財務実務家のつぶやきVol.2

使えるお金も使えないお金も同じキャッシュ?

皆さんは、会計上のキャッシュとして「バランスシートに記載されているお金はすべて使えるお金」と考えているのではないかと思いますが、いかがでしょうか。会計上、現預金と3カ月以内の短期の運用資産はキャッシュとして表示されます。しかし、海外の子会社が保有する手元資金は、自由に利用できるとは限りません。


見える円貨、見えていない外貨

会計上は「現預金」として計上されているキャッシュでも、資金を効率的に利用するのなら「親会社の口座に集中して使えるお金かどうか」という視点で考えることが必要です。国内では、円という共通の通貨で規制もないので、子会社の手元資金をCMS(キャッシュマネジメントシステム)によって親会社の口座に集中させることで、グループの資金効率は改善されます。


しかし、グローバルに展開する海外子会社の手元資金を親会社の口座に集中しようとすると、なかなか難しい問題があります。海外子会社はその国のローカル通貨でビジネスを行い、ローカル通貨で必要な資金を保有するからです。多様な通貨を集中しようとすると、通常は基軸通貨と呼ばれる米ドルに両替することが考えられますが、資本規制や外為規制によって簡単に集中できず、年に何回か「配当金入金」という形で余剰資金を吸い上げることになります。


連結決算では、グループの内外子会社が保有する現預金を円換算した合計金額がバランスシートに表示されますが、外部から見ると、「この現預金はどの国の口座で何の通貨なのか」という財務として最も重要なデータが開示されていないのは不思議な感じがします(内部でも、決算時しか分からないケースが多々あります)。「10年ごとに起きる金融危機に直面した時、会社は流動性を確保できる通貨を十分保有しているのか」「グローバル化が進み、海外事業の依存度が高くなればなるほど円資金より外国通貨の割合が高くなり、緊急で必要な資金が賄える通貨なのか」と疑問に思うことがあります。


海外投資家は時として「日本企業の手元金の保有レベルが高いので配当金で還元すべし」と主張することがありますが、「日本企業の海外展開でどこにお金があるのか」「そのお金は緊急時に使えるお金かを理解した発言なのか」と疑問を感じます。手元金の中身が人民元あるいはインドルピーやロシアンルーブルなら、急な対応は難しいと理解できるはずです。私は「海外事業の売上および利益が(全体の)50%超の上場企業の場合、保有している現預金の通貨別の明細を開示すれば、会社の財務状況をトレジャリーの立場から理解する上で大きな助けになる」と考えています。


使える?使えない?3つの「預金残高」

「使えるお金か、使えないお金か」について、もう一つ私の経験をお話します。前職で米国に勤務した1980年代に遡りますが、当時は米国での支払い・入金の殆どが小切手でした。小切手の入金は、受領して銀行口座に預け入れ(deposit)した時点で会計上は「入金扱い」となり、銀行帳簿にも記帳されます。しかし、実際は手形交換所経由で決済(clearing)されるまで、使えるお金にはならないのです。


米国の小切手は、預入銀行側で小切手のデータから支払い先の銀行を読み取り、銀行が設定したスケジュールに基づいて自動的に現金化のタイミングが決まります。従って、銀行口座にある預金は「当日使える残高」「翌日使える残高」「翌々日使える残高」という明細になり、その情報が必要な企業はCMSから入手して資金繰りに利用します。入金から現金化まで時間がかかるとすれば、支払いはどうなのでしょうか。月末に小切手を発行して仕入先に郵送(payment)すれば、会計上は現金が減少して同額の買掛金も減少します。しかし、銀行預金は実際に手形交換所で交換(clearing)され、銀行間での決済(settlement)が終了して初めて銀行の預金残高が減少します。会計上の預金残高と銀行残高の相違が発生するため、未決済の小切手の差額を検証する残高照合(reconciliation)が必要です。


決済には3つの段階「payment」「clearing」「settlement」があることを理解してください。高金利の当時、使えるお金は借入金返済あるいは運用に回して預金残高が少なく、買掛金の支払いが月末に集中すれば「月次決算上の銀行残高はマイナス」ということもあり得ました。初めてマイナス残高で報告した時、本社から心配して問い合わせがあったことを思い出します(財務にとって赤残の口座残高は恥ですから)。預金残高には会計上の残高(accounting balance)、銀行残高(bank balance)、使えるお金の残高(cleared balance)の3種類があります。財務(トレジャリー)が日常見ているのは、「使えるお金」がいくらあるのかということです。


日本では全銀システムでの送金が一般的ですので、銀行預金はすべて使えることが前提ですが、20%以上の短期金利を経験した当時の米国では資金の無駄は耐えられないことで、本格的なCMS構築の契機になりました。今は世界的に低金利でキャッシュリッチの環境になり、無駄なコストも無視できるかもしれませんが、金融環境は急変する性質そのものです。どんな時代も「常に将来の“what-if”シナリオに備える」ことが必要ではないかと思います。


 

大田研一氏

電機メーカー(NEC)の財務30年で海外勤務13年(ニューヨーク)。

米国の財務手法を日本に移植

(CMS、コミットメントライン、本社ビルの証券化、シンセティックリース等)。

2001年から投資銀行、ベンチャー企業、戦略コンサルティング、MOT大学院教授を経て、2008年に株式会社アコーディア・ゴルフの取締役常務執行役員に就任。

2010年に退任し、現在は財務コンサルタント、社外取締役、大学兼任講師で活動。

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掲載日:2020年3月4日

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