いま押さえなければならない制度改正の動向 2022年は人的資本・環境に注目が集まる

 

  昨年(2021年)の年始メールマガジンに続き、本年も執筆させて頂くこととなり、大変嬉しく思います。昨年のトピックは、東証の市場区分の見直し、コーポレートガバナンス・コードの改訂、バーチャル株主総会の3つでした。これらは今年も引き続き注目しなければならないのですが、これに加えて本年は人的資本・環境に関する開示への関心がより高まると思われます。とりわけ人的資本について、2022年は開示元年と言ってもよいでしょう。

 

 

東証の市場区分の見直しとTOPIX

  1月11日(火)、東京証券取引所より上場会社による新市場区分の選択結果が発表になりました。現在の東証1部企業のうち、いわゆる「プライム適合」となった企業のほとんどはプライム市場に移行しました。他方、明田雅昭氏(日本証券経済研究所)の推計によれば、何らかの上場基準が未達成のために「プライム未適合」となった東証1部企業が約310社あり、うち約半数はプライム上場を申請し、残りの半分はスタンダード上場を申請しているそうです。結果的にプライム上場会社数は2,000社弱となる模様で、現在の東証1部とあまり変わらない構成銘柄となりそうです。このような現状から、昨年前半にあったような機関投資家の市場再編への期待感は同後半に萎んだように筆者は感じています。
  ただし、TOPIX(東証株価指数)がどうなるかについては企業の経営企画・IR担当者にとっては引き続きの関心事でしょう。現在は東証1部=TOPIXですが、今後はプライム≠TOPIXとなります。つまりプライム上場会社がそのままTOPIX構成銘柄になるわけではありません。TOPIX構成銘柄がこれからどのように組み替えられていくのかは、今のところ東証から具体的な指針は出ていません。しかしながら構成銘柄を絞り込む方向で組み替えられると思われますので(少なくとも今よりも増えることはない)、その動向には注意が必要です。

 

 

人的資本の開示元年に

 人的資本(human capital)への注目が高まっています。2021年6月に再改訂されたコーポレートガバナンス・コードに「人的資本」という言葉がはじめて登場したことがその直接的な契機ですが、欧米でも人的資本の開示を求める動きが活発化しており、世界的な動きとなっています。なぜガバナンス・コードに人的資本が加えられたのかというと、たとえば、日本企業が公表する経営計画(中期経営計画など)の多くでは、計画が進捗するにつれて加速度的に業績が向上する、いわゆるホッケースティック型の計画概要のスライドをよく目にしますが、結果的には「外部環境が想定以上に悪化した」といった理由で、計画が未達で終わることも少なくありません。つまり、単に経営計画を描くのではなく、「その計画を実行できる人材はいるんですか?」という点まで目配りしながら計画の達成可能性を評価していく必要があります。中期経営計画における事業ポートフォリオの組み替えについても、資産の組み替え計画についてですら開示はまだ少ない中で、「人材の再配置はどうするんですか?」という問いを企業も投資家も避けて通ってきた感があります。これらが中期経営計画の未達や事業ポートフォリオの組み替えの問題点として徐々に浮き彫りとなってきたことが背景にあると思われます。

 

 動きの激しい世の中で、従業員のリスキリング(学び直し)は各社の喫緊の課題だと思います。たとえば自動車業界であれば、ガソリン車から電気自動車へのシフトによって、エンジンの技術者をどのように配置転換するかが問題となります。そのためには各従業員がどのような能力を持っているのかを明らかにする必要がありますが、そうした従業員のスキル・経験・資格等の質的内容表記を社内で標準化できているのは大企業であってもごく少数にとどまると思われます。欧米では質的内容表記を標準化し、それを労働市場でも活用する動きが本格化してきています。昨年は役員のスキル・マトリックスが話題となりましたが、その従業員版の作成だと思ってもらってもよいかもしれません。
 人的資本についての公的な研究会も複数立ち上がっており、経済産業省では伊藤邦雄・一橋大学 CFO 教育研究センター長が座長を務める「人的資本経営の実現に向けた検討会」と北川哲雄・青山学院大学名誉教授が座長を務める「非財務情報の開示指針研究会」が、内閣府では加賀谷哲之・一橋大学教授が座長となり「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」が議論を進めています。近いうちに何らかの報告書が公表されてくると思います。また、昨年12月21日に金融庁から公表された「記述情報の開示の好事例集2021(サステナビリティ情報に関する開示)」の中でも人的資本に関する好事例がいくつも取り上げられています。人的資本については、『資本市場』12月号に「人的資本をめぐる動向と主要国比較調査」と題して拙稿を掲載しています。本メールマガジンが配信される頃には筆者のホームページにPDFで掲載できると思います。

 

 環境開示も引き続きのテーマとなります。2050年までに脱炭素を計画通りに実現できているかどうかは、2030年の中間経過でほとんど決まってしまうと言われています。つまり、「あと10年で地球の未来は決まる」という意識で欧米の関係団体は動いています。そうした波に日本企業が無縁であるわけにはいきません。昨年のメールマガジンは、「実務担当者にとっては負担も大きいであろうが、横並び意識を捨て、自社にとって最適な選択が何なのかを今から真剣に議論しておくとよいであろう」と結びましたが、本年もまたまったく同じ結びとさせて頂きたいと思います。

 

 

円谷昭一(つむらやしょういち)氏
一橋大学大学院 経営管理研究科 教授

 

2001年、一橋大学商学部卒業。2006年、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。2011年より一橋大学経営管理研究科 准教授、2021年より現職。2019年、韓国外国語大学客員教員。専門は情報開示、コーポレート・ガバナンス。2007年より日本IR協議会客員研究員。日本経済会計学会理事、日本IR学会理事。2017年よりりそなアセットマネジメント「責任投資検証会議」委員。2020年より金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」委員。主著に『コーポレート・ガバナンス「本当にそうなのか?」大量データからみる真実』(同文舘出版,2017年12月)、『政策保有株式の実証分析』(日本経済新聞出版,2020年6月)など。

 

 

掲載日:2022年1月12日

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