ESG研究所【水口教授のESG通信】サステナブル金融とは何か - 欧州委員会アクションプランの意味すること

「あなたは資金の運用に当たって、環境や社会の要素をどのくらい重視しますか?」

これから欧州では、個人向けに投資アドバイスをする際、必ずこう聞かなければいけなくなるかもしれない。欧州委員会(European Commission)はそれを投資仲介機関に義務付ける方針を明らかにした。新たに公表されたサステナブル金融に関する「アクションプラン」の一環である。日本でもESG投資という考え方は広まってきたが、彼らが言うサステナブル金融は同じものなのか。それともさらにその先を目指すものなのか。欧州委員会のアクションプランが何を意味するのかを考えてみたい。

 

1.「サステナブル金融」の2つの側面

欧州委員会は2018年3月8日、『アクションプラン:持続可能な成長に向けた金融』と題した行動計画を公表した。1月に公表された「サステナブル金融に関するハイレベル専門家グループ(HLEG)」の提言を受けたものである。

このアクションプランは、冒頭、以下の3点を具体的な目的としてあげている。

  1. ① 持続可能な成長を実現するために資本の流れをサステナブル投資に振り向けること
  2. ② 気候変動、資源の枯渇、環境の悪化、社会課題から来る財務リスクを管理すること
  3. ③ 金融と経済活動における透明性と長期主義を育むこと

このうち①については、気候変動対策などのサステナビリティ事業に向けて民間の資金を動員していく必要があるという事情がある。たとえば2030年までのEUの気候・エネルギー目標を達成するためには、毎年1800億ユーロの投資ギャップを埋めなければならないと説明されている。公的資金だけでは足りないので、民間からの投資が必要だというのである。一方、②に関しては、「サステナビリティをリスク管理の中心に」との見出しで、次のように述べている。

「投資意思決定に環境や社会の目的を含めることには、環境・社会リスクの財務的インパクトを減らす目的がある。たとえば世界の気温の2℃の上昇はヨーロッパの経済と金融システムの不安定化をもたらすかもしれない。(中略)気象に関わる自然災害の増加は、保険会社がそのコストに備える必要があることを意味している。銀行も、気候変動のリスクに最もさらされたり、縮小する自然資源に大きく依存したりしている企業の収益性の悪化によって、大きな損失を被るだろう。2000年から2016年の間に世界の年間気象災害件数は46%増加し、2007年から2016年の間に異常気象による世界の経済的損失は86%増加した。(中略)所得の不平等の増大も、長期的に安定した成長を妨げるだろう。IMFによる調査は、不平等の増大が成長の弱さと結びついていることを示している」

つまり目的の②でいう財務リスク(Financial Risk)とは、ファイナンス理論などで普通に使う「負債比率の増加によるリスク」という意味ではなく、気候変動などのサステナビリティ課題が金融市場全体に及ぼす財務的なインパクトを意味している。それを減らすために、投資の意思決定に環境や社会の要素を組み込む必要があるということである。

このような目的に関する記述から、アクションプランが目指す「サステナブル金融」には、2つの側面があることがわかる。1つはサステナビリティ事業への資金の動員であり、もう1つは金融・資本市場全体のサステナビリティ化である。具体的な計画も、この2つの側面のどちらかに関わっている。

 

2.サステナビリティに向けた資金の流れ

上記の目的を踏まえて、アクションプランでは、アクション1からアクション10まで、具体的な計画を10項目挙げている。その概要を本文下の表に示した。たとえばアクション1では、「サステナブルとは何か」を明確にするための「EUタクソノミー」を策定するとしている。これは、どのような活動がサステナブルと考えられるかについてのEU共通の分類システムを意味している。その点についての共通の理解が、よりサステナブルな活動への資金の流れを支えるものであり、現時点では最も重要で急を要する計画だと説明されている。具体的には「サステナブル金融に関するテクニカル専門家グループ」を設置し、2019年第1四半期までに、まず気候変動の緩和活動に焦点を当てた最初のタクソノミーを公表するよう求めるという。このEUタクソノミーは徐々にEUの法規制の中に取り込んでいくとしている。

