ESG研究所【水口教授のESG通信】サステナブル金融への挑戦 - EUハイレベル専門家グループの提言

2018年1月31日、EUの「サステナブル金融に関するハイレベル専門家グループ(High-Level Expert Group on Sustainable Finance:HLEG)」の最終報告が公表された。もともとヨーロッパはESG投資の先進地域である。そのヨーロッパでサステナブル金融をさらに進めようというのであるから、HLEGの提言は相当踏み込んだものになった。彼らは何を提言したのか、最終報告の内容を見てみよう。

 

1.HLEG提言の意義

HLEGは欧州委員会(European Commission)によって2016年末に設立された。その目的は、サステナブル金融に向けたEUの包括的なロードマップの策定を支援することだという。メンバーは20人。アクサ・グループやアビバ・インベスターズ、APGアセットマネジメントなどの機関投資家の他、ロンドン証券取引所とルクセンブルグ証券取引所からも委員が参加している。また、これまでESG投資をさまざまな形で促進してきたEurosif、トゥルーコスト、2°投資イニシアティブ、クライメイト・ボンド・イニシアティブなどもメンバーを出している。さらに、PRIをはじめ、国連環境計画(UNEP)、国際資本市場協会(ICMA)、欧州投資銀行(EIB)などがオブザーバーを送っている。2017年7月に中間報告を公表し、約300件のパブリックコメントを得た。それも踏まえて今回の最終報告へと至ったのである。

提言は多岐に及ぶ。下の表に示す通り、主要な提言8項目に加え、分野横断的な提言を8項目、セクター別の提言を8項目、より広範な社会とサステナビリティに関わる提言を4項目あげている。特に主要な提言の中では、「サステナブルとは何か」を明確にする「サステナビリティ・タクソノミー」の策定や、サステナビリティに関する投資家の義務の明確化、個人投資家への浸透、EUグリーンボンド基準の策定など、意欲的な提言が多い。気になるのは、これらの提言がどの程度実質的な影響を持つのか、ということだが、この点については序文にヒントがある。

報告書の冒頭、EUの2人の副大統領が連名で序文を寄せている。その中で2人は、「パリ協定の目標を実現するためには多額の民間資金を動員する必要がある」というHLEG設立の背後にあった問題意識について説明した上で、次のように記している。「このレポートは始まりに過ぎない。真の資本市場連合(Capital Market Union)構築の一環として、我々は今年3月には、この報告書の提言に基づいて、サステナブル金融に関する広範なアクションプランの策定に進むつもりだ。(中略)これは、その先、立法化の提案へとつながるだろう」。提言を具体化していく意思がある、というのである。それではHLEGは具体的には何を提言したのか、代表的な提言をいくつか取り上げて見ていくことにしたい。

 

2.サステナビリティ・タクソノミーの策定

主要な提言の第一にあげられているのは、「サステナビリティ・タクソノミーの策定と維持管理」である。最終報告が最も重要視する項目ということであろう。サステナビリティ・タクソノミーとは何を意味するのだろうか。

「タクソノミー」とは、元々は生物学における分類法や分類学を意味する。多様な生物を種々の特徴に応じて分類し、体系的に理解する方法論や研究分野である。これに対してHLEGの最終報告は、サステナビリティ・タクソノミーを、「サステナブルとは何か」を明確にする分類のシステムであるとしている。

一口にサステナビリティと言っても、気候変動や生物多様性から強制労働や児童労働、貧困や経済的格差の問題まで、その範囲は広く、多面的である。それらに関連する活動も多様である。サステナブル金融を政策的に支援していくには、個々の活動や資金フローがサステナビリティの範囲に入るのか、入るとすればどのような意味でサステナビリティに関わると言えるのかを判断する拠り所が必要になるだろう。とはいえ、変化の激しいサステナビリティの分野で具体的な活動についての固定的な基準(standard)を作ろうとすることは、おそらく現実的でない。そこで、サステナビリティに関わる活動のタイプと属性を体系的に整理した「分類学」を確立しようというのである。

