財務実務家のつぶやきVol.6

リスクとポートフォリオ理論

財務のリスクは変動率

連載の最後にリスクについて考えてみます。財務でのリスクの概念と一般のビジネスパーソンが考える概念には多少ずれがあると感じるからです。財務では、結果に大きな変動(Volatility)がある場合に「リスクが高い」と言います。ビジネスでいえば、半導体事業や石油発掘事業などはその典型かもしれません。また、一般に「リスクは排除すべき」という考えから、高いヘッジコストをかける傾向がありますが、ゼロリスクではヘッジコストで利益、つまりはリターンもゼロに近くなります。「リスクを取って失敗すると責任を取らされる」という考え方では高い利益率を確保できません。どうすればリスクを最適化できるかはビジネスの永遠のテーマなのです。

自家保有という考え方

最近は地震リスク、サイバーリスク、あるいは今回の新型コロナウイルスに関わるパンデミックリスク等をリスク情報として開示する会社が増えています。一方で、どのような対策を取っているかとなると、ヘッジコストが高くて対応できない会社もあります。こうした時は、自分で取るリスク(自家保有)を決め、それを超える最悪のケースだけを保険でカバーする考え方が有効です。保険はリスクヘッジになるものの、自分で抱える方が大数の法則が効いて合理的な判断になる場合があります。リスクはヘッジするものと考えるだけではなく、自家保有できるかできないか、どれくらいの保有なら可能かなどを考える必要があるのです。また、保険が効かないリスクに対するキャプティブ保険は自家保有のためのヘッジ手段と言えます。

販売金融で学んだポートフォリオ理論

リスクを考える際に欠かせない金融理論にリスク分散を図るポートフォリオ理論があります。以下は、筆者の前職での米国勤務時代の経験です。勤務先の子会社が販売していた電話交換機や電話機に対する販売金融は米銀傘下のリース会社が担当していましたが、信用リスクの高い販売先には子会社が信用保証して販売することが度々ありました。これに対し、自社でリスクを抱えれば、金融で得られる利益と販売によって得る利益をいわば合算した分に対するリスクを保有することになります。金融からの利益のみに依存するリース会社のリスク保有に比べ、全体として有利になると考え、金融子会社を設立した上で販売金融部門を立ち上げました。グループ金融と販売金融の安定的な利益創出により、当時の米国で新興の通信会社から要求されたファイナンス供与に対しても、リスクを関係者間(財務、事業部、銀行)でシェアできるスキームが可能になりました。金融機関には優先劣後の返済スキームで共同でファイナンス供与してもらい、事業の確実性が見え、リスクが大幅に減少して通信会社の信用力が高まるタイミングでローン債権を売却するスキームを提案しました。


新興企業のようなリスク案件に対しては、このようにリスクを関係者間でシェアすることでしか対応できません。当時、積極的にファイナンス供与を行って売り上げを伸ばした米国やカナダの通信機製造会社は通信バブルがはじけて大きな痛手を受け、破たんが相次ぎました。当時、彼らのファイナンス供与はポートフォリオとして「分散してリスクを抑えている」との意見があり、筆者も同様なスキームを検討したこともありましたが、納得はできませんでした。結果は、通信バブルという業界全体が破綻する信用リスクには十分機能しなかったのです。リーマン・ショック時のサブプライムローンの証券化の問題点に通じるところがあります。

事業運営でも応用が利く

ポートフォリオ理論は金融理論としてよく知られていますが、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)のように事業運営でも応用の効く考え方です。前職では研究開発や設備投資で議論する機会がありました。


研究開発担当の役員に「当社が注力する技術分野に資金を投入する場合、反対の技術の進捗動向から検証するために競合技術を持つ会社に投資するファンドへの投資を検討してはいかがでしょうか」と提案したことがあります。理解を示していただけたのですが、その役員が急逝され、結局実行できなかった残念な経験があります。自社の技術に対する過信を防ぐため、競合相手の動向や第三者の視点を理解することで気づきが得られ、リスクを低減できると考えたのです。


半導体の設備投資は当時も巨額で、シリコンサイクルとの見合いから投資タイミングの判断が難しく、どうしても業績の良いときに偏ります。タイミングを誤れば、会社全体の業績に大きなインパクトを与えることになります。そこで自社保有の設備、3~5年後に返却できるオペレーティング・リースの設備、さらに当時は登場したばかりの製造委託の活用を組み合わせる方法、つまり生産設備のポートフォリオを提案しました。この時も、資金調達およびオフバランスの選択肢としての設備リースの導入は受け入れられましたが、ポートフォリオの考え方は受け入れられませんでした。

個人の資産形成にも有効

個人の資産形成についても触れておきます。日本人の金融資産の半分が預貯金で、リスクを嫌う性格を反映していると言われます。上場会社の経理・財務担当者を対象にしたセミナーや研修を実施していると、将来の経営幹部候補ともいえる方々でも株式投資を実践している人が少ないことに驚かされます。金融市場や業界動向を知る上でも、競合会社や興味のある個別株に投資すれば、事業戦略がどのように株価に影響するかについて理解が深まります。持株会での投資だけという場合も、ポートフォリオになっていないため、自社株が大幅に減価する事態になれば、資産形成に失敗する可能性が高いでしょう。筆者自身、前職での持株会を通じた株式取得が大きな割合を占めていましたが、ITバブル後の株価急落で大きく目減りしてしまいました。資産形成の中で一番の失敗です。株式投資は愛社精神で偏ることなく、バランスの取れたポートフォリオを構築するよう心掛けて欲しいと思います。


最後まで筆者のコラムにお付き合いいただき、感謝申し上げます。時代環境が異なるため、必ずしもお役に立てたかはわかりませんが、いくらかでも皆様の気づきとなれば幸いです。

 

大田研一氏 大田研一氏

電機メーカー(NEC)の財務30年で海外勤務13年(ニューヨーク)。

米国の財務手法を日本に移植

(CMS、コミットメントライン、本社ビルの証券化、シンセティックリース等)。

2001年から投資銀行、ベンチャー企業、戦略コンサルティング、MOT大学院教授を経て、2008年に株式会社アコーディア・ゴルフの取締役常務執行役員に就任。

2010年に退任し、現在は財務コンサルタント、社外取締役、大学兼任講師で活動。

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掲載日:2020年10月21日