Vol.1 1世紀もの時を超え今も生き続ける『士魂商才』とは
~事業と文化の融合を目指す株式会社プレナス~

 

 

日本は今、ビジネスモデルから働き方に至るまで様々な変革を迫られ、同時に未来に向けた指針を見出そうとしています。一方、国際社会ではESGやSDGsの潮流の下、「世界の未来が豊かで幸せであり続けるよう努力する」という目標が掲げられ、企業も積極的に取り組み始めました。こうした考え方は、日本の近代資本主義の父と言われる渋沢栄一の原点である「士魂商才」の理念と一致します。

当コラムは渋沢の理念に触れつつ、具体的事例を紹介しながら、先の見えない時代をどう進むべきかについて考察します。

第1回は、時代や世紀を超えて士魂商才の理念が息づく企業の例として、株式会社プレナスを取り上げます。

 

1878年、東京株式取引所設立を機に金融の街誕生

渋沢は1873年、日本初の銀行である第一国立銀行(現みずほ銀行)を日本橋兜町・茅場町に設立しました。「真正の利殖は仁義道徳に基づかなければ、決して永続するものではない」という「道徳経済合一説」に基づき、民間の力で国全体を潤したいと考えたからです。その後も同地を拠点とし、500近い企業や団体の設立・運営に関わっていきます。
家業を中心とする商売が一般的な時代にあって、若くして欧州を視察し資本主義経済の実態を目の当たりにした渋沢は、「日本の産業界を発展させるためには株式を発行して取引所で広く資本を募り、事業規模を大きくすることが欠かせない」という資本主義の必然性を見出し、株式を売買する取引所の設立にも尽力します。こうして1878年に生まれたのが、日本初の株式取引所である「東京株式取引所」(東株、現東京証券取引所)です。金融の街、事始めの街として知られる日本橋兜町・茅場町の歴史は東株の設立から始まり、国際金融都市構想を掲げる今につながっています。(※1)

 

(※1)明治150年 明治期の証券市場誕生

出典:日本取引所グループホームページ

 

 

      

1886年、新たな食文化と金融マンの胃袋を支える「彌生軒」誕生

東株設立の8年後、1886年に同地に誕生したのが西洋料理店「彌生軒」です。国を挙げて近代化に突き進む激動の時代。産業界から日常生活に至るまで西洋の制度や技術が相次ぎ導入されるなか、洋食は海外の要人をもてなす外交の手段であり、新たなビジネスや生活様式の先駆けとなる食文化の一つでした。同時に、彌生軒は当時の日本経済を牽引していた金融マンやビジネスマンたちの胃袋を支える存在でもありました。
創業したのは塩井民次郎。武家出身ながら、料理人として宮中晩餐会や式典の料理を担当する上野精養軒で腕を磨いた後、ビジネスの新分野として洋食を提供する商売と新たな食文化の発信に挑戦しました。評判は上々で、大山巌陸軍大将、勝海舟らをはじめ、多くの政府高官も通っていたという記録が残っています。

 

 

      

渋沢と塩井、同時代に同じ街で士魂商才を貫く

渋沢同様、塩井もまた、始動したばかりの金融の街で洋食という、これまでの時代になかった商売と文化を発信し、新たな食の楽しみ方を提供することで人々を幸せにしたいという道徳心を持ち合わせていました。
ともすれば対立関係にも見える道徳と商売・経済が実は結びついている。それを渋沢は士魂商才という言葉で表現していますが、塩井も洋食という新たなテーマの下、食の提供事業とともに食文化の発信という士魂商才を貫いたのです。

 

民次郎の息子で彌生軒の2代目、和助は巡洋艦「出雲」で「割烹」として世界を巡るなかでフランス語を習得し、当時としては珍しい全てフランス語のメニューを提供するなど新たな文化を取り入れた商売を進めます。開国直後に洋食という新分野に挑んだ民次郎から、グローバルな視野で商売を展開した和助へと塩井家のスピリッツは受け継がれ、1960年に和助の息子である末幸氏が有限会社太陽事務機(プレナスの前身)を設立します。

 

 

      

弁当販売とビル屋上の米作り、商売と道徳を結び付け

時代の変化を読み、事業に取り組む中で、太陽事務機は1980年にフランチャイジーとして持ち帰り弁当の「ほっかほっか亭」の店舗展開を始めます。1990年に株式会社プレナスに改組・商号変更、2002年には東証1部に上場します。現在は持ち帰り弁当店「ほっともっと」や定食店「やよい軒」などを中心に事業展開し、年間3億を超える食を世界に届けています。
同社は「世界の食文化の発展に貢献する」との理念を掲げ、事業と文化の融合も目指しています。具体的には、米にまつわる様々な歴史や生活文化を研究する「Plenus米食文化研究所」を設立し、日本の食文化の魅力を国内外に発信しています。なかでも、イギリスの番組制作会社BBC Earth Productionsと共同制作した「The Story of Rice」は、アイルランド出身の著名シェフ、レイチェル・アレンさんが日本のお米の歴史と魅力を学ぶために日本国内を旅するレポート番組として海外のテレビ局で放映されるなど、グローバルな発信につながっています。

 

米文化継承事業の一環で茅場町の東京本社ビル屋上に田んぼを作り、地元の小学生らと一緒にお米を育てる活動にも力を入れています。「茅場町あおぞら田んぼプロジェクト」と名付け、生きるために必要な食物の大切さと収穫への感謝の心を育み、道徳心を養うなかで米文化を継承し、未来へつなげていくことを目指しています。
食の提供事業というビジネスと、食文化の学びや研究を通して心身ともに豊かに生きていくことの素晴らしさを伝える活動を継続し、明治時代から世紀を超えた士魂商才を貫いているのです。

 

ESGやSDGsは、「道徳と商売が実は結びついている」という士魂商才の考え方にも通じます。渋沢が興した企業・団体や塩井家のプレナスに限らず、士魂商才を貫く組織は他にも様々に存在しています。新たな時代を担う士魂商才企業を見つけ、その活動に注目してみてはいかがでしょうか。

 

 

鈴木 ともみ氏

経済キャスター、国士館大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員、Jazz EMPアンバサダー、総合芸術舞台『一粒萬倍 A SEED』アンバサダー、日本記者クラブ会員記者、FP、パーソナルカラリスト。

埼玉大学大学院人文社会科学研究科経済経営専攻博士前期課程を修了し、経済学修士を取得。

地上波初の株式市況中継TV番組「東京マーケットワイド」や「Tokyo Financial Street」(STOCKVOICE TV)にてキャスターを務める他、TOKYO-FM、ラジオNIKKEI等、ラジオ番組にも出演。

国内外の政治家、企業経営者、ハリウッドスター等へのインタビュー多数。主な著書『資産寿命を延ばす逆算力』(シャスタインターナショナル刊)、『デフレ脳からインフレ脳へ』(集英社刊)。

 

 

 

掲載日:2021年5月14日

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