人的資本経営とは?企業価値を高める取組と開示 重要な2つ目のアクション イノベーション生む多様性

 

イノベーション生む多様性をいかに経営で活かすか

人的資本経営において重要な2つ目のアクションはダイバーシティ(多様性)の推進です。先が見えない時代に多様なニーズに応えていくためには、多様な価値観やその時代に合ったスキルを持った人材が必要です。女性ばかりでなく、外国人や中途採用を含めた中核人材の活用や育成が進んでいるか? 企業の競争力に繋がる取り組みとその開示について、改訂版CGコード(コーポレートガバナンス・コード)は要請しています。


「知・経験のD&I(多様性&包括性)」は、人材戦略に求められる5つの共通要素(「人材版伊藤レポート」)の一つで、学術的にも財務効果との関係が明らかにされています。例えば、グローバルに見て経営層の多様性スコアが平均以上の企業は、過去3年間で投入された新製品・サービスの割合が45%に上っており、多様性スコアが平均未満の企業(26%)を大きく上回っています。


知・経験のD&Iによるイノベーションの創出

 

日本では、女性役員比率の引き上げを目的に、経済産業省と東京証券取引所が共同で選出する「なでしこ銘柄」は、そのPBR(株価純資産倍率)が東証一部平均を大きく上回っています。


各年度「なでしこ銘柄」のPBR(株価純資産倍率)

また、日本では女性管理職比率が15%以上になると、財務効果が高まる傾向があります。労働政策研究・研修機構の「企業の人的資産情報の『見える化』に関する研究」(2018年)によると、従業員の女性比率が上昇すると、2年のラグをもって生産性が上昇する傾向が示されました。女性管理職率が15~20%の企業は、5%未満の企業と比べてROA(株主資本利益率)が約1.1%高くなります。さらに、「技術進歩の進捗率(※)」については、女性管理職登用率が15%を上回ることで、初めて企業業績が向上する可能性も示されています。


(※) 論文中では「全要素生産性(TFP)」で、労働や資本などの生産要素の増加で説明できない部分の増加を計測したもの。通常は「技術進歩の進捗率」を示すとされている。


 

女性活躍企業が示す企業価値 

人的資本経営を進めるにあたって、KPMGジャパンの「CFOサーベイ」で「モニタリングすべき指標の選定と目標設定」や「企業価値向上との関連付け」が課題との声が上がっています。


企業価値向上との関連付けについては、NECが2021年12月に開催したESG説明会の資料を見てみましょう。同社は、部長級以上の女性管理職数を1%増やすと、7年後のPBRが3.3%向上することを分析しました。2022年8月に策定された「人的資本可視化指針」も、人的資本への投資とROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)との関係を示すことは、投資家との対話を進める上で有効な手段だと説いています。


 

女性管理職比率の引き上げに向けた取り組みの進捗が外から見てもわかるように、「男性育児休職取得率」と「男女賃金格差」が新たに法定開示項目に加わりました。具体的な施策は企業によって様々ですが、施策と意識の両面から取り組むことが大切になってきます。


意思決定に多様性を埋め込む「人材プール施策」

指標や目標の設定には一工夫が有効でしょう。双日は、「女性管理職比率」のKPI(重要目標達成指標)を達成するため、その一歩手前に「女性総合職の海外・国内出向経験割合」を設定しています。これは、データ分析の結果、管理職登用時に同レベルならば海外経験者を優先する傾向がある一方で、管理職手前の女性が年齢的に子育て時期等と重なり、内外への出向経験が著しく少なくなることで、結果的に男性が昇進し易いことが分かったためです。企業によって異なる管理職の登用に必要な条件を洗い出し、独自のKPIを設定することで実効性が高まるでしょう。


 

積水化学工業は男性の従業員比率が高いため、女性管理職候補の育成に向けた第一段階として、女性若手社員の定着に力を入れています。


 

 

期待される生産性向上、男性育休は働き方改革

女性活躍の推進は男性の働き方改革でもあります。日本における男女の賃金格差の要因の一つに男性の長時間労働が指摘される中、人材の活用と生産性の向上を図るために、全ての従業員の働き方を見直す必要があるでしょう。その一手段として、男性の育児休暇取得率(21年度は13.97%、政府目標は25年度までに30%)が注目されます。法改正により、22年10月から「産後パパ育休(出生時育児休業)」が創設され、23年には従業員1,000人超の企業は取得状況の公表が義務付けられました。


男性が多い製造業からも、積極的に取り組む企業が増えています。技研製作所は、わずか2年で男性の育休取得率を60%超へ引き上げました。部門横断的な社内プロジェクトを立ち上げ、意識改革や金銭的な不安の払拭などを通じて育休取得を推進したことで、人材確保や業務の属人化排除などの効果が出ています。


 

積水ハウスは、トップコミットメントで男性の育休取得を進めています。「イノベーション&コミュニケーション」を合言葉に、職場での対話を重視しています。同社が毎年発行している「男性の育休白書」では、育休取得男性の約6割が生産性の改善を実感すると回答しました。「男性育児休業率」は、職場のコミュニケーションや生産性の向上を意識した働き方や企業風土が形成されているかを測る指標として、大いに活用されるでしょう。


育休を取得した男性の実態

 

 

米国だけでなく日本でも、女性役員が一人もいなければ投資家が見向きもしてくれない時代が近づいています。人的資本経営に重要な2つ目のアクションは、経営層から従業員までイノベーションに繋がる多様性を創出する取り組みを進めることと言えるでしょう。

山田雪乃⽒
大和証券チーフESGストラテジスト。 大和総研入社後、大和CMシンガポールを経て、2013年より大和証券。 シニアストラテジストとして、アジア新興国・豪州の株式・為替市場やコモディティ市場を担当後、2019年よりESG担当。海外企業調査の経験を活かし、ESG優良企業を事例にあげ、日本の企業価値向上をもたらすESG分析を提供。近年は「社会(S)」の分析に注力している。国際大学大学院修士(国際開発学)。 機関投資家が選ぶアナリストランキングInstitutional Investor2022にて「ESGリサーチ部門」3位。日経CNBC、ラジオ日経などメディア出演も多数。 YouTube大和証券グループ公式チャネル「注目!世界を変える『SDGs/ESG投資』」にて、毎月最終水曜日に、注目のESGトピックを動画配信している。

 

 

掲載日:2022年10月13日

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