ESG研究所【水口教授のヨーロッパ通信】AIとESG評価
2017年06月12日
PRIが開くシンポジウム「PRI in Person」の会場のブースで、ある新興のESG評価機関からAIを使ったESGリサーチの説明を初めて聞いたのは、2015年9月のことだった。それから約1年半。AIを使うことで日々のESGスコアがまるで株価のボードのように表示されるウェブサイトがオープンした。これがESG投資や企業の行動にどのような変化をもたらすのか、その影響を見通すことは、まだ難しい。ただ、AIによる評価が今後どう進展するだろうかと想像を巡らせることはできる。そしてその問いを突き詰めていくと、そもそもESG評価とは何なのかという問いに行き着く。これを機にそのことを改めて考えてみたい。
1.日々変動するESGスコア
2017年4月12日、欧州系のESG運用機関であるアラベスク(Arabesque)が、S-Rayと題した新サービスの提供を開始した。これは機械学習(machine learning)とビッグデータを活用して、世界47カ国の上場企業4,000社以上のESG評価を提供するシステムである。200以上のESG指標を、15カ国後からなる50,000件以上の情報源からのニュースと結びつけて各企業の日々のESG評価を示す。
提供されるESG評価にはGCスコアとESGスコアの2種類がある。GCは「グローバル・コンパクト」の意味で、GCスコアは国連が推進するグローバル・コンパクトの10原則に基づいた評価を点数化して示す。これに対してESGスコアは、業界別の財務的な重要性を考慮した評価の点数である。さらに選好フィルター(Preference filter)として、利用者が自身の価値観に沿って企業を選別できる機能が付されている。最新の評価と、その背後にある詳細情報にアクセスするのは有料だが、3ヶ月経過したデータはウェブサイトに掲載され、誰でも無料で見ることができる。
アラベスクは具体的な情報源を公開していないが、それは大きく2つに分けられるという。1つは複数のESG評価機関が提供する200以上のESG指標である。これらの指標を統合することで基本となる評価がなされる。しかしESG評価機関のデータは更新の速度が遅く、最新の状況を必ずしも迅速に反映しない。そこでもう1つの情報源である50,000件以上のニュース等をコンピューターが日々検索し、その都度評価を修正しているのである。
S-Rayの特徴は、このコンピューターを利用した日々のESG評価の更新にある。ウェブサイトを開くと、4,000社以上の企業のGCスコアとESGスコアの値が、3ヶ月のタイムラグを置いて、一覧できる。評価数値が日々変動する様子は、まるで株価ボードに映る株価の変動のようである。あたかも日々の株価の変動に一喜一憂するように、これからは企業や投資家がESGスコアの変動に注目することになるかもしれない。これは一体、何を意味するのだろうか。そしてどのような影響を市場にもたらすのだろうか。
2.改めてESG評価を考える
これまでのESG評価の弱みの1つは、その更新頻度にあった。生身の人間が膨大なデータを集めて行う評価は、それほど頻繁に更新できるものではなかった。CSR報告書や統合報告書の公表は1年に1回が普通なのでそれでもよいが、その他にもESGに関連するさまざまな研究開発や新製品・サービスなどの情報が頻繁にプレスリリースされる。また、ESGに関わる不祥事や、NGO・地域住民等との紛争も突発的に生じる。そういった情報をその都度評価に反映することは、従来のESG評価では難しかった。AIを利用することで、それらを適時に評価に反映できるようになったことは、1つの進歩であろう。
また、3ヶ月遅れとはいえ、こうして1つ1つの企業のESG評価の結果が数値として公開されることのインパクトは大きい。しかもその値が日々更新されるとなれば、注目は集まりやすいだろう。これまで企業評価と言えば株価にばかり注目が集まりがちだったが、そのような固定した見方に修正を促すという意味では、日々のESG評価の値が株価と同じように見られるようになったことは、大きな変化には違いない。
一方で、この動きがさらに進展したとき何が起きるのだろうかと考え始めると、さまざまな想像が膨らむ。以下で述べることは、今の時点ではいわば空想の部類かもしれないが、一種の思考実験と思って読んで頂きたい。
① AIによる競争は何を生むのか
S-Rayの話を聞いて気になることの1つは、評価の信頼性だろう。株価とて、いつも正しいとは限らないが、少なくともそれは市場で付いた値であり、客観性がある。これに対してS-Rayのスコアを決めているのは、アルゴリズムということになる。その値が正しいという保証はあるのか。そんな素朴な疑問が生まれるのではないか。
