少し違う問いかけをしてみたい。それは、何人のESG投資関係者がこのレポートに気づき、関心を持って読んだだろうか、ということである。NGOからの問題提起は、ESG投資に対してどのような意味を持つのか。このことは、ESG投資の実践を、単に個々の運用機関の中だけで完結する業務の1つと捉えるのでなく、多様な関係者の相互作用によって成り立つ一種の生態系と捉えることで見えてくるのではないか。ここで考えたいのは、ESG投資の厚みとは何か、ESG投資が機能するとはどういうことなのか、ということである。

 

1.生態系としてのESG投資

複数の要素が相互に関連しあって織りなす全体のことを「系(システム)」という。自然生態系(エコロジカルシステム)は、土壌や水、空気などの環境要素と、多様な生物種の存在によって成り立つ「系」である。それらの要素の間にはさまざまな相互作用がある。動植物種は互いに食物連鎖を通して結びつき、微生物が有機物を分解して土壌を作ったり、生物が土壌を耕したりする。森林などの植物が光合成によって酸素を供給したり、土壌が水を浄化したりもする。豊かな土壌には豊かな生態系が育ち、荒れた土壌ではあまり育たない。

ESG投資という「営み」も一種の生態系として捉えられるのではないか。まずESG投資を実践する多様なプレイヤーがいる。年金や保険会社などのアセットオーナー、彼らから運用を受託するアセットマネージャー、ESGの評価や助言を提供するサービスプロバイダーなどは、いわば生物種に相当する。彼らは資金と情報とサービスの流通を通じて相互に結びついている。一方、ESG投資を実践するための市場システムや法制度は、空気や水のような環境要素に位置づけられる。するとそれらを整備する政府や規制当局の役割も重要になる。欧州委員会のサステナブル金融に関するアクションプランも、このような文脈で理解することができる。

さらに、ESG投資の前提となる概念、たとえば受託者責任の捉え方やスチュワードシップ、ユニバーサルオーナーシップなどは、この生態系を支える一種の土壌のようなものだ。そのような概念を生み出す研究者もまたシステムの一員と言ってよいだろう。地中の生物が土壌を耕すように、ESG投資の実践によって概念がより洗練されたり、明確になったりするという側面もある。

では、ESG投資の発展を何で測ればよいだろうか。自然生態系を見るとき、バイオマス(生物の賦存量)の多さは1つの指標になるだろう。しかしバイオマスが多くても、単一樹種の単調な森林を「豊かな生態系」とは呼びにくい。同様に、ESG投資の資金量が増えることは1つの指標だが、単調な論理に支配された似たような実務ばかりだとしたら、ESG投資という生態系は豊かに育っていると言えるだろうか。ESGの課題は幅広い。多様なESG課題に対して、多様な観点から、多様な主体が関わることで、複雑で豊かな生態系が生まれるのではないか。多様なプレイヤーと多様なアイディアが織りなす生態系は強固だし、多様性を失った生態系は脆い。

そのような観点からESG投資におけるNGOの役割を考えてみたい。彼らもESG投資という生態系を構成する重要な一員だと思うからである。

 

2.NGOの多様な役割

NGO(Non-governmental organization)とは非政府組織、NPO(Non-profit organization)は非営利組織で、それぞれさまざまな定義づけがなされている。両者を区別して考えるべきとの主張を目にすることもあるが、ここでは定義に深入りすることはせず、非営利かつ非政府の組織を広くNGOと捉えることにしたい。そのような目で見ると、すでに多様なNGOがESG投資とさまざまな形で関わっている。それを(1)ESG投資の促進、(2)ESG投資家との協働、(3)企業・投資家のモニタリングの3つに分けて見ていくことにしよう。

 

(1)ESG投資の促進

機関投資家等がPRI(責任投資原則)に署名すると、PRIアソシエーションという組織のメンバーになる。これもロンドンに事務局を置く非営利組織なので、一種のNGOである。彼らは、世界の機関投資家に署名を促したり、署名機関のために責任投資のガイダンスを提供したり、協働エンゲージメントのプラットフォームを提供したりして、ESG投資を促進する役割を果たしている。欧州のEurosifや米国のSIFもESG投資関係者をメンバーとするある種の同業者団体で、ESG投資の推進役となっている。日本にも日本サステナブル投資フォーラム21世紀金融行動原則などがある。

企業の情報開示が進めば、ESG投資も進みやすい。その意味で、サステナビリティ報告のガイドラインを策定してきたGRIやその基準化を担うGSSB、統合報告の国際フレームワークを提唱するIIRC、米国の投資家向けサステナビリティ情報開示基準を提案しているSASBなどは非財務情報開示の枠組みを示すことで、ESG投資のためのインフラ整備の役割を果たしてきた。CDPも気候変動などに関する情報の開示と評価のプラットフォームとして、ESG投資のインフラになっている。

