ESG研究所【水口教授のヨーロッパ通信】なぜ責任投資をするのか - 英国とオランダの比較から

責任投資に関わるアセットマネージャーやESG調査機関は、企業のESG関連情報を集め、さまざまなクライテリア(基準)に照らして評価する。どのような基準を用い、どのような問題を重視するかは、機関ごとに異なっており、それがいわゆるESGインデックスやESGレーティングの違いに反映されている。当然、運用を委託する年金基金などのアセットオーナーは、より適切な評価結果を望むだろう。では適切なESG評価とは何か。たとえばそれは、社会問題や環境問題の解決により貢献する企業を見分けることだろうか。それとも自社の社会問題リスクや環境リスクを低減したり、それらを事業機会へと転換している企業を示すものだろうか。その答えは、何のためにESG評価をするのかという目的観に依存する。逆に言えば、責任投資の動機や目的がESG評価の方向を左右する。それでは実際には、欧米のアセットオーナー(資産保有者、年金基金等を指す)たちはなぜ責任投資をしているのか。英国とオランダのアセットオーナーが表明している責任投資方針から、彼らの動機を探ってみた。

 

1.責任投資の3つの動機

欧米のアセットオーナーの責任投資方針を調べると、3つの異なる動機を見出すことができる。①非財務的動機、②財務的動機、③ユニバーサル・オーナーシップである。

非財務的動機とは、将来世代への配慮や基本的人権の保護などを社会的責任と捉える、あるいは組織としての価値規範を運用にも反映すべきだと考える立場である。それは受託者責任に抵触しないのか、という疑問が即座に浮かぶところだが、動機がどうであれ、財務的利益に対して中立的ならば、問題ないようである。たとえば、英国法制委員会は財務的利益を害するリスクがなければ許容されるとの見解を示している。

これに対して財務的動機とは、ESG要因はよりよい財務的利益に結び付くと考える立場である。このような仮説は、気候変動問題などではかなり現実的なものとなってきた。その場合には、これを考慮しないことの方がむしろ受託者責任違反となりかねない。

最後のユニバーサル・オーナーシップとは、広い意味では財務的な動機に分類できるが、個々の投資先からの直接的なリスク・リターンではなく、経済や社会、自然環境などの状況がポートフォリオ全体の成果に与える影響を考慮する立場である。ユニバーサル・オーナーとは、巨大な年金基金のように資金規模が大きく、十分に分散されたポートフォリオを持つ投資家を指す。そのような投資家は、きわめて幅広い銘柄に分散投資するので、その運用成果は長い目で見れば経済全体のパフォーマンスに左右されることになる。そのため、たとえば平均気温の上昇を2℃未満に抑えるために行動するといったことが、財務的な合理性を持つというのである。

それではヨーロッパの機関投資家は、実際には、どのような動機から責任投資を行っているのだろうか。

 

2.英国とオランダの違い

責任投資の普及に中心的な役割を果たしてきたのは、責任投資原則(PRI)である。PRIに署名しなくても責任投資を行うことはできるので、実態を過小評価する可能性はあるが、どの機関が責任投資を行っているかはPRIへの署名でおおよそつかむことができる。PRIは署名機関をアセットオーナー、インベストメントマネージャー(運用機関)、サービスパートナー(サービス提供者)の3つのカテゴリーに分けているが、この中で投資方針を決め得る立場にあるのがアセットオーナーである。2015年12月時点でアセットオーナーの署名数は英国が43件で最も多く、次がオランダで37件である。そこでこの2カ国のアセットオーナーを対象に、責任投資の動機を調べた。

以前のコラムで紹介したように、PRIの署名機関は、1年の猶予期間の後、毎年PRIにオンラインでレポーティング(報告)をしなければならず、その内容は透明性報告(Transparency Report)と題してPRIのWebサイトで公開される。その中で責任投資方針の有無、掲載サイトのURL、概要を示すことが求められている。そこで、英国とオランダのアセットオーナーについて、URLで示された責任投資方針と、透明性報告での概要の記述を読み、その中で責任投資の動機がどのように表明されているのかを調べた。コンテントアナリシスと呼ばれるこの種の調査では、あらかじめ指定したキーワードを拾っていくこともあるが、動機の表現方法は多様であるため、今回は文章を読み1つ1つ分類した。そのため、ある程度主観が入ることは避けられない。また、オランダのアセットオーナーの責任投資方針はオランダ語のみのこともあり、その場合には透明性報告での英文の概要のみから判断した。以上のような限界はあるが、この方法で両国のアセットオーナーのおおよその傾向をつかむことは可能だろう。

