ESG研究所【水口学長のESG通信】インパクトと受託者責任

インパクトと受託者責任

「各国・地域の法体系や投資家のタイプによって違いはあるが、サステナビリティ・インパクトの追求が財務目的の達成にとって有効であるならば、投資家はそれをすることを法的に求められることになるだろう。」(1)

PRIのウェブサイトは、受託者責任とインパクトの関係を調査したレポートの結論をこう要約している。この解釈を、あなたならどう受け止めるだろうか。

機関投資家による社会的・環境的なインパクトの追求と受託者責任の関係について問われた時、現時点で一般的な答えは次のようなものだろう。

「社会課題の解決に資する企業は長期的に見れば社会の支持を得て投資利益をもたらす。したがってインパクトの追求は受託者責任と矛盾しない(受託者責任に適う)。」

これは、いわゆるインパクト投資ファンドの説明としてはわかりやすい。だが、対象を広げて考えた場合には、どうだろうか。あらゆる投融資は何らかのインパクトを生む。では機関投資家は、インパクト投資ファンド以外の通常の投融資でもインパクトを考慮してよいのか。あるいは、そうすべきなのか。

この問いに正面から取り組んだのが、PRIなどの委託で作成された調査レポートである。それを起点にして、インパクトと受託者責任の問題を考えてみたい。

 

1. 今なぜ改めて受託者責任を問うのか

2021年7月、PRI Association、UNEP FI、Generation Foundationが連名で『インパクトの法的枠組み』と題したレポートを公表した。執筆したのはフレッシュフィールズ・ブルックハウス・デリンガー(以下、フレッシュフィールズ)。ロンドンに本拠を置く大手の国際法律事務所である。

フレッシュフィールズがUNEP FIの委託を受けてレポートを書いたのは、これが最初ではない。2005年に『環境、社会、ガバナンス課題の機関投資への統合の法的枠組み』を公表し、投資意思決定においてESG要素を考慮することは受託者責任に反しないとの見解を示した。まだ「ESG」という言葉も一般には知られていなかった時代である。何という先見性だろうか。日本ではおそらく6,7年前まで、投資で環境や社会の要素を考慮すると言えば、受託者責任に反するという意見を聞くことがあったと思う。2005年当時は欧米でも同様の議論があったのだろう。だからこそ、このレポートが出たことに意味があった。

このような受託者責任に関する法的見解を基礎にして、2006年には責任投資原則が公表され、署名機関のネットワークとしてPRI Associationが生まれた。そしてロンドンを拠点にしたPRI事務局を中心にESG投資が世界的に推進されてきた。その後ESG投資家のネットワークは連携してCOP21でパリ協定の成立を支援し、EUではサステナブルファイナンス推進のアクションプランが生まれ、2021年にはIFRS財団の下に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設立することが決まった。フレッシュフィールズの2005年のレポートは、この大きな流れを生んだ起点の1つだったのである。

今や投資でESG要因を考慮することに異論を聞くことはめったにない。日本も2015年のGPIFによるPRI署名が転機となり、2020年の「2050年カーボンニュートラル」宣言ですっかり風向きが変わった。「ESG投資と受託者責任」という議論は決着したと言ってよいのではないか。それではなぜ、今改めてレポートを出す必要があったのか。その意図はPRIのウェブサイトの次の記述から読み取ることができる。

「受託者責任はESGを考慮することを求めているが、資本市場はサステナブルでないままだ。今の解釈では、法規制の枠組みはESG課題が投資意思決定にどのように影響するかを考えることは求めていても、投資意思決定がESG課題にどのように影響するかを考えることは求めていないからだ。これを変えることが次の仕事だ。」(2)

ESG要因を投資パフォーマンスに対するリスクや機会と捉えるだけでなく、逆に、投資が社会のサステナビリティに与えるインパクトを考えるべきだというのである。そのためにまず既存の法的枠組みでどこまでが求められ、どこまでが許されているのかを確認する必要がある。それを試みたのが、冒頭に記した今回のレポートである。2005年のレポートがその後のESG投資の進展をもたらしたように、今度も新たな流れを生むことになるかもしれない。それでは、最新のレポートはどのような結論を導いたのか、節を改めて見ていくことにしよう。

