ESG研究所【水口教授のESG通信】融資とESG - グリーンローンからESG地域金融へ
2019年07月30日
融資とESGの問題は、突き詰めれば、資金を「どこに出すか」と、「どこに出さないか」という議論に帰着する。後者に関しては、クラスター爆弾のような非人道兵器や石炭火力発電などが論点になる。日本のメガバンク3行も、2018年から2019年にかけて融資方針を公表し、NGOもそれに対する共同声明を出している。一方2018年には、グリーンボンド原則にならってグリーンローン原則が公表された。これは前者、つまり「どこに出すか」に関わっている。だが、単に「グリーンローンの残高が増えればよい」という単純な話ではないだろう。それでは、持続可能な社会に資する金融とはどのようなものだろうか。今回は「どこに出すか」の側面に着目して考えてみることにしたい。
1.グリーンボンドからグリーンローンへ
グリーンローン原則は、2018年3月にローン市場協会(Loan Market Association: LMA)とアジア太平洋ローン市場協会(Asia Pacific Loan Market Association: APLMA)が国際資本市場協会(International Capital Market Association: ICMA)の協力を得て策定し、同年11月にローンシンジケーション・トレーディング協会(Loan Syndication and Trading Association: LSTA)が加わって改定版が公表された。表1に、その概要をグリーンボンド原則と対比して示した。
グリーンボンド原則の方は、2014年に欧米の民間金融機関4社によって初版が公表され、その後ICMAが事務局を担って改定を重ねてきた。世界のグリーンボンドの発行額は毎年順調に拡大しており、英国の気候ボンドイニシアティブ(CBI)の推計によれば、2018年には1685億ドルに達したという(注1)。パリ協定やSDGsの実現に多額の資金が必要と言われる中、グリーンボンドの考え方を債券からローンへと広げるのは良いことのように思われる。
表1を見ると、グリーンローン原則の内容はグリーンボンド原則をほぼ踏襲していることがわかる。資金使途をグリーンプロジェクトに限定し、調達した資金を借り手がきちんと管理して、レポーティングすることで、グリーンローンと名乗るのである。外部レビューを義務ではなく推奨事項とし、コンサルタントレビュー(セカンドパーティオピニオン)、検証、認証、格付けの4類型をあげている点も同じである。グリーンボンド原則の構成をそのままに、債券における発行体と投資家の関係を、借り手と貸し手の関係に置き換えることで、グリーンファイナンスの幅を広げたものと言ってよいだろう。
だがよく考えてみると、グリーンローン原則ができる以前から、たとえば環境関連施設などを資金使途とする融資はあっただろう。もちろんグリーンローン原則は、対象となるグリーンプロジェクトについて「明確な環境上の便益(clear environmental benefit)」を必要としているので、プロジェクトは何でもよいわけではない。しかし、仮に従来から行われてきた環境関連の融資にグリーンローンというラベルを貼るとしたら、実質的に社会の持続可能性をより高めたことになるだろうか。グリーンローンは資金使途に対するコミットメントを意味するので、良いことに違いないが、そこに「追加性(additionality)」があるのかという、グリーンボンドとも共通する論点があるのではないか。サステナビリティタクソノミ-に注目が集まるのも、何がグリーンかを定義したいという問題意識の表れである。これに対して、持続可能性への貢献を自ら名乗る新たなローンの原則が登場した。サステナビリティリンクローン(Sustainability Linked Loan)原則である。
2.グリーンローンからサステナビリティリンクローンへ
サステナビリティリンクローン原則は、グリーンローン原則を策定したLMA、APLMA、LSTAの3団体が2019年に公表した。その概要を表2に示した。
債券の場合には、資金使途となるプロジェクトが環境課題と社会課題の両方に関わるものをサステナビリティボンドと呼んでいる。つまりグリーンボンドとソーシャルボンドの両方の性質を持つ債券がサステナビリティボンドである。これに対してサステナビリティリンクローンとは、環境課題に加えて社会課題への対応も資金使途に加えたという意味ではない。そうではなくて、融資先が野心的なサステナビリティ目標を達成することを動機づける仕組みを備えたローンを意味している。
