人的資本経営とは?企業価値を高める取組と開示 なぜ「人的資本」に取り組むのか?「人的資本」経営の第一歩とは?

 

世界的に加速する「人的資本」経営への取組と開示

2022年に入り、日本で人的資本経営の取組と開示に向けた動きが本格化し始めました。これに先駆け、米国では2020年11月に開示が義務化され、欧州でも22年4月、情報開示指令の詳細基準の策定を進めています。


なぜ、世界的に人的資本経営が求められ、開示が要求されるようになってきたのでしょうか。日本の企業はどのように取り組み、開示していけばよいのでしょうか。まず、日本に先駆けて人的資本の開示が義務化され、すでに2年目を迎えた米国における開示例を見てみましょう。


出所:会社の年次報告書2021より大和証券作成


いかがでしょうか? 特徴的な企業2社をご紹介しましたが、随分と企業によって必要とされる人的資本の姿が異なり、それに伴って実施している施策も異なってくると思いませんか?


CSVヘルスに若干補足すると、同社CEOは非公式なランチ会やタウンホールミーティング(経営陣が従業員と直接対話できる集会)等を通じて従業員センチメントを把握し、SNS等で明らかにされる前に課題に対応できるようにしています。これに対して、ゴールドマンサックスは、より「スキル」の強化に力を入れているようです。


このように企業毎に特色がある一方、この2社に限らず、どの企業も、企業のパーパス(存在意義)や事業戦略を明確にした上で、「わが社に必要な人材はどのような人材か」を特定しています。このような開示を見れば、どのような企業で、どのような人材がいれば事業が計画通り実行されるのか、ありありと目に浮かべることが出来るでしょう。

 

企業価値を高める人的資本への取組と開示 

世界各国で、企業が人的資本を開示するようになって来たのは、ESG要因を含む非財務情報を分析しないと、企業価値を測れなくなってきたためです。グローバル化の進展にコロナ禍が追い打ちをかけ、多様なニーズに応えてイノベーションを生み出せる人材は企業の競争力に繋がっています。米国では無形資産(知的財産、人的資本、企業文化、企業ブランドなど)が大手企業の企業価値の約9割に上ります。日本の低い割合を見れば、人的資本への取り組みを進め、きちんと評価されれば、日本企業の企業価値は向上すると考えられないでしょうか。


時価総額に占める無形資産の割合

注:時価総額から純有形資産を引いたものを純無形資産としている。その純無形資産を時価総額で割ることで、そのインデックスに占める無形資産を割り出している。
出所:OCEAN TOMO「INTANGIBLE ASEET VALUE STUDY(2020年)」を基に経済産業省作成資料より大和証券作成。


2014年に発行された「伊藤レポート」は、ROE8%以上を目指すと共に、エクイティスプレッド(=ROE-株主資本コスト)を意識した経営の必要性を説いています。高いESG評価は各企業の資本コストを低減する方向に働きかけることも明らかになってきました。これまであまり取り組まれてこなかった人的資本の開示によって、良質なESGが明らかになり、株主資本コストが低減すれば、エクイティスプレッドの向上に繋がるでしょう。ESGの高い評価が企業価値の向上に貢献することで、見えない価値の見える化が可能になります。


実際、すでに多くのCFOが非財務的な要素も企業価値の重要な一部を構成しているとの認識を持ち始めています。KPMGジャパンによる「CFOサーベイ2021」において、「現在、または将来の企業価値に大きく影響すると思われるサステナビリティ関連課題(複数選択)」のトップに、「人的資本の開発・活用」(77%)が挙げられました。2位の「気候変動」(69%)に続き、3位には「ダイバーシティ」(53%)が位置しています。

 

ストーリーで語る「企業戦略」と「人材戦略」の連動

日本では今春、実務面では「人材版伊藤レポート2.0」、開示面では「人的資本可視化指針」の両輪で人的資本に取り組んでいく方向性が示されました。人材戦略に求められる3つの視点の中で最も重要なステップは、CEOやCHRO(人事部門の責任者)など経営陣の主導で、経営戦略と連動した人材戦略を策定・実行することです。


人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素(人材版伊藤レポート)

出所:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~」(令和4年5月)より大和証券作成


それでは、日本における具体的な企業の取組と開示例について、人材版伊藤レポート2.0実践事例集から見てみましょう(※より詳細な企業戦略や人材戦略の特定などは、企業のHPや統合報告書をご覧ください)。

出所:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集」 (令和4年5月)、会社HP、統合報告書より大和証券作成


このように、企業が新規事業を立ち上げて、人材の確保や社内人材への研修が必要になってくる場合、その必要な人材のスキルや人数、施策が明確化され、事業の進捗や実効性を確認できれば、投資家は将来の売上高や利益などの業績予想を引き上げることになり、結果として期待される企業価値の向上をもたらすことになるでしょう。


人的資本経営の第一歩は、「企業理念や事業戦略、パーパスは何か」「それを達成するために必要な『わが社の人材』はどのような人材か」を特定することです。その際、人事部門だけでなく、事業部門、財務部門など様々な部門間で話しながら進めていくことが大事でしょう。

山田雪乃⽒
大和証券チーフESGストラテジスト。 大和総研入社後、大和CMシンガポールを経て、2013年より大和証券。 シニアストラテジストとして、アジア新興国・豪州の株式・為替市場やコモディティ市場を担当後、2019年よりESG担当。海外企業調査の経験を活かし、ESG優良企業を事例にあげ、日本の企業価値向上をもたらすESG分析を提供。近年は「社会(S)」の分析に注力している。国際大学大学院修士(国際開発学)。 機関投資家が選ぶアナリストランキングInstitutional Investor2022にて「ESGリサーチ部門」3位。日経CNBC、ラジオ日経などメディア出演も多数。 YouTube大和証券グループ公式チャネル「注目!世界を変える『SDGs/ESG投資』」にて、毎月最終水曜日に、注目のESGトピックを動画配信している。

 

 

掲載日:2022年9月7日

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