非営利のシンクタンクを標榜する英国のカーボントラッカーは、「Stranded Assets(座礁資産)」という概念を提唱することで気候変動問題が持つ移行リスクへの注目を集め、結果としてESG投資を大きく促進することに役立った。

 

(2)ESG投資家との協働

NGOが機関投資家とより直接的に協働するケースもある。たとえば英国のNGOであるシェアアクションは、過去数年にわたり英国国教会や英国環境保護庁の年金基金などと連携し、シェルやBPなどの石油メジャーに対して気候リスクへの対応を求めるエンゲージメントを主導し、株主提案の共同提案者になってきた(注1)。また、小規模な基金や財団が協働してESG投資を行うためのネットワーク(Charities Responsible Investment Network: CRIN)も設立している。

一方、PRIの「持続可能なパーム油のための投資家ワーキンググループ」は2019年4月に、RSPO(持続可能なパーム油のためのラウンドテーブル)への支援と関連業界への期待を表明したステートメントを公表し、7.9兆ドルの資産を擁する58の投資家が署名したと発表した(注2)。RSPOはパーム油の生産者、加工業者、金融機関、NGOなどをメンバーとするネットワークだが、それ自体も1つのNGOである。この場合、RSPOはESG投資が企業に示す一種のソリューション(解決策)となっており、ESG投資家がRSPOを支持するという形で両者の協働が成り立っている。

 

(3)企業・投資家のモニタリング

NGOの中には、企業や投資家、金融機関の行動をモニタリングし、ESGに関わる問題提起の役割を果たすものもある。たとえばFAIRR(Farm Animal Investment Risk & Return)やBBFAW(Business Benchmark on Farm Animal Welfare)はこれまで多くのレポートを公表し、工場的畜産がもつリスクや問題点を指摘してきた。彼らは独自の調査に基づいて企業の対応を評価しており、2019年2月にはBBFAWが2018年版の「ベンチマークレポート」を、2019年9月にはFAIRRが「プロテイン生産者インデックス(Protein Producer Index)2019」と題したレポートを公表した。

グリーンピースは2018年12月に日本の企業や金融機関によるインドネシアでの石炭火力発電事業への投資問題を指摘するレポートを公表し、2019年12月にはBankTrackをはじめとする複数のNGOが共同で石炭火力発電事業への金融機関の融資額を調査した結果を公表した。後者の調査では、2017年1月以降の融資額の上位3行は日本のメガバンク3行だったと指摘された(注3)。

これらのレポートには意見の分かれる主張も含まれており、批判された企業や金融機関の側にも言い分はあるだろう。必ずしもすべてのESG投資家が賛同すべきだと言うつもりはない。しかし運用機関やESG評価機関による通常の評価とは異なる視点から問題を提起していることは事実である。公開情報だけでは見えてこない現場の実態を拾い上げ、サステナビリティに関わる重要な論点を提起している可能性もある。ESG投資を標榜するなら、少なくともそれらの論点を理解し、自らの立場を明確にする必要があるのではないか。それによって市場の判断の中に、それらの論点が織り込まれていくことが望ましい。

NGOのレポートは、いわば生態系が発する危険信号のようなものだ。それを感知して木々がざわざわと動き出し、生態系が修復されて、再びバランスが回復される。ESG投資という生態系も、そんな風に敏感に反応して動きを見せるとき、上手く機能していると言えるのではないか。重要なことは企業とNGOのどちらが正しいかではなく、多くのプレイヤーの判断やその相互作用を通じて、一定の時間軸をもった解決策を市場自身が見出していくことだ。最後に、そのことを念頭に置きながら、インドネシア森林火災のレポートに目を向けてみたい。

 

3.インドネシア森林火災の論点

2019年11月、インドネシアのNGOであるコアリシ・アンチ・マフィア・フタン(Koalisi Anti Mafia Hutan、反森林マフィア連合の意)をはじめとする10のNGOが連名で、『Perpetual Haze – Pulp Production, Peatlands, and the Future of Fire Risk in Indonesia(終わりなき煙霧 - インドネシアにおけるパルプ生産、泥炭地、及び火災リスクの将来)』と題した報告書を公表した。その内容は、2019年に同国で起きた森林火災の原因を考察したものである。

この報告書によれば、同年9月末までに約85万7千ヘクタールの森林や農地が焼け、11月中旬までに推定7億トン以上のCO2が放出されたという。環境省の報道発表資料によれば、日本の2018年度のCO2総排出量はCO2換算で12億4400万トンなので、日本全体の年間排出量の半分以上に相当するCO2が森林火災だけで放出されたことになる(注4)。