具体的には、借り手が貸し手と協議して「サステナビリティ成果ターゲット(Sustainability Performance Target: SPT)」を設定し、その達成状況に応じて金利を引き下げるなど、SPTと融資条件とを結びつけるという。一方、グリーンローンとは異なり、資金使途は限定しない。通常の運転資金にも使えるということである。
資金使途に制約がないので、ローンとしての使い勝手はよく、裾野は広がるかもしれない。環境ファイナンス(Environmental Finance)誌の7月1日付けの記事によれば、グリーンローンとサステナビリティリンクローンを合わせた実績は累計で1115億ドルに達したという(注2)。そのうち、グリーンローンが約600憶ドルで半分以上を占めるが、サステナビリティリンクローンも400億ドル以上あり、この1年で急増したことが示されている。
だが、サステナビリティリンクローンの考え方には、既視感がある。資金使途は限定しないが、融資先の環境への取り組みを評価して融資条件に結びつける融資なら、日本でも長年取り組まれてきた。環境格付融資である。両者はどう違うのだろうか。
3.サステナビリティリンクローンと環境格付融資
「環境格付融資」は日本政策投資銀行(DBJ)が2004年に開始した。環境経営の体制や実績を幅広く確認する評価シートを用いて、融資先の環境取り組みを評価し、結果に応じて金利を優遇する融資商品である。同行では、その後、「BCM格付融資」と「健康経営格付融資」をメニューに加え、「評価認証型融資」と総称して推進している。
環境省は環境格付融資の普及を目指して2007年度から利子補給事業を始めた。融資を受ける事業者が一定の二酸化炭素排出削減を誓約することなどを条件に、1%(その後制度によっては最大3%)を上限に貸付利子を補給する事業である。2009年度からは、質問項目が10数問程度の簡易な環境格付による融資も対象に加えた結果、2010年には都市銀行や地方銀行、第二地方銀行、信用金庫など71行が参加したという。
環境格付融資とサステナビリティリンクローンは、資金使途を限定せず、融資先の環境ないしサステナビリティに関する取り組みを評価して融資条件を優遇するという点で似ている。違いは、環境格付融資が自らの環境格付基準に沿って融資先企業を評価した上で融資するのに対して、サステナビリティリンクローンは融資の時点でまず目標(SPT)を決め、その達成状況を融資条件に反映することである。前者は到達すべき要求水準を事前に銀行側が決めているのに対して、後者の基準はより柔軟に決まる。
また、サステナビリティリンクローンではSPTとして外部評価機関のレーティングを使うこともできる。たとえばCDPの評価でAリスト入りを目指すといったことが考えられる。これなら銀行側に評価のノウハウがなくても実施できる。この点、銀行自身が評価能力を持つ必要のある環境格付融資に比べて、銀行の手間やコストは削減できそうに見える。
このようにサステナビリティリンクローンにはいくつか工夫があり、環境格付融資と全く同じではない。だが両者の基本的なコンセプトは比較的近いと言ってよいのではないか。一方で環境省は、新たな利子補給事業を通して「ESG地域金融」と呼ぶ考え方を推進し始めた。これは何を示唆するのだろうか。
4.ESG地域金融という構想
環境省の利子補給事業は、その後もさまざまに形を変えながら、環境格付融資を支援してきた。その環境省が2019年度に新たに「地域ESG融資促進利子補給事業」を始めた。これは、環境省が推進する「地域循環共生圏」の創出に資するESG融資を行う金融機関に対し、その利子を軽減するための資金を給付するものである。ESG融資とは、「ESGの要素を考慮し、環境・社会へのインパクトをもたらす事業への融資」であるという。ここでは、融資対象となる個々の事業の社会的インパクトに注目しており、融資先企業の環境経営度に着目したこれまでの環境格付融資とは発想が異なる。その背景にあるものは何だろうか。
環境格付融資はいくつかの金融機関では定着し、実績も積み上がっている。しかし日本全体に広く普及したとは言えない。地域金融機関に目を広げると、環境格付融資商品を持たない金融機関も多いし、商品はあっても実績の少ないケースもある。その原因はいろいろ考えられるが、根本にあるのは、次のような事情ではないか。
環境格付融資にしても、サステナビリティリンクローンにしても、環境やサステナビリティに取り組む力のある企業が前提になる。そのような企業にインセンティブを与えるという意味では、いわば「できる子をさらに伸ばす」融資である。一方、日本の地方の現状を見ると、少子高齢化が進み、多くの場合、地域経済自体が衰退の危機にある。同時に地域金融機関の多くも、低金利で利鞘が縮小し、収益環境が厳しい。この状況下で環境格付融資に対する優先順位が高くないとしても、不思議はない。地域のサステナビリティがより緊急の課題だからである。地域が持続可能でなくなれば、地域を地盤にする金融機関も共倒れである。では低金利や高齢化という構造的な問題にどう立ち向かうのか。
