ESG研究所【水口教授のヨーロッパ通信】スチュワードシップを根付かせるために-英国機関投資家グループの提言

スチュワードシップ活動が本当に根付く鍵は何だろうか。形だけの対話になる恐れはないか。企業ミーティングの回数以外に何を見ればいいのか。日本のスチュワードシップ・コードのモデルになった英国では、機関投資家自身がスチュワードシップ活動の推進のために声を上げている。一方EUでは、投資家の長期保有を促すために株主の権利に関するEU指令の改正が審議中である。これもスチュワードシップ活動の促進に関わってくる。英国と欧州で今、何が議論されているのか、その一端を紹介しよう。

 

1.スチュワードシップ2020ビジョン

英国は世界で最初にスチュワードシップ・コードを導入した国だが、実際にそれは機能しているのか。そのような懸念を共有する6つの機関投資家(1)が「投資家スチュワードシップ作業部会(Investor Stewardship Working Party)」というグループを結成し、2012年3月に「2020スチュワードシップ(2020 Stewardship)」と題した提言書を公表した。

この提言の作成に関わったGo Investment Partnersのピーター・バトラー氏(2)に話を伺ったところ、その背景には次のような意図があったという。スチュワードシップ活動を本当にやろうと思えば、企業のCEOと渡り合えるほどの経験や能力と準備が必要になるが、それにはコストがかかる。一方で、何回ミーティングをしたかといったスチュワードシップ活動の数(Quantity)はわかりやすいが、その質(Quality)を評価することは難しい。そのためせっかくのスチュワードシップ・コードが、項目を形式的にチェックするだけの「ボックス・チェック憲章(Box-Ticker’s Charter)」になってしまう危険がある。結果として真のスチュワードシップ活動をする投資家がごく少数にとどまったのでは、その資源(投入する人材や時間、資金等)が多くの企業に分散してしまい、効果が半減してしまう。スチュワードシップ活動が効果を発揮するためには、それをする投資家の数が臨界(Critical mass)を超える必要があるのである。だからこそ彼らは、業界全体でスチュワードシップ活動が発展するように提言を公表したというのである。

2020というタイトルは、2020年に向けてこれを実現していこうというビジョンを示している。同時にそれは一夜にしてできることではないというメッセージでもある。

提言書では、まず企業の経営陣が現在のスチュワードシップ活動をどう見ているかについてのインタビュー結果を紹介している。作業部会のメンバーが話した経営者の多くは、投資家にもっと企業の全体を見て判断してほしいと思っており、その企業に固有の特徴や戦略、人材に着目してほしいと思っている。多くの経営者は投資家との継続的な関係を望んでいる。機関投資家はえてして何か問題が生じた後に急に関係を持とうとするが、それでは信頼関係を構築するには手遅れである。ミーティングの際に具体的なアジェンダがなく、何のために会うのかはっきりしないこともある。ミーティングの後に投資家からのフィードバックがなされることも少ない。経営者が企業の全体像について議論したいのに投資家側の視点がガバナンスに限られていたり、ファンドマネージャーにすでに話したことがガバナンス担当者に伝わっていないと思われたりすることがある。

これらのさまざまな課題をうけて作業部会は、①先進事例ガイド(Good Practice Guide)の作成、②ミーティングの質に関するフィードバックの促進、③スチュワードシップ・フレームワークに基づく活動内容の明確化、④Critical massの構築、の4つを提言した。このうち①については作業部会の依頼により、2013年3月に英国勅許秘書・管理者協会(Institute of Chartered Secretaries and Administrators : ICSA)から「スチュワードシップ対話の向上(Enhancing Stewardship Dialog)」と題したガイダンスが公表された。この中で②のフィードバックについても触れられている。

一方③は、各運用機関がどの程度のスチュワードシップ活動をするのかについて透明性を高める提案である。現状ではスチュワードシップ・コードに署名した各運用機関のアプローチの違いを年金基金等が見分けるのは難しい。そこで、スチュワードシップ活動のレベルを区分するフレームワークを策定し、運用機関が自らどの区分に属するかを宣言すべきだというのである。それによって年金基金等が十分な情報に基づいた選択ができるようになる。そして実際にフレームワークの例を示している。たとえばESGを含むすべてのテーマで積極的なエンゲージメントをするか、受け身的な対応をするか、エンゲージメントはしないのか、また、顧客に対して詳細なレポートに加え個別面談もするか、詳細なレポートを送るだけか、簡略なレポートだけかなど、8つの項目でそれぞれ3段階の区分が提案されている。

