ESG研究所【セミナー参加報告】RI Japan 2021①ネットゼロ移行に向けた金融の役割とは
2021年06月09日
英国のESG・責任投資専門メディア、Responsible Investor(レスポンシブル・インベスター)が5月17~21日、オンラインセミナー「RI Japan 2021」を開催した。日本政府が2030年までに温暖化ガスの削減目標を13年比46%減にすると公約し、ネットゼロ移行への道筋や金融の役割を特定する緊急性が一段と高まるなか、ESG投資やインパクト投資、ガバナンスと企業価値創造など様々なテーマについて内外の有識者による議論が展開された。
三菱UFJ信託銀の長島社長「ガバナンス、実務の両面から責任投資の推進を強化」
開会挨拶に登壇した三菱UFJ信託銀行の長島巌氏社長はグループ会社を含めガバナンス、実務の両面から責任投資の推進体制を強化しており、傘下の運用会社First Sentier Investors(FSI)との協働を進めている旨、語った。グループのアセットマネジメント4社で「MUFG AM 責任投資ポリシー」を策定し、サスティナビリティ―委員会を通して責任投資に関する取り組みを取締役会に付議・報告する体制を整えたという。またFSIと共に、サステナブル投資における協働コミットメントの一環として「MUFG ファースト・センティア サステナブル投資研究所」を設立したと明らかにした。
長島氏によると、同研究所の目的は「中立で実践的なリサーチ情報に関する世界の投資家のニーズに応え、責任投資の普及と資本市場の発展に貢献すること」だ。リサーチ対象は「サステナブル投資の視点から、ESGに関するマクロ、規制面の変化、企業、セクター、経済、社会、自然環境になど与えるインパクトと投資パフォーマンへの影響とする方針だ」という。第一弾として、マイクロプラスティックによる海洋生態系と投資への影響に関するレポートを発信した。
続いて登壇したFirst Sentier InvestorsのCEOであるMark Steinberg氏は、第一弾のレポートの目的について「各ステークフォルダーの注意を喚起し、認知度を向上させ、マイクロプラスティック汚染の緩和に向けて投資家が果たすことのできる具体的な貢献を明らかにすることだ」と説明した。また「日本でのコーポレートガバナンス・コードやTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に沿った情報開示の進展を歓迎している」と述べた。
ガバナンス・コード改訂でアセットオーナーの意識変わるか
最初のパネル討論では「機関投資家にとってESGは必須ビジネス要件になったのか?」というテーマで意見が交わされた。 Brunel Pension Partnership Chief Responsible Investment OfficerであるFaith Ward氏は同社の運用スタンスについて「ESGに対応しないと長期的利益に悪影響があるという信念のもとで責任投資を進めている」と強調した。アセットクラスによって責任投資の進捗に差があるため、そのレベルにあわせて運用機関とコミュニケーションを取っており、分析手法などの専門的なところだけでなく、社内文化としてESGを浸透させているか、人材のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)が進んでいるか、といったところも重視しているという。
アセットマネジメントOneの菅野暁社長はアセットマネジャーの役割について「アセットマネジャーとしての期待を示し、企業と認識を共有し、サステイナブルな社会へのトランジション(移行)に貢献する会社に投資すること(インテグレーション)と、会社のトランジションをサポートすること(エンゲージメント)だ」と応じた。「社会変革のためには、ダイベストメントという安直な方法ではなくシステム全体を見た判断をしなければならない」と、責任投資の重要性を語った。
金融庁の池田賢志チーフサステナブルファイナンスオフィサーは「長期的価値創造には、ESGの側面を組み込むことが必要だ」との認識のもとコーポレートガバナンス改革を進めていると述べた。そのうえで「日本のアセットマネジャーは広義のステークホルダーを意識し始めているが、アセットオーナーはあまりできていない」と主張。菅義偉政権のネットゼロ宣言や今年のコーポレートガバナンス・コードの改訂が「アセットオーナーの意識を変えるかもしれない」との見解を示した。
Faith Ward氏は「英国のスチュワードシップコードの変更は日本のガバナンス・コード改訂と似ているが、開示を求める情報量が大きく異なる」と指摘。「英国は78頁にわたり、エビデンスをしっかりと示すことを求め、マルチステークホルダーの要求にこたえる形になっている」と説明した。
日本のコード改訂について池田氏は「定性的だけでなく定量的なリスクとリターンへの影響についての開示を期待したい」と述べた。また菅野氏は「コード改訂でアセットオーナーの行動も変わることを願う」と期待感を表明した。
インパクト投資、金融機関の貢献が問われる時代
初日の探求討論は「インパクトファイナンスを理解する」というテーマだった。投融資の意図・戦略を事前に評価し、実現できているか事後にモニタリングして、さらに投資先とエンゲージメントを行う「インパクト・メジャメント・アンド・マネジメント(IMM)」と、インパクト投資の課題について議論された。 OECDのDevelopment Co-operation Directorateの政策アナリスト、Priscilla Boiardi氏は「企業にとって持続的な開発が長期的な価値創造にとって重要だと認識されてきた。新型コロナウイルスの感染拡大でインパクトの量は拡大しており、IMMにより質も管理して行く必要がある」と主張した。
環境省大臣官房環境経済課環境金融推進室の今井亮介室長補佐はインパクトファイナンスに着目すべき理由として「民間資金が必要であること、サステナビリティへの投資が全ての主体に利益があること」の2点を挙げた。インパクトファイナンスとESG投資との違いについて「金融が意図を持っていること」を指摘し、「金融機関自体がサステナビリティに何の貢献をするのかが問われる時代である」と強調した。