そこで地域の魅力を発信して地域を活性化しようとの試みがなされるが、真に地域が活性化するためには地域に仕事がなければならない。そして地域の仕事が持続可能になるためには、社会のニーズに応えるものでなければならない。それは、その地域に固有の強みを生かしつつ社会の課題を解決する事業である。たとえば地域に豊かに存在する自然資源を生かして食や自然エネルギーを供給し、それを地域の雇用につなげるというように、世界のESG課題と地域の課題を同時に解決するような知恵があるとよい。それが地域循環共生圏という構想であろう。そしてそれを支援する金融がESG地域金融である。
環境省は、2019年3月に『事例から学ぶESG地域金融のあり方』と題した事例集を公表した。これは各地の金融機関の実際の融資案件の中から、ESG地域金融と呼び得る事例を掘り起こしたもので、この構想が決して単なる机上の空論でないことを示している。もちろん少数の事例だけで地域のサステナビリティや地球のサステナビリティが実現するわけではない。ESG金融は実質が問われる時代に入ったと言えるだろう。
表1 グリーンボンド原則とグリーンローン原則
グリーンボンド原則 | グリーンローン原則 |
(定義) グリーンボンドとは、調達資金の全てが、新規又は既存の適格なグリーンプロジェクトの一部又は全部の初期投資又はリファイナンスのみに充当され、かつ、GBPの4つの核となる要素に適合している様々な種類の債券である。 |
(定義) グリーンローンとは、その全てが、新規又は既存の適格なグリーンプロジェクトの一部又は全部の初期融資又はリファイナンスのみに充当される様々な種類の融資である。グリーンローンは、GLPの4つの核となる要素に適合していなければならない。 |
(調達資金の使途) グリーンボンドの基礎は、その調達資金がグリーンプロジェクトのために使われることであり、そのことは、証券に係る法的書類に適切に記載されるべきである。すべての指定されたグリーンプロジェクトは明確な環境上の便益を有すべきであり、それは発行体によって評価され、可能な場合には、定量化されるべきである。 |
(調達資金の使途) グリーンローンの基本的な決定要因は、その調達資金がグリーンプロジェクト(関連経費と研究開発費を含む)のために使われることであり、そのことは、融資文書の中で適切に記載されるべきである。すべての指定されたグリーンプロジェクトは明確な環境上の便益を有すべきであり、それは借り手によって評価され、可能な場合には、定量化され、測定され、報告されるべきである。 |
(プロジェクトの評価と選定のプロセス) グリーンボンドの発行体は、以下の点を投資家に明確に伝えるべきである。
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(プロジェクトの評価と選定のプロセス) グリーンローンの借り手は、以下の点を貸し手に明確に伝えるべきである。
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(調達資金の管理) グリーンボンドによる調達資金の全部、あるいは同等の金額は、サブアカウントで管理されるか、サブポートフォリオに組み入れられるか、さもなければその他の適切な方法で発行体によって追跡されるべきであり、グリーンプロジェクトに係る発行体の投融資業務に関連する正式な内部プロセスの中で裏付けられるべきである。 |
(調達資金の管理) グリーンローンによる調達資金は専用のアカウントで管理されるか、さもなければその他の適切な方法で借り手によって追跡されるべきであり、それによって透明性を確保し、誠実さを促進すべきである。 |
(レポーティング) 発行体は、すべての調達資金を充当するまで、毎年、資金使途に関する最新の情報を容易に入手可能な形で開示し、継続すべきであり、重要な事象が生じた場合には適時に開示すべきである。この年次報告書は、調達資金を充当したプロジェクトのリスト、各プロジェクトの概要、充当された資金の額及び期待される効果を含むべきである。 |
(レポーティング) 借り手は、すべての調達資金を充当するまでは毎年、またその後も重要な事象が生じた時には必要に応じて、資金使途に関する最新の情報を容易に入手可能な形で開示し、継続すべきである。これは、調達資金を充当したグリーンプロジェクトのリスト、各プロジェクトの概要、充当された資金の額及び期待される効果を含むべきである。 |
(外部レビュー) 発行体は、グリーンボンドの発行またはそのプログラムに関連して、それが前述のGBPの4つの核となる要素に適合していることを確認するために、外部レビュー機関を選任することが推奨される。レビューにはさまざまなタイプとレベルがあり、以下のタイプに分類される。
