去る5月1日~3日、米ジョージア州アトランタで、RIMS(the Risk and Insurance Management Society)の年次大会が開催された。RIMSは世界最大のリスクマネジメントの非営利組織で、世界に80支部を抱え、75カ国のリスクマネジャー、1万人の会員を擁している。組織のリスクマネジメントの強化とリスクマネジャーの能力向上に貢献している。
新興リスク対応で求められるレジリエンスの強化・充実
今大会には世界70カ国から9,000人が参加し、300の発表を聞いて、学び、議論した。大会はRISKWORLDと呼ばれているが、今回は「レジリエンスに向けてリスクマネジメントを強化・充実していこう」とのメッセージが発信された。リスクマネジメントは増々その重要性を高めているが、従来の知識・経験では対応できないことが多くなってきている。
従来、影響は大きいが、生じる確率がほとんどないと思われたリスクが頻繁に起き始めている。そうした新興リスクに対応してリスクマネジメントの機能を強化していくためには、①組織戦略の方向に沿って、戦略の内容、戦略の実行に関わるリスクを事前に検討②リスクイベントが生じる兆しを早期に察知③迅速に対応できる態勢を構築--することで、組織の強靭さと回復力、つまりレジリエンスを強化することが求められる。こうした問題意識を共有し、リスクマネジメントの新たな航海に踏み出し、一緒に学んでいこうとのメッセージである。
コロナ禍で仕事の在り方が変化
基調講演では米国人的資源管理協会(the Society for Human Resource Management)のCEO、ジョニー・C・テイラーJrが、同協会で実施した調査結果に基づいて、組織レジリエンスで鍵となる人材活用について知見を披露した。コロナ禍で仕事の在り方が大きく変化し、オフィスで一緒に働くことが制限されたことに対応して、働き方に対する従業員の考え方も大きく変化した。組織の要となる人材に変化が現れ、これに対応するため、人材リスクに対するマネジメントの高度化が求められているという。
日本と同様、米国でも少子高齢化は人材リスクとなっている。すでに「大量離職時代」と言われ、多くの従業員が、よりよい職を求めて転職していて、これにコロナが拍車を掛けた。転職はより高い職位と金銭的報酬を得られ、より満足できる職場での労働の確率を高めるからである。従業員の流動化が高まり、高い能力を持つ人材の確保が大きな課題となっている。
離職者の多くが転職を後悔も
しかし、調査結果によれば、離職した多くの人が、転職を後悔していることが明らかになった。青く見えた隣の芝生は、それほど魅力的でなかったのである。そこで、転職した人材に対しては、定期的に接触し、再度、自社に呼び寄せることも、重要な採用戦略になるという。しかも、人材不足は高齢者の雇用確保も促進させ、結果として、ベビーブーマー、X世代、ミレニアム世代、Y世代、Z世代と、価値観が異なる5世代が一緒に働くことが現実となっている。ここにも、ダイバーシティ・マネジメントが求められ、多様な価値観を活用することも、組織力を高めるための条件となる。
コロナで顕在化した多様な働き方へのニーズ、多様な価値観を活用することで異なる世代人材をより効果的に活用することへのニーズ--。この変化に対応するためには、人々の異なるニーズに対応できる柔軟な人材活用、そしてこの組織で働くことの意味を納得できる組織価値を明確にする組織文化が必須となるという。これによって、予想外の新興リスクへの対応力を高めることも可能となるからである。組織レジリエンスの要は、人のレジリエンスにある。
組織戦略の実現を支援するリスクマネジメントとは
もう一つの基調講演は、チャブ保険グループ会長兼CEO、エヴァン・G・グリーンバーグによるもので、彼の経験に基づき、われわれが直面しつつある新興リスクがどのようなものであるかを明らかにしたものである。
組織戦略の実現を支援するリスクマネジメントは、組織が直面する環境変化を機敏に察知し、事前・事後の両方で組織の対応能力の構築に貢献することである。RIMS大会では、新興リスクへの対応とそれを支える組織レジリエンスの構築に向けて、リスクマネジャーが共に学び合っていこうとの方向性を共有していた。=敬称略
明治学院大学名誉教授
1953年長野県生まれ。一橋大学商学部卒業、同大学大学院商学研究科修了。明治学院大学経済学部専任講師、助教授、教授を経て、2022年3月定年退職。経営戦略論、経営組織論、労務管理論などを専門とする。経営戦略を中心にグローバル化、ISOマネジメントなど幅広い研究領域に関心を持つ。東京商工会議所中央支部老舗企業塾の創設に参加し、日本生産性本部や日本科学技術連盟での調査研究や、企業内経営スクールでの講師を務めるなど、実務と結びつく研究に重きを置いている。現在は、(一財)リスクマネジメント協会理事長、米国RIMS(the Risk and Insurance Management Society)日本支部支部長、生産性本部生産性運動基盤センター総括アドバイザーなどを兼任。