ESG研究所【水口教授のESG通信】ハワイ・クリーン・エネルギー・デイ参加報告 - もう1つのアメリカ
2017年10月16日
今、アメリカというと、どうしてもトランプ大統領を連想する。パリ協定には後ろ向きだ。だが、それとは全く別のアメリカに、ハワイで出会った。2017年8月、一日がかりのワークショップ「ハワイ・クリーン・エネルギー・デイ」に参加したときのことである。そこでは、草の根の市民団体や創業間もない小企業から州知事までが一堂に会し、再生可能エネルギーへの転換について議論していた。真剣に、しかし和気あいあいと。その様子を紹介したい。
1.2045年までに100%を目指す - ハワイの約束
ハワイはもちろん、50州あるアメリカの州の1つである。陸地の面積は16,638km2、人口は2015年時点で約140万人。日本で言えば、四国より少し小さいくらいの面積に、沖縄県と同じくらいの人が住んでいることになる。
そのハワイは、「再生可能エネルギー100%」を州の正式な目標にしている。2015年の法改正で、州で販売される電力を2045年末までに100%再生可能エネルギーにすると決定したのである。すごい、と思わないだろうか。
日本の「長期エネルギー需給見通し」では、2030年時点の1次エネルギーに占める再生可能エネルギーの比率は13-14%、電源構成で見ても22-24%である。四国だろうと、沖縄だろうと、島全体の電力を100%再生可能エネルギーで賄うという目標をたて、実際にそれに向けて政策を遂行するということが、今の日本で考えられるだろうか。なぜ、ハワイではそれができたのか。ハワイ・クリーン・エネルギー・デイの中心人物の一人であるハワイ大学のシャロン・モリワキ氏に聞くと、次のような答えが返ってきた。
「すぐにできたわけではないわ。2002年にフォーラムを立ち上げてから、エネルギー事業者や州政府を巻き込んで少しずつ前に進んできたのよ」
「なるほど、長い歴史があるのですね」
「そうね。もっとも、まだ15年だから、そんなに長いわけじゃないけど」
彼女の言うフォーラムとは、ハワイ大学を中心に2002年に設立されたハワイ・エネルギー政策フォーラム(Hawaii Energy Policy Forum)である。当時ハワイは、アメリカで最も石油の輸入に依存した州だった。しかも輸入価格がアメリカ本土に比べてかなり高く、経済を圧迫していた。それまでも多くの計画や研究があったにも関わらず、石油依存度は上昇し続けてきた。そこで、新しいアプローチを試みたのだという。それが、州政府、事業者、大学、地域社会が協働するフォーラムという方法である。ハワイ大学がエネルギーに関わる主要なステークホルダーや地域のリーダーを集めて、2030年に向けたエネルギー・ビジョン作りを呼びかけたことがきっかけとなり、その後も政策提言や理解の浸透に取り組んできた。
その活動は2008年の「ハワイ・クリーン・エネルギー・イニシアティブ」へと結実した。この年、ハワイ州政府が連邦政府のエネルギー省(Department of Energy)と覚書(Memorandum of Understanding: MOU)を交わし、ハワイで使うエネルギーの70%を再生可能エネルギーで賄うことを目指すと表明したのである。エネルギー省はその目標を支持し、技術的支援等を行うことを約束した。そして州政府は実際に、再生可能エネルギーを推進するために2008年以降、毎年、税制や補助金等のさまざまな法改正を行ってきた。その結果、電源構成に占める再生可能エネルギーの比率は、2008年の9.4%から2015年には23.4%へと上昇した。
このような進展の中で、ハワイ州政府と連邦エネルギー省は2014年に覚書を改訂。2045年末までに発電に占める再生可能エネルギーの比率を100%にすること、交通セクターでの石油使用の削減に取り組むことなどを新たに申し合わせた。そして2015年の州法改正で、100%再生可能エネルギーという目標を法制化したのである。
この法律はいわゆるRPS(Renewable Portfolio Standards)法で、電力会社に一定比率の再生可能エネルギーの利用を義務づけるものである。日本にもかつて同様の制度があったが、日本では義務づけられた再生可能エネルギー利用量が総発電量の数パーセント程度と少なすぎたこともあり、現在の固定価格買取制度(FIT)に取って代わられた経緯がある。これに対してハワイでは、下の表に示す通り2015年12月末に15%、2020年12月末には30%と、再生可能エネルギー比率を段階的に高めていき、2045年12月末には100%を達成するよう、各電力会社に義務づけた。
太陽光発電のコスト低下などの追い風があるとはいえ、これほど野心的な目標設定ができたのはなぜだろうか。ハワイ・クリーン・エネルギー・デイにそのヒントがあった。
2.次なる目標 - 交通セクターの脱炭素化
その催しは、ワイキキビーチの喧騒から少し離れた町中の、YWCAの落ち着いた建物で開かれた。第9回ハワイ・クリーン・エネルギー・デイ。ハワイ・エネルギー政策フォーラムが2009年から毎年開催してきたワークショップである。
