ESG研究所【水口教授のヨーロッパ通信】ESGエンゲージメントとアカウンタビリティ - 海外機関投資家の事例
2016年06月15日
スチュワードシップ・コードの導入を機に、日本でも建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)の機運が高まっている。また、エンゲージメントはESG投資の主要な方法の1つにも位置付けられる。しかし、環境(E)や社会(S)に関しては、何をテーマに、どのようなエンゲージメントをすべきなのか、まだ模索中という運用機関が多いのではないか。この点で欧米の事例は参考になる。そこで、欧州でESG投資に積極的なRobecoとAmundiの事例を切り口に、ESGエンゲージメントについて考えていくことにしたい。
1. Robecoとシェル問題
Robecoはオランダのロッテルダムを本拠とし、約2,680億ユーロの資産を預かる運用機関である。2013年からはオリックスの傘下に入っている。同社は2016年3月に、ロイヤル・ダッチ・シェル(Royal Dutch Shell)社の原油流出事故に関して2010年から続けてきたエンゲージメントを終了することを明らかにした。
2008年にナイジェリアの産油地帯であるナイジャー・デルタ(Niger Delta)でシェルのパイプラインから原油が流出し、河川や沼が汚染されて地域の農業や漁業も大きな被害を受けた。地域住民は同社を相手取って英国で訴訟を起こし、先ごろ、5,500万ポンドの賠償金を支払うことで和解が成立したという。
Robecoは、この事件を国連グローバル・コンパクトの原則に対する重大な違反と捉え、レピュテーションリスクと同時に財務的リスクもあるとして、2010年からエンゲージメントを開始した。結果として、パイプラインからの原油の窃盗などの影響により汚染の改善はなかなか進んでいないものの、シェル自体は汚染除去に取り組んでいるというのがRobecoの評価である。そのためこの件に関するエンゲージメントは終了するという。
この問題を追求してきたアムネスティやフレンズ・オブ・ディ・アースなどのNGOの立場からすれば、シェルに対するRobecoの評価には異論があるかもしれない。しかし、NGOでなく機関投資家のRobecoが、汚染除去への対応を求めてエンゲージメントを続けてきた点は、特筆されて良いのではないか。
2. Amundiのエンゲージメント報告書
一方、運用資産総額9,870億ユーロを誇るフランスの大手運用機関Amundiは、2016年3月に「エンゲージメント報告書2015」を公表した。この中で同社は、エンゲージメントに対する考え方と、その実施状況や結果について詳しく説明している。
報告書はまず同社のエンゲージメントを3つのタイプに分けている。第一に、企業に影響を与えるためのエンゲージメントである。特定の業種に共通するテーマを取り上げ、ベスト・プラクティスを示して、各企業の進捗を評価する。第二に、ESGレーティングの補完のためのエンゲージメントである。Amundiは外部のESGリサーチ機関8社のデータを利用し、4,000社以上のESGレーティングを行っている。その評価をより適切にするための対話である。第三に議決権行使とそのための事前ミーティングである。
このうち第一の影響力行使のエンゲージメントでは、毎年、具体的なテーマを設定している。2013年に設定したテーマは、
- ①石油産業及び鉱山業における人権の尊重
- ②食品産業及び小売業における栄養の改善と食品廃棄物の削減
の2つであった。
①は、2011年の国連による「ビジネスと人権に関する指導原則」の公表を受けて、サプライチェーンや採掘地域での人権への配慮を求めたものである。業種の特性として現地での人権侵害が生じれば、操業リスクやレピュテーションリスクに関わるとの判断である。一方、②については、世界人口の3分の1近い23億人が、栄養不良、肥満、食品由来の慢性疾患などで苦しんでいるとして、地域の栄養ニーズに即した製品の提供がレピュテーションの向上とブランドイメージの構築につながるとしている。また、サプライチェーンを通じた食品廃棄物の削減とロジスティクスの最適化によって、コストの削減とレピュテーションの向上が期待できるという。