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(レビュー) 適切な場合には、外部レビューが推奨される。レビューにはさまざまなタイプとレベルがあり、以下が含まれる。
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出所:Green Bond Principles(2018年版)及びGreen Loan Principles(2018年版)を基に一部を抜粋して筆者要約。
表2 サステナビリティリンクローン原則の概要
(定義) サステナビリティリンクローンとは、借り手の野心的で、事前に取り決めたサステナビリティ成果目標の達成を動機づける様々なタイプの融資及び融資限度額の設定等である。サステナビリティの成果は、借り手のサステナビリティの状況の改善を測定するようなKPI、外部レーティング、その他同等の指標を含むサステナビリティ成果ターゲット(SPT)を使って測られる。調達資金の使途は分類の決定要因ではなく、多くの場合企業の一般的な目的で使われる。 |
(借り手の全体的なCSR戦略との関係) 借り手は、CSR戦略で定めるサステナビリティ目標、及びそれらが提案されたSPTとどのように適合しているかについて、貸し手に明確に伝えるべきである。また、借り手は、彼らが従っているサステナビリティ基準や認証について開示するよう奨励される。 |
(ターゲットの設定 - 借り手のサステナビリティの測定) 借り手と貸し手グループの間で、取引ごとに、適切なSPTについて協議し、設定すべきである。SPTは野心的で、借り手の事業にとって意味のあるものでなければならず、事前に決めた成果指標の改善と結びついているべきである。市場参加者は、あらゆるターゲットは最近の実績を基礎とすべきだと認識している。SPTは借り手が内部的に定義することも、外部の独立機関が基準に基づいて評価することもある。事前に決めたSPTに対する借り手の実績と、融資条件とを結びつけることで借り手のサステナビリティ状況の改善が促される。たとえば、事前に決めたSPTの基準を満たした場合には、金利が引き下げられるかもしれない。借り手はSPTの適切性に関して第三者意見を求めることが奨励される。第三者意見を求めない場合には、内部に専門性があることを示すことが強く推奨される。 |
(レポーティング) 借り手は、少なくとも年に1回、ローンに参加する機関に提供される情報とともに、SPTに関連する最新の情報を容易に入手可能な形で開示し、継続すべきである。この市場では透明性に特に価値があるので、借り手はSPTに関連する情報を一般にも開示することを奨励されるべきであり、その情報はしばしば年次報告書やCSR報告書に含まれるだろう。だが、それは常にということではなく、適切な場合には、借り手はこの情報を貸し手とのみ共有することもある。 |
(レビュー) 外部レビューの必要性については、取引ごとに借り手と貸し手の間で協議され、合意されることになる。SPTに関する情報が一般に開示されないローンでは、借り手がSPTに対する実績に関する外部レビューを受けることが強く推奨される。上場企業の場合には、貸し手は借り手の公開情報に依拠するだけで十分かもしれない。ある種のSPTに関しては、たとえデータが開示されるとしても、独立の外部レビューによる認証が求められるかもしれない。外部レビューを受けない場合、借り手は、SPTに対する実績の測定をきちんと行える専門性が内部にあることを示すことが強く推奨される。 |
出所:Sustainability Linked Loan Principles(2019年版)を基に一部を抜粋して筆者要約。
注
- (1)グリーンボンドの2018年の発行額。Climate Bond InitiativeのHPより。
https://www.climatebonds.net/ - (2)‘Green and sustainability loans: the growth accelerates’ Environmental Finance誌(2019年7月1日)
https://www.environmental-finance.com/content/analysis/green-and-sustainability-loans-burnishing-a-path-to-new-markets.html?utm_source=010719na&utm_medium=email&utm_campaign=alert
(有料記事)
QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