最後の④は企業側への提言である。企業にとっても長期的な関係を結ぶ株主が一定程度いることが望ましい。したがってスチュワードシップ活動をする投資家が自社にどのくらいいるかを把握し、それがCritical massに達するよう計画すべきだというのである。そのための方法として、軽視されがちなパッシブ運用の投資家にも目を向けることなどを提言している。

 

2.長期保有への誘導策

スチュワードシップ活動促進の鍵となるのが短期主義から長期主義へのシフトである。スチュワードシップ活動が増えて企業価値が高まれば、長い目でみて年金基金等には利益になるが、運用機関のメリットは少ない。そのために運用の現場で長期保有が進みにくい。この問題は、スチュワードシップ活動の成果が長期的なのに対し、年金基金等による運用機関の評価が短期的だという文脈で語られることが多い。だがこの点について前出のバトラー氏は、むしろ長期保有に報いる報酬(経済的メリット)を与えることが大事だとの見方を示した。長期保有とスチュワードシップ活動による成果はすべての株主に等しく表れるので、実際にコストをかけてそれを実践した投資家が十分に報われていないというのである。スチュワードシップ・コードが機能するようになるためには、長期で保有したくなるようなインセンティブを与える必要があるというのである。

この指摘は、株主の権利に関するEU指令の改正案と呼応している。欧州委員会は2014年4月にコーポレートガバナンス報告書のいくつかの要素と長期株主エンゲージメントの促進に関するEU指令の改正案(3)を採択した。欧州議会の法務委員会(Legal Affairs Committee)は2015年5月にいくつかの修正を付加した上で、この改正案を可決し、本会議に送った。その修正案の1つに、長期保有の株主に報いるための特別なメカニズムを導入することを各加盟国に求めるというものがあるのである。この「特別なメカニズム」には、付加的な議決権、税制優遇、ロイヤルティ配当、ロイヤルティ株式のうちの1つまたはそれ以上を含まなければならない。「長期」をどう定義するかは各国の裁量次第だが、少なくとも2年以上でなければならないという。

付加的な議決権とは、長期保有株主に対して通常より多い議決権を付与するというものである。フランスではすでに、株主名簿に2年以上登録されている株主に対して2倍の議決権を付与するという法律が2014年に導入されている。たしかにそれも長期保有を促す試みであろう。だがバトラー氏は、より金銭的、経済的なインセンティブが望ましいという。その仕組みは2つ考えられる。1つは、政府が長期保有を優遇し、配当所得課税やキャピタルゲイン課税の減税をすることである。もう1つは、企業が長期保有株主に対しては多くの配当を払うという仕組みや、一定期間以上保有したら株式割当をするといった仕組みである。これらは長期保有を通じた企業価値の向上に対して金銭的に報いることを意味する。

もちろん課題は多い。たとえば長期保有の株主をトレースできるのかという問題もあるが、これは情報システムがここまで発展した現在、大きな問題ではないだろう。より本質的な問題は、株主平等の原則に反するという指摘である。しかしフランスではすでにその原則は崩れているとも言える。むしろ短期的に売買を繰り返す株主と、長期に保有する株主が同じ株主として平等に扱われるべきなのかが、問われているのではないか。

本稿執筆時点では上記のEU指令改正案のEU議会本会議での帰趨は未知数である。また、仮にEU指令として採択されたとしても、各国が国内法を整備して対応するまでには時間もかかる。しかし「スチュワードシップ・コードを導入しただけでは、スチュワードシップ・コードは機能しない。それを促す社会的な仕組みが必要なのだ」という点は銘記すべきだろう。

 

[注]

  • (1)Investor Stewardship working PartyのメンバーはGovernance for Owners(GO Investment Partners)、AVIVA Investors、BlackRock、Ram Trust Services、Railpen Investments、USSの6機関である。なお提言書の作成にはシンクタンクのTomorrow’s companyが関わっている。
  • (2)ピーター・バトラー氏はGo Investment Partnersの創業者で前CEOである。BT年金基金(BT Pension Scheme)で1996年からエンゲージメントに携わり、1998年にはハーミーズ(Hermes)による最初のフォーカス・ファンド立ち上げに関わった、この道の草分けである。2012年には東京海上アセットマネジメントと共同でエンゲージメントファンドも立ち上げており、日本の事情にも詳しい。2015年6月1日、ロンドンのGo Investment Partnersのオフィスでインタビューを行った。
  • (3)European Commission(2014), Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council amending Directive 2007/36/EC as regards the encouragement of long-term shareholder engagement and Directive 2013/34/EU as regards certain elements of the corporate governance statement.

 

関連資料

QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