サステナビリティ・タクソノミーができたら何に使えるのか、報告書はいくつかの可能性を例示している。たとえば、①持続可能な発展に向けてどれだけの資金が流れたかを投資家別、国別、欧州全体などで把握する、②欧州のサステナブル・ファンディング・メカニズムなどの対象となり得る資産を特定する、③グリーンボンドの基準やサステナビリティ金融商品の開発に対して一貫性のある基礎を提供する、④企業のビジネスモデルやその移行計画についての投資家のエンゲージメントに役立つ、⑤非財務情報開示の基礎となる、などである。なるほどサステナビリティ・タクソノミーが、サステナブル金融を推進するさまざまな施策の基礎になることがわかる。だからこそ主要な提言の一番目に位置づけたのであろう。

このような検討を踏まえて報告書は、2020年までにはサステナビリティ・タクソノミーを完成させるよう提言している。そのために、2018年中に「サステナビリティ・タクソノミー・テクニカル・ワーキング委員会」を立ち上げ、まず気候変動の緩和に関するタクソノミーから議論を始めることを求めている。次に気候変動の適応とその他の環境問題の要素の検討へと進み、2019年には社会的側面の検討を始めるというように、検討の進め方まで具体的に示している点に特徴がある。

 

3.投資家の義務

今回の提言で最も注目されるのは、主要な提言の二番目にあげられた「投資家の義務の明確化」だろう。単に忠実義務や注意義務という抽象的なレベルの話ではない。機関投資家には、長期的な視野(long-term-horizon)を持ち、受益者のサステナビリティの選好(sustainability preferences)を考慮すべき義務があることを明確にせよ、というのである。

報告書によれば、投資意思決定に際してサステナビリティを考慮することが機関投資家の義務であるという理解は進んできたものの、まだ十分に投資実務に反映されていないし、いまだに受託者責任に反するといった誤解も残っている。そこで、機関投資家には以下のような義務があることを明確にすべきだという。

まず、アセットオーナーと運用機関は、ESGに関わる重要なリスクと機会を検討しなければならない。そしてESG要因に起因する財務的に重要なリスクと機会がある場合には、顧客や受益者の投資の時間軸との整合性をもって投資戦略に組み込まなければならない。また、年金基金や運用機関は、ESG要因を含む、顧客や受益者の広範な関心事や選好をよりよく理解しなければならない。そしてサステナビリティをどのように投資戦略に組み込んでいるかという投資のアプローチを、顧客や受益者にわかりやすい形で開示しなければならない。

特筆すべきは、次の一節である。「財務的に重要であろうと、なかろうと(Whether financially material or not)、顧客や受益者の選好を積極的に探究し、投資意思決定に組み込まなければならない」。何も、財務的利益を犠牲にしてまで、とは言っていない。しかし少なくとも財務的に同等ならば、非財務的なESG要因も考慮してよいというのが、現代の英米の当局による受託者責任の解釈である。だとすればEUはこれを一歩進めて、受益者のサステナビリティ選好を確認することが機関投資家の義務であることを明確にしようというのである。

この提言の特徴は、投資家の「責任(responsibility)」ではなく、「義務(duties)」と言っていることである。EUでは機関投資家の義務は、金融・資本市場を包括的に規制する第2次金融商品市場指令(Markets in Financial Instruments Directive: MiFID Ⅱ)、職域年金を対象にする第2次職域年金基金指令(Institution for Occupational Retirement Provision: IORPⅡ)、保険会社に対するソルベンシーⅡ指令などによって規定されている。だが報告書によれば、これらはまだサステナビリティを必要なレベルまで組み込んではいない。たとえばIORPⅡは、リスクマネジメントシステムにESG要因が含まれているかどうかの開示を求めているが、投資方針の中でESG要因を考慮することまでは義務付けていない。そこで、これらの指令の改正が必要だと述べている。実際にどこまで指令が改正されるかは未知数だが、きわめて野心的な提言と言っていいだろう。

 

