ESG研究所【セミナー参加報告】RI Japan 2021⑤ネットゼロ移行に向けた金融の役割とは
2021年06月09日
英国のESG・責任投資専門メディア、Responsible Investor(レスポンシブル・インベスター)が5月17~21日に開催したオンラインセミナー「RI Japan 2021」の最終日は気候変動に関するインタビュー、債券市場のESG統合、投資家との対話などをテーマに議論が交わされた。
COP26ハイレベル気候行動チャンピオンのレイド氏、金融機関は「気候変動に対応しないと取り残されるリスク」
最終日の基調インタビューでCOP26ハイレベル気候行動チャンピオン財務チーム共同リーダーのスー・レイド(Sue Reid, Finance Team Co-Lead, COP 26 High Level Champions)氏は2050年のネットゼロに向け金融機関が「対応しなければ気候変動に伴う移行リスクや物理的リスク、賠償リスクなど、取り残されるリスクがある」と主張し、速やかな行動を促した。
2050年温室効果ガス排出量実質ゼロを目指し、数多くのイニシアチブがグローバルで発足し活動している。UNFCCC(国連気候変動枠組み条約事務局)が2020年6月に発表した国際キャンペーン「Race to Zero」は、2050年にネットゼロを達成するには、金融を含む全てのセクターを巻き込み、連携して行動をすぐに起こすことを呼び掛けている。金融セクターでは、2021年4月に発足した「グラスゴー・ファイナンシャル・アライアンス・フォー・ネットゼロ(GFANZ)」イニシアチブが、アセットマネジャー向けの「Net-Zero Asset Managers Initiative(NZAM)」、アセットオーナー向けの「Net-Zero Asset Owner Alliance(AoA)」、銀行を対象とした「Net-Zero Banking Alliance(NZBA)」を集結し、協力してRace to Zeroキャンペーンの推進に取組んでいる(議長はマーク・カーニー氏)。
レイド氏はRace to Zeroキャンペーンについて「参加機関がスコープ3を含む排出量を報告し、2050年にネットゼロにすることや、中間目標の設定を約束したことは、企業にとっても金融機関にとっても進捗状況を把握するのに役立つ」と語った。多くの金融機関が行動に移すなか、一部の投資家が未だコミットメントに躊躇していることについて、レイド氏は「慎重にアプローチを確認したいという機関があるなど、課題や機会への対応ペースは各社違う。しかし、気候変動への対応はG7全てがコミットし行動している。対応しなければ気候変動に伴う移行リスクや物理的リスク、賠償リスクなど、取り残されるリスクがある」と述べた。
今後のマイルストーンについて問われると、レイド氏は「会計基準の適用、ガバナンス、役員報酬、格付会社のアプローチ、システムの変革などあらゆる施策が、同じ時間枠で前進しないといけない」と指摘。「化石燃料への投資の大幅な削減やグリーン水素、省エネ、再エネなどへの投資拡大など設備投資の変化が望まれる」と、民間だけでなく公的金融機関も含め、資本の流れの変化に期待感を示した。「気候変動は、社会のすべての主体が総力戦で挑まなければならない喫緊の課題であり、2050年ネットゼロという時間枠が前倒しされることを願っている。温暖化とそれに伴う影響を少しでも低減できれば社会全体、経済、人類の反映にとって有益なことと考えている」と締めくくった。
債券市場でもESG統合、価値観の変化や規制進展が背景
最終日のパネル討論は環境負荷低減に事業を移行させるために債券発行によって資金を調達する「トランジションを進める債券」がテーマ。PRIのHead of Fixed IncomeであるCarmen Nuzzo氏は、債券市場でESG統合がここ数年で加速した要因として、顧客需要の高まりやSFDR(欧州サステナブルファイナンス開示規則)などの規制の進展を挙げた。
高崎経済大学の水口剛学長はグリーンボンドなどの発行増加の背景について「サステナブルなものに投資をしていくという市場の価値観の変化があるのではないか」との見方を示した。投資を通じてESG課題の解決を目指す「インパクト投資」にも触れ、「インパクトがリスク、リターンと並ぶ第三の評価軸になり得るか」と今後の注目ポイントを指摘した。受託者側が適切に評価できるように「インパクトの正しい測り方を議論する必要がある」と強調した。
Carmen Nuzzo氏はトランジション・ファイナンスについては「資金の使途だけでなく発行体が目標を達成するための戦略にも焦点を当てる必要がある」と指摘した。投資拡大に向けて格付け会社などとの協議を重ねる中で、「比較可能な情報開示ニーズを改めて感じている」と述べた。
FTSE Russell日本代表の多湖理氏は「トランジションはESG要素の一部であり、それに特化したデータはまだ発展途上である」との認識を示した。データプロパイダーとして「今後の投資家のニーズと市場の動向に沿ったデータ提供を目指す」と語った。
European Investment BankのHead of Sustainability FundingであるAldo Roman氏は規制当局がタクソノミーを作成する狙いについて「トランジションに向けて、市場をより効率的にすることであり、信頼性があり比較可能な情報を提供することだ」を主張した。「タクソノミーにより、発行体の資金使途だけでなく、発行体や投資家が実体経済に何をもたらそうとしているかをより明確にできる」と、そのメリットを挙げた。そのうえで「タクソノミーの議論を促進するには国をまたいで協力していく必要がある」と述べ、市場の効率化に向けた国際的な連携の重要性を強調した。
ESG開示、取引所が支援 企業価値につながる実例も
最後のセッションである探求討論では「ESGのベストプラクティスと効果的なコミュニケーション」について取引所、企業、投資家イニシアチブそれぞれの立場から意見が交わされた。日本取引所グループ(JPX)のサステナビリティ推進部の鳥居夏帆調査役はJPXによるESGへの取り組み支援について説明した。具体的にはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やSASB(サステナビリティ会計基準審議会)、GRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)など既存のフレームワークとの関連性を整理した「実践ハンドブック」の公表、評価機関の情報などをまとめた「ESGナレッジハブ」の開設などを挙げた。ハンドブックやナレッジハブについて「特に中小企業からリソース不足を補うツールとして高い評価を得ている」と述べた。
エーザイ専務執行役CFOで早稲田大学大学院客員教授を務める柳良平氏は企業の立場からESGに関する非財務情報が企業価値に結びついていると投資家に説明してきたことを語った。「エーザイのESGに関する指標と過去12年のPBR(株価純資産倍率)の関連性をシミュレーションした結果、定量的にESGの要素が企業価値にプラスの影響を及ぼすことを証明した」と強調。例えば、「人材育成への投資は5年後に企業価値につながる、女性の管理職登用は7年後にPBR向上につながるなどの分析結果が得られた」といい、「人や研究開発への投資は経費ではなく、資本コストであり未来に向けた投資である」と主張した。
畜産業関連投資家イニシアチブ、FAIRR InitiativeのInvestor Outreachシニアマネジャー、Teni Ekundare氏は、FAIRRの活動について、エンゲージメント対象は半分がアジア系企業であり、日本企業では日本ハム、日本水産、プリマハムが含まれると説明した。投資家との効果的な対話に向け、企業は情報開示にあたって「国際的なフレームワークとの整合性や業界特有のリスクが考慮されていること、財務的にマテリアルな情報を投資家視点で開示することが重要だ」と指摘した。サステナビリティ情報開示については「企業は市場の声から何が求められているかを考える必要がある」と語った。=終わり
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