Vol.2 「士魂商才」は様々なビジネス、全ての人に共通する理念
~ハリウッドでトップであり続けるトム・クルーズの「士魂」とは~

 

 

当コラムは渋沢栄一の士魂商才の理念に触れつつ、具体的事例を紹介しながら、先の見えない時代をどう進むべきかについて考察します。

第1回は時代や世紀を超えて士魂商才の理念が息づく企業に着目しました。

第2回は個人にスポットを当てます。「人は東西や職業を問わず武士道で世に立っていかなくてはならない」という渋沢の理念を体現する人物としてハリウッドスターのトム・クルーズを取り上げ、巨大映画産業界で貫いている士魂について考えます。

 

洋の東西、職業問わず、自他の幸福求める「武士道」

渋沢が大切にした士魂は日本人の魂の根底に流れる武士道に基づいています。『渋沢栄一、武士道を語る~論語と実業と東西のサムライたち~』(渋沢栄一著、幕末明治研究会翻訳)では、武士道は「実業道」であるとしたうえで、その真髄は正義、廉直、義侠であり、学者や武士といった立場の人だけのものではなく、「東西を問わず、文明国における商工業者の立つべき道も含まれている」と説いています。特に興味深いのは、儒道や士道が根付く東洋の道徳心だけでなく、西洋における道徳心(正義や廉直)にも触れている点です。

 

西洋の道徳心については、代表作『論語と算盤』でも、「ヨーロッパの商工業者は、互いに個人でかわした約束を尊重し、損害や利益があったとしても、一度約束した以上は、必ずこれを実行して約束を破らない。これは彼らの固い道徳心に含まれる正義や廉直といった考え方が、そのまま実行された結果なのである」と、西洋に根付く武士道精神を讃えています。渋沢は洋の東西、職業を問わず、自分本位に私利私欲を求めずに「自他ともに幸福となるよう図ることこそが武士道の本義に適うものである」ことを様々な自著で強調しているのです。

 

 

      

「武士道で世に立つ」理念を体現するトム・クルーズ

武士道で世に立つべきだという渋沢の理念を体現する人物は様々な社会に存在します。世界中の誰もが知る有名人で言えば、俳優のトム・クルーズもその一人でしょう。彼は新渡戸稲造『武士道』の愛読家です。武士道に惚れ込んで製作した映画『ラストサムライ』(2003年日本公開)は、明治維新直後の近代化に突き進む日本を舞台に、政府軍と時代の流れにあらがう侍との戦いを描いて世界中で大ヒットしました。侍の生き方を貫く武将・勝元盛次を渡辺謙が演じ、米国アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされたことが話題にもなりました。同時に、トム・クルーズ自身が演じる元アメリカ南北戦争の英雄で北軍の士官であり、来日後は政府軍に訓練の指揮をした役柄よりも、武士道を貫く勝元の姿を強く美しく表現した彼のプロデューサーとしての手腕と心意気も称賛されました。

 

もちろん、政府軍を訓練する指揮官役を演じたトム・クルーズ自身も日本の歴史や文化、侍の習慣について学び、8カ月間に渡る剣道や武術の稽古で技術を習得しています。にもかかわらず、俳優として自分自身が目立つことよりも、ハリウッドでは無名だった渡辺謙を際立たせることでラストサムライの意味とメッセージを強調し、より観客を楽しませようとしたのです。トム・クルーズの士魂が託されたこの作品は、結果として日本人をはじめ多くの観客の心をつかむことに成功しました。

 

 

      

無遅刻・無欠勤で廉直さを体現

私は映画情報番組のMCとして、トム・クルーズには7回ほど会っています。その都度、感じたのは仕事に対する廉直さです。映画『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(2015年公開)に合わせて来日した際のインタビューでは次のような質問をしました。「すでに功績、名誉、収入において全てを手に入れているトムさんは、なぜ53歳になった今でも挑戦を続けるのですか?」。彼は、「僕は観客のために映画を作っているので、皆さんが楽しんでくれることが何よりも嬉しい。映画を作ることは4歳の頃からの夢だったんだ。だから、今こうしてそれが実現できていることに感謝したい。これまでの撮影では、遅刻したことも休んだこともない。時間は必ず守っている。撮影の現場はプレッシャーの塊のようなものだけど、それを感じるのは特権だと思うし、自分を極限まで追い込んで応えたいと思っているよ。どの作品でも新たな発見があり、学ぶことの連続だから、学び得ることも楽しい。仕事に対して真摯に向き合うことを大切にしている」と答えてくれました。

