取締役のスキルへの注目が高まっている
前回取り上げた資本生産性とともに、機関投資家の注目が高まっているのが取締役のスキルである。説明の仕方は各社様々だが、スキルマトリクスを用いて説明する企業が徐々に増えている。スキルマトリクスについては一橋大学商学部の遠山幸世、濱崎加奈子両氏が2019年に発表した論文「取締役スキル開示の日米比較と日本企業への改善提言」(注)を参照してほしいが、2020年6月に開かれた株主総会でもイビデンや武蔵精密工業、ミツウロコグループホールディングス、アネスト岩田、ヤマハ発動機などが招集通知に掲載している。
スキルマトリクス事例
なぜ、取締役スキルの開示が必要なのか。それは、コーポレート・ガバナンス改革の進展により社外取締役の導入が進み、関心事がそれまでの人数から質へと移ってきていることによると考えられる。CEOや企業統治に関するアドバイザリーを手掛ける企業統治・経営人材コンサルティング会社、エゴンゼンダー社が実施した「企業統治実態調査2016」によれば、「社外取締役の貢献度」という設問に対して「非常に高い」と回答した割合は、社外取締役が1人の企業で13.2%、2人では16.8%だが、3人以上だと26.8%に高まる。2017年、18年の調査でもほぼ同様の結果が得られている。社外取締役の貢献度は人数が3人を超えると、それまでとは違った水準に高まるようだ。筆者がIR担当者とのミーティングで紹介すると、「うちもそうだ。社外取締役が3人になったとたんに喋りだした」といった感想が複数先から返ってきた。社外取締役が3人を超えると活動が積極化するというのは実務家の肌感覚とも合っている。
この結果をどう解釈したらよいだろうか。筆者は、3人になるとチームとして活動するようになるからだと考えている。名の売れた著名社外取締役は別として、多くの場合(大変失礼な言い方だが)スーパーマンではない。発言を憚る時もあれば、全体の雰囲気に迎合することもあるだろう。しかし、チームとなって他の社外取締役からの援護が期待できるなら、1人だと躊躇していたような発言もするかもしれない。その意味で、3人という数字を筆者は重視している。
東京証券取引所が隔年で公表している「東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書」の2019年版によれば、独立社外取締役の平均人数がJPX日経400採用銘柄の平均で3.11人となり、初めて3人を超えた(東証1部の平均は2.46人、東証全体の平均は2.04人)。データは2018年7月時点なので、その後2年間の増員や独立性のない社外取締役の人数も加えれば、東証1部企業の多くで社外取締役は3人に達していると思われる。であれば、チームとして活動する素地が整ったことになる。今後は、企業が社外取締役に求める能力や役割を明示し、チームとしてうまく機能するよう多様性やバランスを考えて選任していることを示す必要が増すだろう。もちろん、これは社内取締役にも当てはまる。
取締役の多様性やスキルのバランスを示す方法は様々で、スキルマトリクスを必ず用いなければならないというわけではない。ただ、スキルマトリクスは一覧性もあるため、採用企業が徐々にではあるが増えている。実際に開示するには乗り越えなければならない実務上の課題も多く、機関投資家と向き合う本気度が問われることになる。
(注) | 第10回プロネクサス懸賞論文優秀賞(2019年、プロネクサス総合研究所主催)。 スキルマトリクスについては円谷研究室で最新動向を調査しており、改めて報告する予定。 |
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2001年、⼀橋⼤学商学部卒。2006年、⼀橋⼤学⼤学院商学研究科博⼠後期課程修了、博⼠(商学)。埼⽟⼤学経済学部専任講師、准教授を経て、2011年から⼀橋⼤学⼤学院経営管理研究科准教授。2019年、韓国外国語⼤学客員教員。専⾨は情報開⽰、コーポレートガバナンス。2007年から⽇本IR協議会客員研究員。⽇本IR学会理事も務める。2013年、経済産業省「持続的成⻑への競争⼒とインセンティブ-企業と投資家の望ましい関係構築を考える-」委員。2017年、りそなアセットマネジメント「責任投資検証会議」メンバー。
主著に『コーポレート・ガバナンス「本当にそうなのか?」 ⼤量データからみる真実』(同⽂舘出版)、『政策保有株式の実証分析』(⽇本経済新聞出版)など。