ESG研究所【セミナー参加報告】RI Japan 2021②ネットゼロ移行に向けた金融の役割とは
2021年06月09日
英国のESG・責任投資専門メディア、Responsible Investor(レスポンシブル・インベスター)が5月17~21日に開催したオンラインセミナー「RI Japan 2021」の2日目は気候変動に関する基調講演、討論が行われた。
佐藤政務官、気候変動対策「先端技術分野などで国際社会をリードしていきたい」
2日目は経済産業大臣政務官の佐藤啓氏による基調講演(録画)で始まった。佐藤政務官は「気候変動対策は待ったなしの課題。日本政府として中長期の戦略を具体化させ、先端技術分野などで国際社会をリードしていきたい」と表明した。そのうえで「国内外の成長資金がカーボンニュートラルの実現に貢献する高い技術を有する日本企業に活用されることを期待している」と述べた。
経済産業省は金融庁や環境省と共同で、着実な低炭素化に必要なトランジション・ファイナンス促進のため、投資家向けの手引きである「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を策定した。この指針に基づき、温室効果ガスの多排出産業を含む、業種別の排出量削減ロードマップの作成が予定されている。佐藤政務官は「グローバルでのカーボンニュートラル達成には、アジア諸国における現実的なトランジションの実施が重要」として、同指針をアジアに展開していく方針を明らかにした。
日本では2020年10月に菅義偉首相が所信表明で「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、同年12月には経済産業省が中心となり策定した「2050年カーボンニュートラルの実現に向けたグリーン成長戦略」が公表された。グリーン成長戦略では14の重要分野ごとに高い目標を掲げ政策を総動員する計画になっており、2021年6月には施策の更に具体化を目的としたグリーン成長戦略の改訂が予定されている。
「ネットゼロ」達成・課題解決に向け投資規模の拡大を
2日目のパネル討論では「日本や世界はネットゼロ目標をどう達成するのか? 投資家への含意と現実的なアクション」というテーマで意見が交わされた。PRIのHead of Climate PolicyであるEdward Baker氏は温室効果ガスの排出を実質ゼロに減らす「ネットゼロ」達成に向けた投資家の役割として、「体系的で一貫したフレームワークを持ち、長期目標だけでなく短期的な目標の設定が求められている」と指摘した。さらに積極的な課題解決に向け投資規模の拡大を訴えた。脱炭素対策の1つとして炭素排出に価格を付けるカーボンプライシングが世界的に議論されているが、「投資家の視点としては、利用は基本的に好ましい」とし、「欧州では電力セクターで変化の促進に成果を上げている」と話した。
IFM InvestorsのResponsible InvestmentのエグゼクティブディレクターであるChris Newton氏は、投資家として「気候変動でどのようなリスクがあるかを理解し、自らのインパクトを把握することが大事だ」と述べた。気候変動リスクの低減に向け、「企業の経営幹部との対話(エンゲージメント)により注力している」と語り、SBT(科学と整合する温室効果ガス削減目標)の設定などの支援にも力を入れているという。
PwCあらた有限責任監査法人のサステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスのマネージャー、アナスタシア・ミロビドワ氏は投資家が企業に対して「温室効果ガスの直接排出量だけでなく、供給網全体を含んだ排出量であるスコープ3までの開示を求めるべきだ」と主張した。また企業内でカーボンプライシングを導入する動きが世界的に広がっているといい、「日本企業では(このような制度を導入している会社)が投資の選択肢となっている場合がある」と語った。
経済産業省産業技術環境局の梶川文博環境経済室長は投資家に対し「単なるダイベストメント(投資撤退)ではなく、企業とのエンゲージメントを通して各社のトランジション戦略を評価してほしい」と語った。2050年の脱炭素社会の実現に向けた「グリーン成長戦略」のなかで、水素やアンモニア、洋上風力などのイノベーションについて言及しロードマップを作成していることを紹介し、「企業にチャレンジしてもらい、政府としてもファイナンスのメカニズムでサポートしていく」と語った。
再生可能エネルギーやインフラ整備、規制当局の方向性に関心
2日目の探求討論は「移動・交通、ユーティリティセクターのトランジション:EV、再生可能エネルギー、インフラ整備」がテーマ。国際エネルギー機関(IEA)が2021年5月に公表した2050年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにするための「工程表」について、AIGCCのエグゼクティブディレクターのRebecca Mikula-Wright氏 は「意欲的で全ての産業に影響のあるシナリオだ」と評価した。
