ESG研究所【水口教授のヨーロッパ通信】責任投資のフロンティア - RI Europeで何が話し合われたか

6月2日、3日にロンドンでRI Europeと題する大きなシンポジウムが開かれた。4月18日に東京証券取引所で開催されたRI Asiaの本家である。場所はテムズ川に面した瀟洒なホテル。一歩外に出れば、ふりそそぐ陽光の下を人々がゆったりと行き交っている。ここに約500人もの参加者を集めて2日間も、いったい何を話し合ったのか。
責任投資やESG投資は、欧米では、すでに多くの年金基金等が方針に組み入れ、さまざまな運用機関が専門のサービスを提供し、多くのESG調査機関が競い合っている。その意味ではすでに実務の段階に入っている。しかしそれは責任投資の内容が固まっていることを意味しない。2日間の議論を聞くと、この分野が概念的にも方法論的にもまだまだ発展しつつあることが感じられる。話すべきことはたくさんあるのである。そのうちのいくつかを、責任投資の「動機」、「方法」、「テーマ」に分けて紹介しよう。

 

1. Why? - なぜ責任投資をするのか

パリの「気候週間(Climate Week)」から約10日後のこのシンポジウムでも、気候変動問題は大きなテーマだった。初日冒頭の基調講演でニュー・スター・アセット・マネジメントの前CEOのホワード・コビントン氏は、地球温暖化がもたらす経済的影響に関する予測が以前に比べてより深刻なものになっていることを指摘し、市場はこのリスクを無視していると警告した。そして平均気温の上昇を2℃以内に抑えようとすると2045年にかけて使える石油や石炭の量が激減することをグラフで示した。

午前の部の締めくくりにはスウェーデンのペール・ボルンド金融市場・消費者問題担当大臣が挨拶に立ち、平均気温の上昇が2℃の世界と4℃の世界の違いについて話した。仮に平均気温が4℃上昇した場合、その経済的な影響は非常に大きく、投資家が保有する資産の価値も大きく毀損されるというのである。

「ああ、おなじみの話だな」と思うなかれ。この2つの講演は、よく聞くと2種類の異なるメッセージを含んでいた。1つは座礁資産(Stranded assets)を保有することが投資のリスクになるという指摘で、これはたしかにおなじみの話になりつつある。「ESGをリスク要因と捉えて、その評価を投資判断に組み込む」というのは、おそらく会場にいた多くの人が共有する責任投資に対する理解であろう。長期投資の一環としてのESG投資(責任投資)という理解である。その重要性は言うまでもない。

だが2つの講演には、それを超えたもう1つのメッセージがあった。コビントン氏はこう言ったのである。「多くの投資家は気候変動のリスクに対して受身的で、座礁資産のようなリスクのある企業はポートフォリオから外せばいいと考えている。しかしそれだけでは、地球全体としてのカーボン・リスクはなくならないではないか」。そして企業に対してより積極的に働きかける「強力なスチュワードシップ(forceful stewardship)」という考え方を提案した。

ボルンド大臣の話もこれと整合している。4℃の世界になってしまったら、投資家はリスクから逃れようがないというのである。そのことを大臣は次のように説明した。「経済というシステムは地球の生物圏(biosphere)というより大きなシステムのサブシステムである。そして私たちの活動の影響は地球の限界に行き着きつつある。だから私たちは地球という惑星を大切に扱う必要がある」。そしてスウェーデン政府として、①気候変動が最も深刻な課題であることを認識する、②地球という惑星を破壊することに投資することはやめる、③気候変動への取組みと持続可能な発展のために世界の模範(global role model)となる、ということを優先事項としていると明言した。同国の国民年金(AP1~AP4、AP6、AP7)はこの方針の下で投資行動をしているというのである。

ここには責任投資をなぜするのか、その動機をもう一度考えようというメッセージが感じられる。長期的な投資価値を守るという最終的な目的は変わらないが、そのためには投資先の選別などで直接的なESGリスクを減らすだけでは足りない。社会全体のESGリスクが減らない限り、特に公的年金のような規模の大きな投資家には逃げ場がない。だから長い目でみて惑星を破壊するような不合理な投資はみんなでやめていこうというのである。ESGリスクを考慮する動機を、個々のファンドにとっての合理性から社会全体としての合理性へと拡げていこう。そんなメッセージを感じたのである。

 

2. How? - 責任投資をどう行うのか

初日の午後と2日目の午前中は、会場を3つに仕切って多くの分科会が設けられた。インデックス投資やプライベート・エクイティなど、方法論に関してもさまざまなセッションがある中、「統合的オーナーシップ(Integrated Ownership)」と題した分科会ではエンゲージメントの方法を巡ってパネル討論が行われた。