参加者は約140人。うち約半分がエネルギーや交通関係の事業者、37%が政府関係者で、残りは研究者や環境NPOのメンバーなどであった。州知事や州議会議員も顔を見せた。シャロン・モリワキ氏による趣旨説明を皮切りに、2つの講演と2つのパネル・ディスカッションがあり、最後にフロア全体がグループに分かれて討論した。
今回のワークショップのテーマは「クリーン交通への道(Pathway to Clean Transportation)」であった。ハワイでは陸上交通に加え、船舶、飛行機も含めた島内および島間の交通が、エネルギー消費の3分の2を占めるという。電力を100%再生可能エネルギーにしても、交通を変えなければ石油依存からは抜け出せない。講演では、「オレゴン地域政府(Oregon Metro)」の議員であるクレイグ・ダークセン(Craig Dirksen)氏が同地域での公共交通に向けた取り組みについて紹介し、ウィスコンシン大学のエリック・サンドクイスト(Eric Sundquist)氏は交通政策の政策効果を評価する新しい指標として「アクセシビリティ(Accessibility)」を提案した。アクセシビリティとは人々の目的地への到達しやすさを数値化する指標で、今日のようなモバイル・データ通信の環境が整うことで、実際に大量のデータを集めることが可能になってきたという。
パネル・ディスカッションでは州政府の交通局やエネルギー部門、州議会議員、エネルギーや交通関係の事業者、研究者、NPOなど幅広い登壇者が、クリーン交通という目標に向けた取り組みの現状と、今後の施策やシナリオについて討論した。途中、モバイル端末(スマートフォンなど)を使ってフロアの参加者にも、さまざまなアンケートが行われた。
たとえばハワイ・クリーン・エネルギー・イニシアティブには「地上交通における石油の使用量を2030年までに70%まで削減する」という目標があるが、これは達成可能だと思うかとの問いに対して、57.5%は達成可能だと答えた。一方、13.5%の人は野心的過ぎて難しいと答え、27%は「絵に描いた餅(Pie in the sky)」だと答えている(残り2%は不明)。また、最も重視すべき対策は何かという問いに対しては、「土地利用計画の変更」が最も支持を集め、「ガソリン税の大幅な引き上げ」「公共交通の充実」が続いた。
追加すべき施策は何かとの問いには、「個人での車の使用の抑制」「カー・シェア」が高い支持を集めた一方、電気自動車(EV)の促進や自動運転車への支持はそれほど高くなかった。自動運転車が普及すれば公共交通は不要になるのではないか、とのフロアからの質問に対して、パネリストからは「ゾンビ・カー」が増えることを心配しているとの答えがあった。ゾンビ・カーとは彼の造語だが、自動で人を迎えに行ったり、自動で車庫に戻ったりする際の、無人で走る車を意味する。特に、通勤時間帯に人々が一斉に職場に向かうと、ゾンビ・カーも膨大になる恐れがある。
つまりEVや自動運転車などの技術だけで交通の問題がすべて解決するわけではない。だが、職住接近やコンパクト・シティといった土地利用計画の変更、公共交通の充実、自転車レーンの整備、EVや水素自動車の普及、バイオ燃料への転換などを組み合わせれば、かなりのことができそうだということも、この日の議論を通して見えてきた。
このような議論自体も興味深いものだったが、より強く印象に残ったのは会場の一体感である。ワークショップの中盤には、州知事のデービッド・イゲ(David Ige)氏による先進的取組み事例の表彰も行われた。たとえば、かつてのサトウキビ畑を広大なヒマワリ畑に変え、その種からバイオ燃料を生産するパシフィック・バイオディーゼル社や、クレジットカードで支払える自動の貸自転車ステーションをオアフ島全域に張り巡らしたビキ(Biki)社など、地元のベンチャー企業を中心に6社が表彰された。フロアへのアンケートやグループ討論も、参加意識を高めるのに役立っていた。
ハワイの脱石油に向けた取り組みがここまで進んだ背景には、このような、参加型の民主主義とでも言うべきものの力があったのではないだろうか。州政府が一方的に目標を定めたのではない。単に有識者や業界団体が審議会や委員会に出席して意見を言う、というのとも違う。当事者となる事業者や地域の人が、問題を自分たちのものとして考え、知恵を出し合い、コンセンサスを積み上げてきたのだろう。極端な経済格差や銃社会など、アメリカには負の側面も多いが、それとは別のもう1つのアメリカの姿を見た思いがした。
表 ハワイにおける再生可能エネルギー比率の目標
出所:Hawaii(2015), Relating to Renewable Standards (Act 097)を基に筆者作成
ハワイ・クリーン・エネルギー・デイ(2017年8月28日)
表彰式の様子
QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