またアクション2では、「EUグリーンボンド基準」の策定が明記されている。EUタクソノミーを基にサステナブル金融商品の基準やラベルを開発することが、サステナビリティ活動へと投資家の資金を誘導するのに有用だというのがアクションプランの立場である。その最初のステップとして、テクニカル専門家グループが2019年第2四半期までにEUグリーンボンド基準に関わる報告書を作成する責務を負う。

グリーンボンドとは資金使途を環境配慮活動に限定した債券を言い、海外では2014年のグリーンボンド原則の公表を機に市場が広がった。日本の環境省も2017年にグリーンボンドガイドラインを公表するなど、各国・地域でルール化が進みつつある中、この欧州委員会の動きがグリーンボンドの基準の国際的な調和(ハーモナイゼーション)につながるのかどうか、興味深い。

アクション3では、温室効果ガス排出の60%はインフラストラクチャーに関わるとのOECDの試算を引用した上で、インフラストラクチャーに関するサステナブル・プロジェクトへの既存の支援策の強化をうたっている。これも、サステナビリティ活動への資金の供給を目的にした施策である。これらの項目はいずれも、環境・社会関連事業、特に2℃未満という目標を実現するための気候変動対策にいかに資金を動員するかを主眼にしたものと言えるだろう。

 

3.金融・資本市場のサステナビリティ化

再エネ事業やインフラの省エネ化など、サステナビリティ事業に資金を動員することは重要だ。だが、もしその一方で環境や社会に負の外部性をもたらすような事業にも資金が流れていたら、効果は相殺されてしまう。そこで、サステナビリティ事業に積極的に投資するだけでなく、市場におけるすべての投融資の判断に環境や社会への考慮を組み込む必要があるのではないか。それがアクションプランのもう1つの側面、すなわち「市場のサステナビリティ化」である。

たとえばアクション7では、サステナビリティの考慮に関して機関投資家とアセットマネージャーの義務を明確にするよう、法改正を提案するとしている。具体的には、サステナビリティへの考慮を投資意思決定に組み込むよう明示的に求めるとともに、サステナビリティ要素をどのように投資意思決定に組み込んだかについて、最終的な投資家に対して十分な開示をすることも求めるという。

2006年の責任投資原則の公表以来、ESG要因の統合やエンゲージメントは機関投資家の自主的な判断によって進められてきた。それを、今後は「義務」として明確化しようというのである。これは大きな変革ではないだろうか。

一方、アクション4では、金融サービスを提供する投資事業者が投資アドバイスの際に顧客の「サステナビリティに関する選好(sustainability preferences)」を確認するよう、制度改正をするとしている。具体的には、第2次金融商品市場指令(Markets in Financial Instrument Directive: MiFIDⅡ)と保険販売業務指令(Insurance Distribution Directive: IDD)に基づいて欧州委員会に委任されている規制の改定が計画されている。また、欧州証券市場監督局(European Securities Markets Authority: ESMA)にも、これに合わせて監督時のガイドラインを改定するよう促すという。本稿の冒頭に記したのは、この改定が実現したらどうなるかの予想である。これまで欧州のESG投資は機関投資家を中心に進展してきたが、このアクションプランによって個人投資家へとすそ野が広がる可能性がある。

このほかにも、サステナビリティ・ベンチマークの質をよりよく評価できるようなベンチマークの方法論に関する透明性の向上や(アクション5)、信用格付けにサステナビリティ要因を明示的に組み込むことの検討(アクション6)、TCFDの提言と整合するような非財務情報開示に関するガイドラインの改定(アクション9)など、金融・資本市場のさまざまな側面に目配りされている。中でもアクション9の中で、非財務情報の開示だけでなく、国際会計基準の問題に言及している点は注目に値する。会計基準のあり方が、事業者や投資家の行動に影響を与えている可能性があるからである。特に、金融商品に関する国際会計基準の規定であるIFRS9が長期投資を阻害している可能性があるとして、見直しの検討に言及している。これらさまざまな施策を組み合わせることで、全体として市場のサステナビリティ化を進めようということだろう。

 