2014年には新たに
③電機産業による紛争地域からの鉱物資源調達
④製薬産業及び自動車産業におけるロビーイング活動
という2つのテーマを設定した。そして、これらのそれぞれについて、方針の策定やデューデリジェンスなど具体的な提案事項を定め、各業界の42社と実際にエンゲージメントを行ってきたという。報告書では、2013年に設定したテーマのうち、①についてはアングロアメリカ、トタル、シェル、BPなど10社、②についてはTESCO、ネスレ、ユニリーバなど9社の例をあげ、各社の進捗状況の評価を個別に記載している。つまり、ESGエンゲージメントの状況を、個別の企業名をあげて説明しているのである。
3. ESGエンゲージメントの可能性
これらヨーロッパの事例をみると、現在の日本の機関投資家によるエンゲージメントとは相当距離があるという印象を受けるのではないか。少なくとも、環境(E)や社会(S)を正面から取り上げて具体的な変革を求める点、具体的な企業名を出して報告している点は、今の日本では、まだなかなか考えにくいだろう。それを「日本とは違う」と片付けるのは簡単だが、それではなぜ、彼らはそれをするのか。
RobecoやAmundiはヨーロッパの中でもESG投資に特に積極的な運用機関なので、これが欧米の標準的な姿だと言ったらミスリーディングだろう。また、一言でエンゲージメントといってもさまざまなタイプや目的があるので、エンゲージメントが全てここで紹介したようなものである必要はない。Amundiのエンゲージメント報告書の中でも、投資先企業の経営姿勢などを確認して評価の精度を上げるための対話と、特定のテーマを設定して改善を促すエンゲージメントとを区別している。Robecoにしても、ここで紹介した以外にも多様なエンゲージメントを展開しているに違いない。
しかし、それらさまざまなタイプのエンゲージメントの中でも、EとSについて企業に対応を求めるエンゲージメントは、ESG投資の方法の中で今後発展が期待されるフロンティアの1つと言ってよいのではないか。エンゲージメントで企業に影響を与えるという場合、アクティブ運用を前提に、ガバナンスやマネジメントなどの改善を通して直接的に企業価値の向上を目指すという考え方は、これまでもあった。いわば超過収益(アルファ)を狙ったエンゲージメントである。それに対してAmundiが設定しているテーマは、長い目で見ればレピュテーションやブランドイメージ、操業リスクなどを通して企業価値に関わり得るが、短期的・直接的に目に見えて株価が変化するようなものではない。むしろ人権の尊重や栄養状態への配慮などを通して、経済活動の基盤となる社会全体の底上げが期待される。上との対比で言えば、アルファではなく、市場の平均利回りを引き上げるためのエンゲージメントである。それはパッシブ運用で意味のあるエンゲージメントと言えるだろう。長期投資の視点からは、それも重要なことだからこそ行っているのではないか。
このとき問題になるのがテーマの選定である。企業価値への影響が明確なアクティブ運用のエンゲージメントは分かりやすいが、影響が間接的な場合、数あるESG課題の中から実際にエンゲージメントするテーマをどのように決めるのか。このとき、何か客観的な基準に基づいてテーマの優先順位を決めなければならないと考えると、難しい。むしろ重要なことは、テーマの選定の正当性を確保するためのプロセスであり、その鍵になるのがアカウンタビリティである。Amundiのエンゲージメント報告は、なぜそのテーマを選んだのか、実際にエンゲージメントがどのような成果を生んだのかを詳しく説明し、アカウンタビリティを果たしている。そのことがエンゲージメントの正当性を支える基礎になっている。Amundiの背後には資金の出し手である年金などのアセットオーナーがおり、さらにその背後には受益者・国民がいるからである。彼らに対してアカウンタビリティを果たすことで信認を得ることが鍵なのである。それは、「スチュワードとして行動する」ということの一環と言ってもいいだろう。
関連資料
- Amundi エンゲージメント報告書2015(リンク先ページ下部よりDL可能)
QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