英国の非営利セクターのための年金であるペンション・トラストのジェニファー・アンダーソン氏は、年金基金の立場からエンゲージメントの発展の過程を①運用機関にエンゲージメントを任せる、②運用機関に対してエンゲージメント活動の内容を確認する、③共同エンゲージメントに参加する、④企業と直接コンタクトする(Direct Engagement)、⑤企業の所有者として深く関与する(Engaged Ownership)、という5段階に分けて説明した。表面的で形式的なエンゲージメントから、より本質的なエンゲージメントへとシフトすることが必要だというのである。これを受けて、エンゲージメント・サービスを提供しているオーナーシップ・キャピタル社のアレックス・ヴァン・デル・ヴァルデン氏は、エンゲージメントの成功要因は投資額の規模ではなく、十分な準備であると語った。企業を動かすのは議決権行使の圧力ではなく、その企業に対する深い理解であり、そのためには少数の企業に焦点を絞ってファンドマネージャー自身が直接エンゲージメントすることが大事だというのである。欧米でも、効果的なエンゲージメントの方法論は論点の1つであることがうかがえる。

2日目には統合評価(Integration)のセッションで全米教員保険・年金基金(TIAA-CREF)の取組みが注目を集めた。彼らは1999年から、業種別にESGで評価の高い企業を組み入れる「ベスト・イン・クラス」と呼ばれる手法のSRIファンドを株式運用の一部に導入した。その運用成績が良かったことから、残りの株式運用のすべてでESG要因を考慮する統合評価を昨年から始めたという。ベスト・イン・クラス方式を実施するためにはESG要因に関する広範な調査とレーティングが必要なため、適用できる企業の範囲が限られる。これに対して統合評価はファンドマネージャーの日常的な企業評価の中でESGの側面を考慮するので適用範囲が広い。しかし同基金のカリド・フセイン氏によれば、この手法はまだ始まったばかりで、まずは業種ごとに重要性の高いESG問題を特定した上で、ファンドマネージャーにその問題のリスクと機会をきちんと見ているかを聞くことから始めたという。漠然と「ESG問題」というのでなく、具体的な問題を特定することが鍵になるというのが同氏の主張であった。

さらに「資産保有者と運用機関のパートナーシップを検証する」と題したセッションでは、年金基金などが運用機関をどう評価するのかが議論になった。ESGの統合評価やエンゲージメントは短期的な運用成果につながるものではなく、運用機関に対する評価期間(Time horizon)を長くすべきだというのが、運用機関側の主張であった。これに対して「上場株式に関する責任投資報告ガイド」の執筆にも関わったウエスト・ミッドランド年金基金のリーン・クレメンツ氏は、まず年金基金側が何を期待しているのかを明らかにし、継続的な対話をすることで、良い関係を築くことが第一歩だと指摘した。長期投資が重要だという認識は共有されているが、そのための具体的な評価方法についてはまだ議論が始まったばかりなのである。

 

3. What? - 気候変動の次に来るテーマは何か

分科会では気候変動以外にもさまざまなESG問題が取り上げられた。水問題のセッションでは水技術と水資源に特化して投資するウォーター・アセット・マネジメント社の事例が紹介された。製薬企業を取り上げたセッションでは、医薬品の臨床試験結果の開示と透明性が議論に上った。その他、取締役報酬の上昇と社会の格差拡大の関連、持続可能な漁業など多くのテーマがある中で、最も大きな扱いを受けたのは2日目午後の全体セッションで取り上げられた「FAIRR キャンペーン」であろう。

FAIRRとは、Farm Animal Investment Risk and Returnの頭文字をとったもので、「工業的畜産(Farm Animal)」の問題を投資家の視点から取り上げたキャンペーンである。工業的畜産とは動物を狭い檻に閉じ込めて大量生産する畜産をいい、これまでも環境保護団体や動物愛護団体が批判を繰り広げてきた。それは、単に非倫理的であるというだけでなく、抗生物質の大量使用が細菌やウイルスに薬剤耐性(drug resistance)をもたらすリスクなどが指摘されてきた。FAIRRキャンペーンはそこに規制リスクや評判リスクがあることを指摘し、この問題を投資判断に組み込むことを推奨している。食料と安全に関わる問題であるだけに、今後注目が高まるのではないだろうか。

以上の他にも紹介できなかった論点は多い。責任投資やESG投資に関わる議論のすそ野がきわめて広いことを実感した2日間であった。

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