なぜこれほど大規模な火災になったのだろうか。報告書が指摘するのは、泥炭地(Peatland)の開発である。泥炭地とは、沼地に落ちた枯れ枝や落ち葉が十分に分解されずに堆積した湿地状の地域である。水が十分にある湿地のままなら、簡単には燃えないという。だが、大規模なプランテーション開発のために排水路を掘って、湿地の水を抜くと、火災に対してきわめて脆弱になる。燃えやすく、いったん火が付くと、地中で燃え続けるために、雨季になるまで、簡単には消えない。

森林火災の原因として小規模農家による伝統的な焼き畑が批判されることが多いが、より問題なのは大企業による泥炭地の排水による開発ではないかというのが、報告書の立場である。インドネシアでは泥炭地を開発して、パーム油生産のためのオイル・パームと、パルプ生産を目的にしたアカシアのプランテーションが大規模に行われているからである。そして報告書は、同国の2大パルプ企業であるAPP(Asia Pulp & Paper)社とAPRIL(Asia Pacific Resources International Limited)社の2社を名指しで批判する。

NASAの衛星システムのデータを解析すると、インドネシアで2019年1月から10月末までに約38万9千件の異常な高温(ホットスポット)の発生が確認できるが、そのうちの約11%にあたる約4万1千件が産業用のプランテーションの許可地で起きているという。そして許可地でのホットスポットが最も多いのがAPPの傘下企業、次に多いのがAPRILの傘下企業の許可地だというのである。さらに政府の泥炭分布データに基づいて、許可地でのホットスポットの40%が泥炭地だと指摘している。両社のプランテーションの半分以上は泥炭地にあり、その面積は約75万ヘクタール、シンガポールの国土の10倍以上に上るという。

インドネシアは2015年にも大規模な森林火災に見舞われた。それ以来、両社は森林火災リスクを深刻に受け止め、火災防止やマネジメントの強化、コミュニティとの協働などの対策を講じてきたという。だが、実際にはパルプの生産能力を増強することで泥炭地開発の圧力をさらに強めてきたではないかというのが、報告書の主張である。報告書はさらに、2015年の火災を受けて強化された泥炭地でのプランテーション開発の規制を、2019年4月に大幅に緩和した政府の姿勢も批判している。

報告書の公表に先立って、著者らは両社にコメントを求めたようで、APRIL社から提出されたコメントが付属文書として掲載されている。コメントの内容は多岐に及ぶが、まず衛星データによって検出されるホットスポットは温度の異変(アノマリー)を示すだけで、必ずしも実際の火災と結びついていないと指摘している。同社によれば、同社の許可地域でのホットスポットの92%は実際の火災ではないという。そして許可地域での実際の火災は2件あり、政府に報告済みであるとして、原因の調査状況などを説明している。

また、9百万ドル以上を投じて消火設備等の強化を図ったことや、防火対策としてコミュニティと連携して「Fire Free Village Program(火災のない村プログラム)」を行っていることなど、同社の広範な取り組みが紹介されている。後者のプログラムは、77のコミュニティと協働して焼き畑に代わる農法の普及啓発と支援を行うもののようである。さらに泥炭地に関する報告書の指摘に対して自社のサステナビリティ報告書を引用しながら事実確認をしている。

こうしてNGOとAPRIL社、双方の主張を見てくると、この問題がそれほど単純でないことがわかる。気候リスクを考えれば泥炭地の開発は止めるべきだ。だが紙に対する需要は多く、必然的に生産は増える。私たちは、おそらく、森林を犠牲にしてできる紙や植物油脂などを、今よりももっと「貴重なもの」として扱うべきなのだろう。だが、それは個々のNGOや生産企業の力だけでできることではない。ESG投資が生態系として機能して、市場全体の新しいバランスを見出すことに期待したい。

 

  1. (1) Citywire誌(2015年1月21日)、BP and Shell investors demand answers on climate risk.
  2. (2) PRI news release(2019年4月3日)、 Fifty-six investors sign statement on sustainable palm oil.
  3. (3) BankTrack, news release(2019年12月6日)、Banks and investors against the future: New NGO research reveals top financiers of new coal power development.
  4. (4) 環境省報道発表資料(2019年11月29日)、2018年度(平成30年度)の温室効果ガス排出量(速報値)について。

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  1. QUICK ESG研究所「【水口教授のESG通信】アマゾンはなぜ燃えるのか - ポピュリズムとESGを考える」2019年10月2日

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