 

2. 2つのIFSI

フレッシュフィールズの2021年版レポートは、最初にその問題意識を次のように記している。

「人類の福祉は主要な環境・社会システムのサステナビリティに依存している。だが、そのサステナビリティは危機に瀕している。それは経済活動の結果であり、もし対処しなければ経済システムとそれに依存するすべての人のリスクになる。その解決には個人や組織の行動だけでなく、システム全体での対応が必要だ。投資はそのシステムの一部であり、財務的リターンを生むためにそのシステムに依存している。それゆえ投資セクターは、たとえその動機が自らの財務的な目的の達成でしかないとしても、サステナビリティ課題への取り組みにもっと焦点を当てるべきではないか」(3)

そして、「サステナビリティ・インパクトのための投資(investing for sustainability impact:IFSI)」がそのための方法だというのである。IFSIとは、「投資家が意図的に、資金提供やその他の活動を通じて、サステナビリティ課題に関して評価可能なアウトカムを生むために、投資先企業やその他の第三者の行動に影響を与えようとする活動を幅広く捉える概念」だと説明されている(4)。

この定義にある「意図的に(intentionally)」、「評価可能(assessable)な方法で」という表現は、GIINによるインパクト投資の定義、すなわち「財務的リターンとともに測定可能(measurable)でポジティブな環境的・社会的インパクトを生み出す意図をもって(with intention)行う投資」と整合している。それにも関わらず、インパクト投資やインパクトファイナンスとは呼ばず、あえてIFSIという用語を使っているのは、投資家イニシアティブへの参加など、より幅広い活動を視野に入れているからだろう。

興味深いのは、その目的に照らして2種類のIFSIを区別していることである。手段的IFSI(Instrumental IFSI)と目的的IFSI(Ultimate ends IFSI)である。

手段的IFSIとは、サステナビリティ・インパクトの追求が財務的リターンを実現するための手段である場合のIFSIである。と言っても、社会課題の解決がビジネスチャンスを生むといった話ではない。投資の財務的価値は環境・社会システムのサステナビリティに依存している。したがってサステナビリティが損なわれることは投資家が財務的な目的を達成する際のシステミックリスクになる。それゆえ最終的には投資ポートフォリオの価値を守るためにサステナビリティ・インパクトに焦点を当てるというのである。これは、投資の負の外部性を考慮するユニバーサルオーナーシップの考え方と同じである。

一方、目的的IFSIとは、サステナビリティ・インパクトの追求それ自体に価値があると考える場合のIFSIである。この場合、インパクトの追求は財務的リターンの追求と並行してなされるが、財務的リターンを実現するための単なる手段ではない。ただしそれは、必ずしもインパクトの追求が財務目的と矛盾するという意味ではなく、財務目的より優先されるべきだという意味でもない。それは単に、投資家の意思決定が、財務目的以外の理由でのインパクトの追求によっても、部分的に動機づけられているということである。

同レポートは、IFSIの概念をこのように整理した上で、11の国・地域(アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、カナダ、オーストラリア、ブラジル、南アフリカ、中国、日本、EU)でIFSIがどの程度認められ、あるいは求められているのかを調査している。そして、適用される法規制は国・地域により、また投資家のタイプによって異なるので、簡単な単一の答えがあるわけではないとした上で、それでも一連の一般的な結論に達することは可能だとして、次のように述べている。

まず、機関投資家の投資活動の基本的な目的は、一般的に、許容可能なリスクの範囲内で財務的リターンを生むことだと考えられるので、彼らに適用される法的義務(legal duties)は、通常、財務的な投資目的を優先することを求めていると解釈される。その上で手段的IFSIに関しては、あるサステナビリティ要素が財務目的を達成する能力に重大なリスクをもたらすと判断した場合、そのリスクを軽減するために何ができるかを考え、行動する法的責務(legal obligation)が生じるという。実際に手段的IFSIをすべきかどうかを判断する要素としては、そのための直接的・間接的なコストとリスク、および、それによってサステナビリティ要素に対処でき、財務的リスクを削減できそうかどうかがある。投資家が集団で協働するなら、そのようなインパクトを生み出す可能性は高まる。