三井住友トラスト・ホールディングスの稲葉章代サステナビリティ推進部長はインパクトファイナンスについて「ESGインテグレーションの次の世代の投資」という認識を示した。S&P Global Sustainable 1のHead of Asia Pacific ESG Business DevelopmentのMichael Salvatico氏も「機関投資家のESG投資が進化したものと位置付けている。リスク、リターンに3軸目を加えるものだ」と指摘した。「途上国向けやプライベートエクイティ投資ではポジティブインパクトに主眼が置かれ、大企業向けはサプライチェーンを含めたネガティブインパクトも総合的に評価している」と述べた。
IMMの活用方法についてPriscilla Boiardi氏は「メジャメント(評価)とマネジメント(管理)を分ける、組織に根付いた行動が必要だ」と強調した。「モニタリングが重要であり、UNIP-FIなどのインパクトレーダーを使って評価している」と述べた。今井氏も、環境省が2021年3月に「グリーンから始める評価ガイド」をまとめたことを紹介したうえで、「IMMは管理と評価の両方が重要」との考えを示した。Priscilla Boiardi氏は「UNIPと協力して開発した4つのスタンダード(戦略に関するスタンダード、インパクトと投資のマネジメント、開示の透明性、ガバナンス)が重要」と指摘した。
稲葉氏は2019年に開始し17件の融資実績があることを明らかにし、「ポジティブインパクトの融資は、資金使途が限定されないので企業は使いやすい」との見方を示した。融資の評価については「UNIP-FIのフレームワークを使い、ポジティブインパクトとともにネガティブインパクトを評価している。企業でKPIを定めていないこともあり、エンゲージメントでKPIを特定している」と語った。Michael Salvatico氏は「インパクトを定量的に測定することが重要だ」と指摘した。S&P Global Sustainable 1は「SDGアナリティクス」というツールを開発し、「全体的なSDGを評価、リスクはSDGとの整合性などを評価しスコアリングを行っている」と説明した。
今後の課題についてPriscilla Boiardi氏は「全ての投資家・企業がベストプラクティスに見習うことや、報告の透明性、エンゲージメントの継続」を挙げた。Michael Salvatico氏は「企業が意味ある課題を設け、報告を統括的にサプライチェーンを含めて行うことが必要」と指摘した。稲葉氏は「人材育成が課題であり、ESGアナリストのようにインパクトアナリストが必要だ」と述べた。今井氏が「企業の戦略とインパクトの整合性を理解し実践することが必要だ。インパクトファイナンスのイノベーションによる社会の変革との関係を繋げることで万人に理解できることになると考えている」と締めくくった。
生物多様性、投資家を掘り起こすにはまず行動
初日のイブニングセッションでは「生物多様性への投資家アクションを掘り起こす」というテーマで、投資家へのアプローチ、データに関する課題、投資対象などが議論された。生物多様性について投資家の関心が高まっているものの、投資機会や方法がわかりにくいという課題がある。投資家へのアプローチ方法についてCredit Suisse Advisory and FinanceのChief Sustainability Officer & Global Head Sustainability Strategyである Marisa Drew氏は「とにかく、小さいところから始めてリターンがあるということを証明をすることが大切。海洋ファンドはローンチ後すぐ2億ドルを集め、投資家の注目の高さを証明した」と語った。
Aviva InvestorsのGlobal Head of Sustainable OutcomesであるMarte Borhaug氏は「データを収集し、環境系NGOから人材を集めて分析を行い、とにかく小規模でもよいから行動を始めた。組織として強い意志で生物多様性の課題に立ち向かうという姿勢を投資先企業に伝えている」とAvivaの取り組みを紹介した。また投資結果を追跡して透明性の高い報告書を発行することによって、「生物多様性への投資はリターンの犠牲なしには成り立たないという誤解を解く努力をしている」という。
生物多様性は1つのデータでは測れないという課題がある。Marte Borhaug氏は「CDPやWBA(World Benchmark Alliance)など複数のデータポイントを組み合わせれば精度が高まる」と強調した。Marisa Drew氏も「技術革新により衛星技術やAIを使って収集ができるようになってきている。また、TNFD(TCFDの生物版)により、コンセンサスが生成されつつある」との認識を示した。The Nature Conservancy NatureVestのManaging DirectorであるCharlotte Kaiser氏は「データやエビデンスの不足があることは確かだが、何も行動しないよりはましだ。完璧でなくてもよいということを投資家は受け入れるべきだ」と主張した。
投資対象として、Marte Borhaug氏は、①有害ではない企業、②ソリューションを提供するサービスや技術を提供する企業(sustainable land, sustainable ocean の第三者認証を付与するサービス会社など)、③生物多様性の保全への移行、改善を試みている企業(エンゲージメント)--を挙げた。Charlotte Kaiser氏はNatureVestが生物多様性の保全をサポートする取引の枠組み作りに着手していることを紹介。その他の投資機会として「例えば、気候変動と生物多様性の両方にアプローチできる植林、再生可能農業、リモートセンシングや衛星、養殖などへの技術投資が考えられる」と述べた。最後に、Marisa Drew氏は、政策との二人三脚が必要で、生物多様性保全の取り組みは雇用の創出や食糧安全保障にもつながることを強調した。
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