ClearBridgeのマネジングディレクターでポートフォリオマネジャーのNick Langley氏はIEAの工程表に関して「2030年までに自動車の60%を電気自動車(EV)に、またEVの充電インフラ、再生可能エネルギーを大量に導入する必要がある」と主張した。太陽光発電や風力発電の年間導入量を大幅に増加させ、配電網や送電網も強化し整備していく必要性を語った。
2050年のネットゼロ目標達成についてNick Langley氏は「投資家が重要な役割を果たす」と指摘した。「2040年、2050年に向けた技術革新、特に蓄電装置、水素や炭素回収技術の開発に関心が集まっており、この10年間に大きな開発が見込まれている」と述べた。一方で、「個々の企業のシナリオを総合すると地域のシナリオと矛盾する」と指摘した。「ある業種の企業排出量削減を合計するとその業種のEUの削減を超える」ことを挙げ、「経済全体のシナリオと整合性のある分析がポートフォリオには必要だ」と語った。
IFM InvestorsのResponsible InvestmentのエグゼクティブディレクターであるChris Newton氏は「規制当局が打ち出す方向性が重要」と主張した。例として「オーストラリアの規制ではカーボンプライスにより影響を与えている」ことを挙げた。インフラ整備に関しては「空港自体の排出は少ないが、航空機の排出を考える必要がある。高速道路(有料道路)ではEVの航続距離に懸念があり、空港と同様に規制当局の対応が必要となる」と語った。また「ビジネス上のメリットがあると再生可能エネルギーへの投資が進む事例もある」と述べた。
再生可能エネルギーやインフラ整備の今後の課題について、Nick Langley氏は「一番大きな課題は、貯蔵だと考えている。地域の隔たり、季節による再生可能エネルギーの偏在を調整することだ」と指摘した。Rebecca Mikula-Wright氏は「セクター間の依存性を見ることが重要で、道路の設備とEVの走行距離が例である」と述べた。Nick Langley氏はさらに「インフラ投資をトレードオフだと考える向きがある。投資家もそうだがエンドユーザーにとっても長期的には機会があることを丁寧に説明して行く必要がある」と強調した。
ポートフォリオの気候リスクをどう特定し対処すべきか
2日目のイブニングセッションでは「ポートフォリオ上の気候リスクを特定し、対処する」というテーマで議論された。インベスコ・アセット・マネジメント投資戦略部部長セルフインデックス・ESG事業推進担当の内誠一郎氏は「温室効果ガス(GHG)の排出量の大きい企業に投資しなければポートフォリオの温暖化ガスが削減できるが、そんなことをやっても世の中全体のリスクは減らない」と指摘し、「この問題を解決するために投資家はリスク管理をしながら企業と一緒にGHG削減に向けた努力して行くことが非常に重要だ」との考えを示した。
また内氏は「Climate Action 100+の対象になっているようなGHG排出量が多い企業に対する取り組みが重要になってくる」と主張した。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のレポートで彼らのポートフォリオのカーボンインテンシティの一番高い資産クラスは国内債券で国内の債券発行企業が多かったことを挙げ、「これに投資しないということにはならない」と語った。
Moody’s AnalyticsのHead of Risk & Finance SolutionsのDimitrios Papanastasiou氏は「企業が発行するTCFDレポートを企業とのエンゲージメントに利用しており、CEOとのミーティングで質問などを考えるうえで良い情報源だ」と指摘した。一方で、「TCFDレポートの内容を使用可能なフォーマットに翻訳するのは非常に困難で、多くの企業、特に最もリスクの高い分野の企業のレポートはあまり信用できない」と語った。理由として「ガス会社はネットゼロの約束をしており、これらの約束がどのようにリスクを低減するかについてTCFDレポートで語っているが、具体的な設備投資の記載がない」といった問題を挙げた。このため「口先だけで、行動していないことが多いと考えている」という。
Aberdeen Standard InvestmentsのHead of Strategic Asset Allocation and Climate Fund ManagerのCraig Mackenzie氏はTCFDレポートについて「多くの企業はシナリオ分析をストーリー的に開示しており、科学的な開示になることを期待している」と指摘した。また「現状のシナリオ分析は5年、10年先の影響を見るには不適切」「新興国が先進国と同じ炭素価格制度や気候変動対策の政策を実行するという、あまり現実的でないシナリオは現実的ではない」と主張し、政策から商品市場、エネルギー市場、企業の経営状況までを網羅した経済モデルの必要性を訴えた。
企業やポートフォリオの温度を算出して評価する新しい方法が試みられており、リスク、リターンに続く第三の評価項目として注目されている。この評価手法についてCraig Mackenzie氏は「データの信頼性はまだだと考えている」と述べた。
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