1年間は報告を猶予されるので、すべての署名機関が報告を出しているわけではなく、調査時点で確認できたのは、英国のアセットオーナーが31件、オランダが29件だった。さらに、報告はしていても責任投資方針を作成または開示していない、責任投資方針はあるが動機を読み取ることができない、というケースを除くと、英国22件、オランダ21件で責任投資の動機を読み取ることができた。その内訳を示したのが図表1と図表2である。

図表1を見ると、英国では財務的動機を示したアセットオーナーが最も多く17件である。特に公的年金はすべて財務的動機を示している。たとえば北アイルランド地方政府年金基金は責任投資方針の中で「ESG問題は投資のパフォーマンスに影響し得ると信じている。したがってこれらの要素は資産運用の際に考慮すべきだと考える」と述べている。

これに対して非財務的動機を示したアセットオーナーも9件あるが、その多くは教会や大学の基金など、母体となる組織が明確な価値規範を持っているケースである。エジンバラ大学は投資先からの除外について、「基本的な基準は、その活動が大学の価値体系(value system)に反するものかということである」と述べている。英国教会年金基金も「キリスト教的な価値に大きく反する活動に資本を提供したり、そこから利益を得たりすることで、教会の信頼や一体感を損なうことは避ける必要がある」と記している。

そして、資金規模の大きい大学年金基金(USS)とBT年金基金の2つが、財務的動機とともにユニバーサル・オーナーシップを動機として挙げている。BT年金基金は「ユニバーサル・オーナーとして、我々の投資の価値は経済全体と密接に結びついている」として、「基金の長期的な価値を守るために、市場全体の基準を引き上げることが受益者の利益に適う」と記している。

このようなアセットオーナーのタイプと動機との間の対応関係は、理解しやすいものではないだろうか。それではオランダではどうか。

図表2に示す通り、オランダでも、ユニバーサル・オーナーシップを動機に挙げているのがABPとPGGMという規模の大きい公的年金である点は共通している。また公的年金の多くが財務的動機に言及している。だが英国と異なり、非財務的動機を示したアセットオーナーが18件と、最も多い。しかも公的年金がすべて非財務的動機に言及している。たとえば公的年金のSPOVは「当基金は投資方針を利益の最大化だけに向けているわけではなく、同時に社会的責任にも向けている」と記している。また、PNOメディアというメディア関係の企業年金は「機関投資家としての社会的責任を認識しており、それにしたがって行動したいと考えている」として、「投資方針において、社会に共通に受け入れられている価値と規範を考慮する」としている。どうやら同じヨーロッパでも、国によって責任投資に対する理解や姿勢は異なるようである。

 

3.英国環境保護庁年金基金の気候変動方針

最後に、責任投資方針以外のところで責任投資の動機が示されている事例を紹介したい。英国の環境保護庁年金基金の例である。同年金基金は、機関投資家主導の多くのイニシアティブに名を連ね、シンポジウム等でも積極的に発表を行うなど、英国における責任投資のリーダー的存在の1つである。

図表1で示すように、本調査ではその動機を財務的なものと位置づけた。これは、責任投資方針の中で「我々の受託者責任は長期的にみて最もメンバーの利益になるように行動することである。そのように行動するために、環境、社会、ガバナンス(ESG)問題が基金の財務的な成果に負の影響を与え得るものであり、したがって投資戦略と投資意思決定を通して考慮されるべきものだということを認識しなければならない」と明記されているからである。責任投資方針の中では「ユニバーサル・オーナー」という言葉は使われていない。

ところが、同年金基金は別の文書の中で、より踏み込んだスタンスを表明した。その文書とは、2015年10月に公表した「気候変動影響に対する取り組み方針(Policy to address the impacts of climate change」」である。その中で「投資原則書(Statement of Investment Principles)と責任投資方針に加え、更なるコミットメントを表明するために気候変動に特化した原則を策定した」として、「気候変動投資原則(climate change investment principles)」を示している。そして、具体的な原則の1つとして、「1つの企業の気候変動に対する行動が、あるいは行動しないことが、他の企業や経済全体にプラスにも、マイナスにも影響し得るということを認識し、ユニバーサル・オーナーとして行動する」と記している。

これをみると、責任投資方針の中では明示されていないが、同年金基金にはユニバーサル・オーナーとしての認識があることがわかる。この事実は一方で、責任投資方針から動機を読み取るという調査方法の限界を示しているとも言えるが、他方で、気候変動問題を考えることが、ユニバーサル・オーナーという認識を生んだという見方もできるだろう。責任投資を行う動機は固定したものではなく、アセットオーナーの認識の深まりとともに変化していく可能性を秘めているのである。

 

図1_英国のアセットオーナーが責任投資を行う動機

 

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QUICK ESG研究所 特別研究員 水口 剛