4.サステナブル金融の射程

もっとも、一口にサステナビリティと言っても、考慮すべきESG要因にはさまざまな程度のものがある。アクションプランはどのようなESG要因まで考慮することを想定しているのだろうか。

右の図下の図は、ESG要因の環境や社会への影響と財務的な影響との関係を整理したものである。縦軸は環境や社会への影響で、再エネ事業のようにポジティブな影響と、化石燃料の使用や人権侵害のようにネガティブな影響をもつものがある。横軸はそれらのESG要因を考慮することで投資家が得る財務的なメリットの性質である。これには、ESG要因の考慮が投資機会の獲得やリスク回避につながるという直接的なものと、自然資本や社会・関係資本が守られることでポートフォリオ全体の利益が底上げされるという間接的なもの、さらにそのどちらでもないもの、つまり財務的には中立的なケースがあるだろう。

ESG要因の環境や社会への影響と財務的な影響との関係図

たとえばグリーンボンドは、環境にポジティブな影響があり、かつ債券として一定の利回りが見込まれるAに投資するものである。通常の債券に比べて財務面で特に優位性がない場合には、CやEと解釈できるかもしれない。

それでは、アクション7で求められる機関投資家の義務とはどの範囲だろうか。投資のリスクや機会に直結するAやBの要因を考慮すべきことは、いわば当然である。2014年の英国の法制委員会の報告書や、2015年の米国労働省によるERISA法の解釈指針でも、受託者責任上、当然考慮すべきであることが明記された。欧州委員会としてもアクションプランの中でそのことを明確にしようという意図はあっただろう。

一方、CやDの要因は、経済活動全体の基盤を守るという意味があり、市場の幅広い銘柄に分散投資するユニバーサルオーナーにとっては考慮することが合理的であるし、経済・社会がサステナブルになるためには重要な要因である。だが、フリーライドが起こりやすい要因でもある。これらの要因を考慮することも機関投資家の義務に含まれるのかは、アクション7の説明部分からは読み取れない。だが、上で述べた目標②の説明を見ると、アクションプラン全体としての意図はCやDにまで及んでいることがわかる。

現実にはAやBの要因とCやDの要因はそれほど明確に分かれるわけではないし、時間軸を長くとれば、CやDの要因もやがてはAやBへと転化していくことが多いので、実務上はあまり厳密に区別して考える必要はないかもしれない。しかしサステナブル金融の射程をAやBだけでなく、CやDにまで広げていこうという意図があることは、ESG投資の進化を促すのではないか。

さらに個人投資家のサステナビリティ選好を尊重しようとするアクション4では、サステナブル金融の射程がEやFにまで広がる可能性がある。個人投資家の場合、自己の資金をどう運用するのも自由だからである。

こうして見てくると、アクションプランが目指すサステナブル金融はこれまでのESG投資の延長線上にあるが、その境界をさらに広げるものと言えるのではないか。アクションプランが公表されたからといって、金融市場の風景が一変する、ということにはなるまい。しかしこれまでも時間かけて進んできたESG投資への金融市場の変化を、また1つ加速することはたしかだろう。

表 欧州委員会のアクションプランの概要

  1. アクション1: サステナブル活動のEU分類システムの構築
  2. アクション2: グリーン金融商品の基準とラベルの創設
  3. アクション3: サステナブル・プロジェクトへの投資の促進
  4. アクション4: 金融アドバイスを提供する際のサステナビリティの組み込み
  5. アクション5: サステナビリティ・ベンチマークの開発
  6. アクション6: レーティングと市場調査へのサステナビリティのよりよい統合
  7. アクション7: 機関投資家とアセットマネージャーの義務の明確化
  8. アクション8: 財務健全性要求へのサステナビリティの組み込み
  9. アクション9: サステナビリティ報告の強化と会計基準設定
  10. アクション10: サステナブルなコーポレートガバナンスの促進と資本市場の短期主義の抑制

出所:European Commission(2018), Action Plan: Financing Sustainable Growthを基に筆者要約。

 

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  1. QUICK ESG研究所「【水口教授のESG通信】サステナブル金融への挑戦 - EUハイレベル専門家グループの提言」2018年2月28日(2018年4月27日情報取得)

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