リスク管理の新たな潮流 RIMSから見たリスクマネジメントの潮流
第2回 複雑化するリスクに対応する

組織を取り巻くリスクは大きく変化している。例えば、現在、インフレが経済活動に大きくのしかかってきている。これは組織が所有する資産、とりわけ有形資産の管理に直接的な影響を及ぼす。所有資産の価値を維持・保護することはリスクマネジメントの一つの役割であり、リアルタイムで資産価値を正しく評価することがその基盤になる。しかし、旧来の価値を前提としていることが多く、適切にリスクに対応することを難しくしている。

 

リスクが複雑化、組織間で取り組みに格差

最も大きな変化は、リスクが複雑化し、しかもその動向と、それが与える影響のスピードが速くなっていることである。複雑化の原因は、リスク間の関係性の強まりと広まりである。生じた一つのリスクが、複数の他のリスクに影響を及ぼすため、従来の個別的なリスク対応では追い付かない。すなわち、かつてのリスク・プログラムが無力化してしまうリスクが高まっていると言える。

 

リスクと保険の総合的なSaaS(Software as a Service)プロバイダーであるオリガミ・リスク社は毎年リスク状況に関する報告書を発表している。2023年版では、こうした複雑化するリスクへの対応に関して報告した。20業種を超える300人のリスク・セキュリティ専門家を対象とした調査によると、組織のリスク・プログラムは大幅にレベルアップされていて、こうした取り組みにおいて組織間で格差が広がっている。

 

リスク環境の把握、データの収集・分析が必須条件に

この調査では、対象となる組織を、全社的にリスクに対応できる体制を整え、リアルタイムで継続的な改善を促進できるリスク・プログラムを有する「先進グループ」、対照的に部門別・機能別で場当たり的なリスク・プログラムしか持たない「出遅れグループ」、その中間にある「中間グループ」の三つに分類。その上で、グループ間比較も踏まえ、リスク対応を分析している。

 

分析結果によると、先進グループの数が前年対比で倍増し、リスクデータを他のシステムと統合することを計画している組織も急増している。リスクを組織の優先課題であると位置づける回答者も大幅に増え、「リスクに対応するための技術へのIT投資を継続している」「AIを積極的に活用しようとしている」といった姿が明らかになった。この状況を踏まえて、オリガミ・リスク社は「リスク・プログラムが大幅にレベルアップされている」と評価した。

 

多くの組織がレベルアップを実行し、先進グループへと移行している中、手をこまねいていれば、今までは中間グループであった組織は出遅れグループへと落ちてしまう。実際、中間グループは、その数が減少していることも報告されている。もちろん、出遅れグループは、先進グループとの間の格差がますます広がることになる。

 

では、どうすべきなのか。最も重要なことは、諸リスクが連動して影響し合う状況では、個別的なリスクではなく、全体像を統一した視点で把握し、広い視点から対策が打てるような体制を作り込むことである。旧来の部門別・機能別のリスクに対応するシステムを変革し、全社的な視点からのリスク対応が可能になるようなシステムを構築することである。それには、いわゆる「レガシーシステム(過去の技術や仕組みで構築されているシステム)」では対応は不可能である。

 

複雑化するリスク環境を把握するには、そうした状況を把握するためのデータを収集、分析することが必須条件となる。とはいえ、時間とコストの制約はついて回るため、効率的に実行することが求められる。個別的に活用されている組織内にあるデータをすべて集約して、分析することは不可能であるし、非効率である。データはあくまでもデータであり、それぞれが異なる文脈で収集され、分析されている。統一されたストーリーの下で、そうしたデータを収集、整理、分析することが求められる。

 

求められる新たな仕組みづくり、リスク管理と事業・経営戦略の統合に意味

ここにリスクマネジメントを事業戦略、経営戦略と統合することの意味がある。組織は毎年、戦略の策定と実行に多くの時間とコストをかけている。その際に収集、分析されるデータは膨大なものである。そこにリスクの視点を加えることで、多くのリスクの間の関連性を把握できるし、ビジネスの視点から優先順位をつけることも可能となる。しかも、必要となるデータを選別するための基準にもなりうる。先進グループは、こうした仕組みづくりに向けて拍車をかけているというのである。

 

戦略策定や実行でのフォローアップ情報の収集・分析は、それらが長年蓄積されてきたことを考えれば、当該組織にとって知恵の塊である。報告書は「リスクマネジメント担当部署からすれば、これらは人の宿題を活用することである」「人の宿題の活用ということから言えば、取引先が培ってきた情報、知識もそれに含まれる」「組織外部の『他人の宿題』も活用できるものは活用すべき」と指摘した。

 

リスク環境の変化とその影響の強大化という状況に直面している今、リスクに対応するための新たなシステムづくりが求められている。

 

◆RIMS(the Risk and Insurance Management Society)とは
世界最大のリスクマネジメントの非営利組織で、世界に80支部を抱え、75カ国のリスクマネジャー、1万人の会員を擁している。

神田 良(かんだ まこと)氏
明治学院大学名誉教授
1953年長野県生まれ。一橋大学商学部卒業、同大学大学院商学研究科修了。明治学院大学経済学部専任講師、助教授、教授を経て、2022年3月定年退職。経営戦略論、経営組織論、労務管理論などを専門とする。経営戦略を中心にグローバル化、ISOマネジメントなど幅広い研究領域に関心を持つ。東京商工会議所中央支部老舗企業塾の創設に参加し、日本生産性本部や日本科学技術連盟での調査研究や、企業内経営スクールでの講師を務めるなど、実務と結びつく研究に重きを置いている。現在は、(一財)リスクマネジメント協会理事長、米国RIMS(the Risk and Insurance Management Society)日本支部支部長、生産性本部生産性運動基盤センター総括アドバイザーなどを兼任。
   

掲載日:2023年9月5日

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