 

ビジネス社会でよく言われることですが、他の国々では時間を守るという概念が日本ほどは大切にされていません。日本では電車が少しでも遅延すれば、すぐにアナウンスが流れますが、米国を含め海外では電車の発着時刻が不正確であることも珍しくありません。そうした環境下、彼は40年近いキャリアのなかで一度も遅刻することなく約束した時間を守り、撮影を休むことがないよう体調を徹底管理し、真摯に仕事に向き合うという廉直さを体現し、人としての道に背かないよう気持ちを集中し続けてきたのです。

 

 

      

利他意識と正義の武士道貫く

こうした仕事に対する真摯な姿勢の根底には「観客を楽しませることが本望である」という利他意識があります。2018年公開の『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』来日記者会見では、「僕はキャリアを通じて、いつも自分にチャレンジを課しています。観客のために全力を尽くすことを主義とし、人生を映画製作に捧げています。(中略)素晴らしい映画人たちの才能を全てつぎ込んで、最高の娯楽を皆さんに提供したい。他の生き方は考えられません」と述べていました。自分だけが活躍し称賛されるのではなく、「数多くの映画人とともに最高の娯楽を提供する」という利他意識を常に持ち続けているのです。

 

さらに、映画産業界の中心地であるハリウッドを浄化し、更新したいという思いも様々なメディアを通じて発信しています。最近では、ハリウッド振興を目的に発足したゴールデン・グローブ賞の主催組織による悪行(収賄、利益相反、仲間内体質、ダイバーシティ不足等)が明るみになった際、抗議の意味を込め、これまでに受賞した3つのトロフィー(『7月4日に生まれて』と『ザ・エージェント』での主演男優賞、『マグノリア』での助演男優賞)を返上することで自らの強い意志を示しました。大スターである自分が過去に得た栄誉の象徴を返還することにより、腐敗した組織の改善と浄化を促し、ハリウッドに根付く私利私欲な体質を改めるべきであるという主張を彼なりの正義の形で表現したのです。

 

世界で406億ドル(約4兆5,000億円)、北米だけでも111億ドル(同1兆2,000億円)の市場規模を持つ映画産業界・ハリウッドにおいて大スターとして不動の地位を築いてきたトム・クルーズは、廉直さや正義の体現を通して彼なりの武士道を貫き続けています。華やかで煌びやかに見える巨大な映画産業界で起こっていることは一見、全く別の世界の出来事に感じるかもしれませんが、武士道の魂をハリウッドにも宿らせようとするトム・クルーズの理念は渋沢栄一の士魂商才にも通じます。来年の還暦を前に、最新作『ミッション:インポッシブル7』『ミッション:インポッシブル8』の同時撮影に挑んでいるとのこと。『トップガン マーヴェリック』の公開も控えており、士魂を大切にするハリウッドスターの勇姿から力を与えてもらえそうです。

 

 

鈴木 ともみ氏

経済キャスター、国士館大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員、Jazz EMPアンバサダー、総合芸術舞台『一粒萬倍 A SEED』アンバサダー、日本記者クラブ会員記者、FP、パーソナルカラリスト。

埼玉大学大学院人文社会科学研究科経済経営専攻博士前期課程を修了し、経済学修士を取得。

地上波初の株式市況中継TV番組「東京マーケットワイド」や「Tokyo Financial Street」(STOCKVOICE TV)にてキャスターを務める他、TOKYO-FM、ラジオNIKKEI等、ラジオ番組にも出演。

国内外の政治家、企業経営者、ハリウッドスター等へのインタビュー多数。主な著書『資産寿命を延ばす逆算力』(シャスタインターナショナル刊)、『デフレ脳からインフレ脳へ』(集英社刊)。

 

 

 

掲載日:2021年6月9日

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