もっとも、「市場で客観的に決まるわけではない」という点は、AIによる評価だけでなく、生身の人間が行うESG評価も同じである。ESG評価機関はそれぞれ独自のクライテリア(評価基準)にのっとって評価している。そのクライテリアに評価機関の価値判断が反映するので、評価結果には評価機関の個性や主張が反映するものであり、客観的に正しい答えが1つに決まるというものではない。各評価機関は長年、評価の実績を積み上げることで、信頼を勝ち得て来た。
では、AIによるESG評価の競争が始まったら、どうなるだろうか。たとえば単にAIを応用したビジネスの1つとしてESG評価に参入する企業があるかもしれない。既存のESG評価機関もいずれはAIを利用することになるかもしれない。そのとき、何を競うことになるだろうか。ESG評価がその後の財務的なパフォーマンスとどの程度相関したかは、事後的に検証できる。AIなら簡単なことだ。そこで、機械学習を繰り返すことで財務的パフォーマンスとより相関の高い評価を競う、ということにならないだろうか。それが財務的マテリアリティをよく反映した「正しい評価」だと理解されるようになるのではないか。
「それのどこが問題なのか」と思われるかもしれない。しかし、本来、財務的なマテリアリティと言っても時間軸の取り方によって多様なはずだし、ユニバーサルオーナーの立場から重要になるESG課題もある。CDPが提供するAリストやCHRB(企業人権ベンチマーク)のように、サステナブルな社会の実現を目指したさまざまな企業評価も行われている。AIが機械学習の成果を競うようになると、比較的短期の株価との連動性に焦点が集まることで、そのようなESG評価の多様性が失われることにならないだろうか。
本当にそうなるかどうかは、わからない。ESG評価といっても顧客あっての商売なので、ESG評価を利用する側が何を求めるかに左右される面はあるだろう。それでは、AIによるESG評価が普及したときに、運用機関は何を求め、どう行動するだろうか。
② 日々変動するESG評価をどう利用するのか
日々変動するESG評価が提供されたら、運用機関はそれをどう使うだろうか。もしその評価が本当に財務的マテリアリティを反映していて、将来の財務的パフォーマンスと相関するとしたら、ESG評価の変動をできるだけ早く捉えて売買することで利益につながる。その行き着く先は、ESG評価のデータをオンラインで結んで自動で売買するプログラム取引ということにならないだろうか。AIによるESG評価は、時々刻々と評価が変わり得るので、コンピューターによるプログラム取引と相性が良さそうに見える。だが、それは「ESG投資の短期志向(ショートターミズム)化」という、矛盾した現象を生むのではないか。
多くの投資家が同じことをするようになれば、ESG評価の変動が瞬時に株価に反映するようになる。つまりESG評価に関しても市場が効率化する。だから良いことだと思うべきなのかもしれない。だが、元来、長期投資を前提としていたはずのESG投資が、仮に短期主義的に行われるとしたら、何やら釈然としない感じを受けないだろうか。
③ 企業はどう対応するのか
AIを使えるのは評価機関だけではない。評価を受ける企業も、AIを利用することができる。企業側のAIが自社の公開情報や自社に関するニュース情報を検索し、自社のESG評価の変化との関係を分析すれば、どのようなアルゴリズムで評価されているのかがある程度推定できるのではないか。すると次には、どのような情報の出し方をすれば評価を上げられるかをAIが判断し、ニュースリリースを出したり、報告書を作ったりするようになる。ここに、「企業側AI」対「評価機関AI」によるESG評価を巡る闘いが始まる、というのはSFの見過ぎかもしれないが、インパクトが大きいだけに評価結果の数値にばかり目が向き、スコアをいかに上げるかに拘泥することにならないだろうか。
3.問われるのはESG投資の姿勢
以上の記述は、AIの可能性に対して否定的に過ぎたかもしれない。新しい技術が登場するたびに、何か良くないことが起きるのではないかと心配するのは、いわば「ターミネーター恐怖症」のようなものだ。実際には、AIは人間の能力を拡張し、今まで気づかなかったESG課題にいち早く気付けるようになる、といったメリットもあるだろう。正しく使えば、よりサステナブルな社会に近づけるかもしれない。何より、AIの利用というこの流れは、もはや変えられまい。重要なことは、AIという新しい技術をどう使うかという、利用者側の姿勢である。
ESG投資の方法は、ESG評価の変化を短期的に反映することだけではない。時間軸を長くとることもできるし、エンゲージメントという方法もある。ツールが進歩すればするほど、問われるのは、それを使う側の姿勢なのではないだろうか。
QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