一方、目的的IFSIに関しては、特定のサステナビリティ・インパクトを生むことを目的として明示した投資信託のように、サステナビリティ・インパクトを目的にした資産を運用する場合にはIFSIに対する法的義務があるとしている。この種の投資手法は投資家保護の順守を条件に、ほとんどの地域で何らかの形で許されていると述べている。

日本についてはレポートの351ページから371ページに記載がある。その内容をすべて紹介する紙面の余裕はないが、GPIFやその他の確定拠出年金に関する次の指摘は興味深い。まずIFSIをすべき法的義務に関しては、「気候変動やその他のサステナビリティ要素がポートフォリオ全体の財務リターンにとって重大なリスクだと判断した場合を除き、現時点でIFSIを行うべき直接的、間接的な法的義務はない」としている(5)。一方、IFSIに関してどの程度の裁量が許されるのかについて、「一定の環境ではIFSIを行う十分な自由度がある」として、①財務リターンへの貢献(Good for financial return)、②財務的に同等のシナリオ(Tiebreak scenario)、③重大な財務的リスク(Material financial risk)の3つのケースをあげている(6)。

 

3. すでに始まっている変化

手段的IFSIの考え方は、ユニバーサルオーナーシップの論理と共通である。LukomnikとHawleyは近著『Moving Beyond Modern Portfolio Theory』の中で、現代ポートフォリオ理論では市場のシステミックリスクに対処できないが、現実には多くの機関投資家がすでに環境や社会への影響を考慮した行動をしているとして、その論理をBeta Activismと呼んでいる(7)。これも、ユニバーサルオーナーシップや手段的IFSIと共通である。

実際、Climate Action 100+や、GFANZ(Glasgow Finance Alliance for Net Zero)に糾合された各ネットゼロ・アライアンスなど、手段的IFSIと呼び得る活動はすでに動き始めている。目的的IFSIに関しても、EUでは個人にサステナビリティ選好があることを想定して、サステナブルファイナンス情報開示規則(SFDR)を制定し、金融機関に情報開示を義務付けた。その意味では今回のレポートは現状を追認したものとも言える。

それでもフレッシュフィールズが法的な見解を明確にしたことの意義は大きい。投資家がインパクトを追求する行動に正当性の根拠を与えるものだからである。

気が付けば、気候変動に関してNGOが株主提案をし、機関投資家が賛成票を投じ始めている。数年前まではなかった光景が、普通に見られるようになった。こうして資本市場の「常識」が少しずつ変化していく。その先に「新しい資本主義」があるとすれば、今回のレポートはその歩みをまた一歩進めたと言えるだろう。

この種の提案に対しては、「また新しい指標か」という反応もあるかもしれない。ESG評価機関の調査や気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言への対応、TNFDの登場などで「開示疲れ」という言葉も聞かれる。乱立する指標を集約するために国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)ができたのではないのか。

 

(1) PRIのウェブサイトの「A Legal Framework for Impact」のページにある次の記述を要約したものである。The report found that while there are differences across jurisdictions and investor groups, where investing for sustainability impact approaches can be effective in achieving an investor’s financial goals, the investor will likely be required to consider using them and act accordingly.

(2) PRIのウェブサイトの「The modern interpretation of fiduciary duty」にある次の記述の要約である。Fiduciary duties require ESG incorporation, however capital markets remain unsustainable. As currently defined, the legal and regulatory frameworks within which investors operate require consideration of how ESG issues affect the investment decision, but not how the investment decision affects ESG issues. Changing this will be our next phase of work.

(3) Freshfields Bruckhaus Deringer(2021), A Legal Framework for Impact – Sustainability impact in investor decision-making, p.11, Executive summaryの記述を基に要約。

(4) 同上, P.11。

(5) 同上, P.355, 第2.2.10項。

(6) 同上, P.355, 第2.2.15項。

(7) Jon Lukomnik and James P. Hawley(2021), Moving Beyond Modern Portfolio Theory – Investing That Matters, Routledge.

QUICK ESG研究所 エクスターナル・アドバイザー 水口 剛