4.個人投資家への浸透

主要な提言の四番目では、個人投資家への浸透を取り上げている。報告書によれば、欧州の総金融資産の40%は家計が所有している。また、個人投資家の3分の2以上は環境や社会の要素を投資意思決定において重要と考えている。つまり個人投資家は潜在的にはサステナブル金融において重要な役割を果たし得る。それにも関わらず、ほとんどの個人投資家にはそのような選好に沿って投資する機会がない。ファイナンシャル・アドバイザーの規定の中にも、そのような選好を聞くようにという要求は含まれていない。その結果、多くの個人投資家は自身の選好を表明することができず、ニーズの存在が見えてこないので、運用機関側にもESGを考慮した個人向け金融商品を提供するインセンティブが生まれにくい。加えて、個人投資家には金融商品がもつサステナビリティへの影響を理解する方法もない。

これらの課題を踏まえて報告書は、①ファイナンシャル・アドバイザーが、通常の手続きの一貫として、顧客である個人投資家のサステナビリティに関する選好を尋ねることを義務付けること、②すべての個人向けファンドに対して、サステナビリティへの影響と議決権行使の状況に関する情報を開示するよう求めること、③サステナビリティを名乗るファンドの最低基準を設定すること、④個人向け金融商品に関するグリーンラベルを開発すること、を提言している。

特にファンドの情報開示に関しては、第一段階として運用資産総額5億ユーロ以上のファンドから始めること、EU域内で活動する欧州以外の運用機関も対象とすること、まず気候変動に関わるリスクと機会に関する戦略の開示から始めることなど、提言が具体的である。グリーンラベルに関しては、サステナビリティ・タクソノミーを基礎とし、化石燃料などサステナビリティと矛盾するセクターを除外し、環境影響に関わるわかりやすい指標を組み込むべきとし、2018年末ないし2019年の早い時期までに開発するよう求めている。

 

5.EUグリーンボンド基準

グリーンボンドに関しては、主要な提言の五番目で「EUグリーンボンド基準」の策定を提言している。また、最終報告とは別に、「グリーンボンドに関する非公式補足文書」と題して具体的な基準のひな形を示している。この補足文書の冒頭には「これはHLEGの正式な文書ではない」との断り書きがあり、いわば議論のたたき台を示したという位置づけのようである

補足文書は全体で4ページからなり、日本の環境省が2017年に公表したグリーンボンド・ガイドラインに比べて、シンプルなものになっている。そこでは、提言に沿ってEUグリーンボンドの定義を示し、EUグリーンボンドと銘打つための要件として以下の3つを挙げている。

  1. (1) 調達資金が、今後策定するEUサステナビリティ・タクソノミーと整合する新規ないし既存のグリーン・プロジェクトに充当またはリファイナンスされること。
  2. (2) 債券の発行文書において、EUグリーンボンド基準の4つの要素に準拠することを確認すること。
  3. (3) 4つの要素への準拠に関して、独立の、認定された外部認証機関による認証を受けること。

ここでいう「4つの要素」とは①調達資金の使途、②プロジェクトの評価と選定のプロセス、③調達資金の管理、④レポーティングを指し、この点は、ICMAが事務局を務めるグリーンボンド原則を踏襲している。一方、いくつかの点でグリーンボンド原則よりも要求事項が強化されている。たとえば、第三者認証を必須とする、第三者認証を行うのは認定を受けた機関とする、資金使途の対象となるグリーン・プロジェクトにサステナビリティ・タクソノミーとの整合性を求める、などである。

 

6.2°投資イニシアティブの論評

フランスの非営利シンクタンクである2°投資イニシアティブの創設者でCEOのスタン・デュプレ(Stan Dupré)は、HLEGの20人のメンバーの1人であった。彼は、HLEGの最終報告の公表に合わせて、その意義と課題について興味深い論評を公表している。

スタンによれば、HLEGの提言は3つの理由で、サステナブル金融を一段上のレベルへと引き上げるものになるという。

第一に、フレームワークの再構成である。これまで、投資意思決定をよりサステナブルにするとは、「ESG要因を組み込むこと」だと捉えられてきた。この見方はプロセスに着目したものなので、形式的になりがちであり、最終的なゴールが不明確だったとスタンは言う。これに対してHLEGの報告は課題を再構成し、2つのゴールを明確にした。①投資意思決定の時間的視野を受益者のそれと一致させ、長期の非線形的なリスクをも捉えること、②受益者の非財務的な目的を特定し、投資意思決定に反映することである。

