ESG研究所【セミナー参加報告】RI Japan 2021④ネットゼロ移行に向けた金融の役割とは
2021年06月09日
英国のESG・責任投資専門メディア、Responsible Investor(レスポンシブル・インベスター)が5月17~21日に開催したオンラインセミナー「RI Japan 2021」の4日目は第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)に向けたインタビューのほか、ESG投資へのデジタルトランスフォーメーション(DX)の活用、ESG評価と適切なベンチマークについて議論された。
スー・キノシタ駐日英国首席公使「途上国のグリーン分野に1000億ドル投資目標」
4日目の基調インタビューでは駐日英国首席公使のスー・キノシタ氏が登壇し、「気候変動対応には金融機関の役割が重要」と強調した。英政府が11月に開く第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)に向けて「途上国におけるグリーン分野に1000億ドル投資するという目標を掲げている」と明らかにした
キノシタ氏は金融セクター自体のグリーン化として、金融機関に対して5つの期待を表明した。具体的には、①マーク・カーニー氏を議長とする「ネットゼロのためのグラスゴー金融連合(Glasgow Financial Alliance for Net-Zero:GFANZ)」に参加し、2050年までにネットゼロを達成する科学的に適合した中間、長期目標を設定する、②途上国におけるグリーン分野に投資する、③石炭プロジェクトへの投資から撤退する、④自然や生物多様性に関心を向け、2030年までに自然を回復軌道に乗せるための投資を促進する、⑤TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に則った透明性の高い情報を開示する――ことを求めた。
また、COP26の議長国として掲げている目標については、①気候変動緩和策の促進に向けさらなるコミットメントや中間目標の設定、具体的行動を求める、②温暖化が進行した場合に懸念される脆弱なコミュニティへの悪影響のリスクについて議論する、③気候変動の緩和と適応に対応するため官民共同でインフラや研究開発分野に資金を投入したり、途上国への支援を求めたりする、④気候変動への取り組みに向けあらゆる主体(政府、企業、学校、投資家、都市、個人)からの発言を求め、国際的な協働を図る――ことを挙げた。
キノシタ氏は「パリ協定の採択から6年目を迎える今、掲げている目標は大変野心的なものである。世界各国が新型コロナウイルスへの対応を迫られる中ではあるが、(地球の平均気温上昇を産業革命前に比べて抑える)1.5度目標達成に向け我々は前進しなければならない」と述べた。
ESG投資でのDX活用には規制当局の関与も
4日目のパネル討論では「デジタルトランスフォーメーション(DX)とESG」というテーマで意見が交わされた。野村総合研究所ホールセールプラットフォーム企画部の三井千絵上級研究員は、まずDXについて「蓄積されたデータをもとに価値を創造すること」と定義した。そのうえで「ESG投資におけるDX活用を促進するには、開示規格の統一化やデータへのアクセスが向上する必要がある」と述べた。投資家と企業を直接結ぶ情報共有ハブなどによる比較可能性の向上や、規制当局による支援・ルール作りに期待を表明した。
Green Digital Finance AllianceのエグゼクティブディレクターであるMarianne Haahr氏は、スペイン中銀によるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に沿った情報開示量の分析アルゴリズム、中国における汚染観測データからの環境スコア算出など、国としての取り組みも出てきたことを紹介した。こうした規制当局の動きについて「フォーマット標準化につながり、比較可能性を向上させる重要な取り組みである」と主張した。
European CommissionのDirectorate-General for Financial StabilityのDeputy Head of Digital Finance UnitであるMattias Levin氏は欧州連合(EU)のデジタルファイナンス戦略を取り上げ、「持続可能な投資につなげるには、ESG情報のデジタル変革と気候リスクの対応を同時並行で進めなければならない」と、規制枠組みによるデジタルイノベーションの促進を訴えた。その際に規制当局として「適切なデータ共有の公平性、だれがどのデータにアクセスできるかという点に注意しながら、プラットフォームプロバイダーを精査している」と語った。
SchrodersのESG推進グループの工藤まゆみグループリーダーは同社の具体的な取り組みについて説明した。同社は2014年から50を超える運用チームの傘下にデータサイエンティスト部門である「データ・インサイト・ユニット」を設立し、「5~6年かけて運用サイドの(こういうデータが欲しいという)期待と同ユニットの成果物が一致するようになった」と述べた。今後DX化が進むことによるメリットについて「企業の戦略策定に使われているが外部に発信しきれていない情報が共有され、投資家と企業間でより深い対話ができる」との見通しを語った。
ESGデータ、信頼性向上し標準化領域が徐々に拡大
4日目の探求討論では「信用あるESG評価と適切なベンチマークの開発」をテーマに、ESGと企業価値の関連性の理解、適切なESG情報開示の在り方や理解について議論された。 S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス日本オフィス統括責任者の牧野義之氏は運用機関、投資家の多様なニーズに応えるために、グローバルで組織体制を再編したことを説明した。ESGデータの収集については「定量データだけでなく、セクター固有の質問を設け、アンケートを通じて情報収集している。企業とのエンゲージメントを通じ、非財務情報についてリスクと機会を把握している」と語った。
RepRiskのパートナーシップおよびサードパーティ配布の責任者であるJenny Nordby氏はESGデータ収集にあたり、「チェックボックスアプローチでなく、どのようにデータが利用されるのかを考慮しており、最新のテクノロジーを利用している」と説明した。同氏はテクノロジーによるデータ収集の有効性を認めつつも、「人間による分析や体系的な研究フレームワークに取って代わるものではないと本当に信じている」と述べ、「調査会社は標準化された最低基準への準拠を基盤としながら、それを超えて、何らかの優位性を持つべきである」との考えを示した。
オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールのRichard Barker教授は、ESGのデータが急速に増え、関心が高まる中で「信頼できる包括的なデータの必要性と、企業のビジネス固有のリスク情報開示という2つの観点があり、標準化できるものと標準化できないものについて議論する必要性がある」と強調した。
最後にモデレータである牛島慶一氏(EY Japan 気候変動/サステナビリティサービスリーダー)がESGデータについて「信頼性が向上し、標準化される領域が徐々に拡大している。ここにテクノロジーが加わりスケールとスピードが加速する可能性がある」と指摘。「リスクという観点から見てきたESGが無形資産、価値創造に領域を拡大している。発行体は自分達の文脈で情報を開示する必要があること、投資家にはチェックリストとしての利用ではなく、実証・検証された結果に基づいた企業評価を期待する」とまとめ、セッションが終了した。
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