いま押さえなければならない制度改正の動向 「サステナビリティ」とは何か?

 

 今年、多くの読者の関心事はサステナビリティ開示にあるのではないでしょうか。 昨年11月に「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正案が公表され、本コラムの執筆 時点ではまだ成案は公表されていませんが、2023年3月31日以後に終了する事業年度(※)の有価証券報告書からサステナビリティに関する取り組みの開示が始まる予定です。各社とも、暗中模索しつつも準備を本格化させているところだと思います。

(※)2023年3月期決算企業の報告書から適用


 しかしながら、世の中の関心の高まりに伴い、「サステナビリティ」という言葉が独り歩きしている感も否めません。また、開示担当者にとっては女性管理職比率といった開示要請されている項目に目がいってしまいがちです。新年にあたり、そもそもサステナビリティとは何であり、なぜその重要性が高まっているのか(=開示が求められるのか)について再考してみます。

 

サステナビリティとは何か?

 釈迦に説法ですが、企業はさまざまなステークホルダーから経営資源の提供を受けて事業を営んでいます。サプライヤーから部品を、株主から資金を、国からインフラサービスを、人々から労働力を……など挙げ始めたらキリがありません。そうした経営資源の提供に対して企業は対価を払っています。これまでの日本企業の経営では、これらステークホルダーへの対価を費用と考え、その削減に取り組んできたことは否めません。結果として、各ステークホルダーの存続が危機に瀕してきています。自社を取り巻くステークホルダーが存続不可能となれば、そこから経営資源の提供を受ける企業自身も存続することができなくなります。ステークホルダーの存続可能性を担保できるだけの「適切な」対価を払っていこうという考え方がサステナビリティの基本であると私は考えています。

 

 たとえば、サプライヤーに価格、納期、支払い期間等で過度に厳しい要求をすれば、サプライヤーが当然ながら疲弊します。その結果、サプライヤーが研究開発や人材育成に資金を投じられなくなって中長期で品質が低下したり、場合によっては厳しい要求に対応するために改ざんや偽装などが行われたりする可能性も否定できません。タックスヘイブンを過度に活用するなどして納税額を削れば、結果として国が疲弊し、そのしわ寄せは中長期で企業自身にのしかかってきます。伝統的な費用観のもとでステークホルダーへの対価の削減を目指すのではなく、存続していくだけの適切な対価を払うという発想への転換こそサステナビリティ重視の経営だと私は思います。サステナビリティ重視は企業にとって費用増加を覚悟することでもあるのです。

 

 まずは各社が自社にとって重要なステークホルダーを特定し、それらへの対価がどの程度であれば適切かを判断しなければなりません。この判断はなかなか難しいのですが、たとえば株主を考えれば、資本コストが適切な対価になると考えてよいでしょう。サステナビリティは抽象度の高い概念です。それを実際の数字に落とし込むのは容易ではありませんが、株主と資本コストとの関係が1つの参考になると思います。

 

 

2022年版の統合報告書を読んで

 統合報告書の中でも、ほとんどの企業がサステナビリティにページを割いています。発行企業数は右肩上がりで増えており、(そのすべてを読むことは困難ですが)私が2022年版の報告書を読んでいる中で感じたのが、「頭とお尻に各社の特徴が出てきたな」というものです。頭は巻頭の経営者メッセージ、お尻は後段にある社外役員の声(対談や鼎談も含む)を指します。

 

 経営者メッセージは経営者が自分自身で書いたもの、インタビューを書き起こしたもの、スタッフ部門が草案を作っているものなどさまざまかと思いますが、自身で書かれているメッセージは読み応えがあります。何度も何度も推敲を重ねたであろうことは文章から明らかです。社外役員の声も、外部の視点から自社の課題を明確に指摘する例が増えてきました。さらには、その課題の克服のために社内役員とともに汗をかいて取り組もうとする熱意が伝わってくるものも出てきました。

 

 一方で、社外役員でありながら、まるで社内役員のように業務執行の解説に終始しているケースも依然として少なくありません。私にとって、トップメッセージや社外役員の声はサステナビリティ課題への取り組みの本気度やコーポレートガバナンスの内実を知る絶好のバロメーターになっています。逆に、形式的な「声」を載せることは、ある意味でガバナンスリスクにもなってきています。

 参考までに、2022年から大学生が統合報告書を読んだ感想を円谷研究室で公開していますので、ご興味があればご覧ください(※1)。

(※1)学生による統合報告書感想プロジェクト2022
http://tsumuraya.hub.hit-u.ac.jp/special03/index.html

 

 

「女性活躍」を考える

 2022年版の統合報告書では女性活躍に関する記載が増えています。活躍指標の1つとして女性管理職比率にスポットが当たっています。もちろん管理職に就くことが活躍の1つであることに異存はありませんが、管理職になることが活躍のすべてなのでしょうか。「女性がどういう状態になれば“活躍している”ことになるのですか?」と聞くと、多くの開示担当者は口ごもってしまいます。管理職比率に引っ張られてしまうのは仕方ないのですが、「活躍とは何なのか?」という問いを深く掘り下げることが重要です。たとえば、社内で何かに挑戦する場合に女性が手を挙げにくいことはないか、挑戦に成功した場合に得られる果実は男女で平等か……など、立ち止まって、いま一度考えてみるとよいかもしれません。

 

 誤解を恐れずに言えば、これまで女性が活躍していなくても罰金や税金が課されることはありませんでした。しかしながら、それを放置すれば、いつかは女性というステークホルダーから経営資源の提供を受けることができなくなってしまいます。前述したサステナビリティの考え方に基づけば、女性に対して(非金銭的なものも含めて)適正な対価を払って存続可能性を担保する、それが企業自身の存続にもつながるわけです。2023年の始まりにあたり、新たな気持ちと目線で自社のサステナビリティ開示を見直してみてはいかがでしょうか。

 

円谷昭一(つむらやしょういち)氏
一橋大学大学院 経営管理研究科 教授

 

2001年、一橋大学商学部卒業。2006年、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。2011年より一橋大学経営管理研究科 准教授、2021年より現職。2019年、韓国外国語大学客員教員。専門は情報開示、コーポレート・ガバナンス。2007年より日本IR協議会客員研究員。日本経済会計学会理事、日本IR学会理事。2017年よりりそなアセットマネジメント「責任投資検証会議」委員。2020年より金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」委員。主著に『コーポレート・ガバナンス「本当にそうなのか?」大量データからみる真実』(同文舘出版,2017年12月)、『政策保有株式の実証分析』(日本経済新聞出版,2020年6月)など。

 

掲載日:2023年2月15日

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