第二にこの新しいフレームワークに従って、HLEGの提言は機関投資家と監督機関の義務を再定義した。第三に、個人投資家に注目したことである。

それでは、残された課題は何だろうか。この点でもスタンの分析は的確である。彼は次の4点を課題として挙げている。

第一にHLEGのレポートは時間的視野のミスマッチについて何回も強調しているが、一気に問題を解決できるような特効薬はない。金融規制の多くの戦略的なポイントで小さな変化を生み出す「鍼灸治療のような(acupuncture-like)」努力が必要だ。第二に、たとえ「期間の悲劇(tragedy of the horizon)」に取り組むとしても、資本をサステナビリティ目標に振り向けるには、政策的なインセンティブが必要であろう。報告書はこの問題に触れてはいるが、具体的な提言まではしていない。第三に、報告書はグリーン金融商品がサステナビリティに対してもつ影響の測定という課題を取り上げているが、そのための明確な方法論はまだ開発されていない。第四にAI等への対応である。

AIの登場が金融セクターのあり方を、ここ数年で、劇的に変えるだろうと言われている。金融や投資のプロセスの多くが根本的に変化する可能性は高い。一方で、今日の金融政策はほとんどすべて、既存の金融システムを前提にしており、HLEGも同様のアプローチを採用した。したがって今後直面する課題は、最終報告の提言や目標をAI化された金融の世界にいかに適用していくかだ、というのである。

ここ数年、日本でもESG投資は急速にすそ野を広げてきたが、こうして見てくると、EUの議論はさらに先に進んでいることがわかる。報告書の提言が実際にEUの政策にどう反映されるのか、今後の展開を注視したい。

表 HLEGの提言の概要

  1. 1.主要な提言
    1. ① サステナビリティ・タクソノミーの策定と維持管理
    2. ② 投資家の義務の明確化
    3. ③ 開示ルールの強化
    4. ④ 個人投資家へのサステナブル金融の浸透
    5. ⑤ EUグリーンボンド基準とEUサステナビリティ基準の開発
    6. ⑥ 「サステナブル・インフラストラクチャ・ヨーロッパ」の設立
    7. ⑦ ガバナンスとリーダシップ
    8. ⑧ 各種欧州監督機関(ESAs)の監督基準へのサステナビリティの導入とリスク・モニタリングの時間的視野の拡大
  2. 2.その他の分野横断的な提言
    1. ① 短期主義と「期間の悲劇(Tragedy of the Horizon)」への対応
    2. ② サステナブル金融を求める市民のエンパワーメント
    3. ③ サステナブル金融に特化したEU監視機関の設立とエビデンス・ベースの政策決定支援。
    4. ④ ベンチマークの透明性とガイダンスの改善
    5. ⑤ 長期投資を抑制しない会計ルール
    6. ⑥ エネルギー効率改善の投資の加速
    7. ⑦ 「サステナビリティ第一主義原則(’think sustainability first’ principle)」
    8. ⑧ サステナブル金融のグローバル・レベルでの展開
  3. 3.金融機関・セクター別提言
    1. ① 銀行
    2. ② 保険会社
    3. ③ 運用機関
    4. ④ 年金基金
    5. ⑤ 信用格付けとESG評価
    6. ⑥ 証券取引所と金融センター
    7. ⑦ 投資コンサルタント
    8. ⑧ 投資銀行
  4. 4.社会及び広範な環境サステナビリティに関わる提言
    1. ① 社会的側面
    2. ② 自然資本と環境課題
    3. ③ 農業
    4. ④ 水産資源

出所:High-Level Expert Group on Sustainable Finance(2018), Final Report 2018 – Financing a Sustainable European Economy を基に筆者要約。

※2019年10月23日 イニシアティブ名の表記を一部修正しました。

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