アクティビストの変化
2020年6⽉の株主総会シーズンでは、コロナ禍での総会開催というニュースの陰に隠れがちではあったが、アクティビストによる株主提案が活発になされたことは特筆に値する。とりわけ、⽶投資ファンドのファーツリー・パートナーズ(Fir Tree Partners)が⾃らJR九州に出した株主提案の内容を説明するウェブキャストは、アクティビストの活動が新しい次元に⼊ったことを予感させるものであった。
みずほ証券の菊地正俊⽒の新著『アクティビストの衝撃』(中央経済社)によれば、アクティビスト活動の第3次ブームが到来しているという。1980年代の終わりに⽶著名投資家、ブーン・ピケンズ⽒が率いるブーン・カンパニーが⼩⽷製作所の株式を買い占めた⼩⽷・ピケンズ事件に代表される投機的アクティビズムが第⼀世代、21世紀に⼊りスティール・パートナーズに代表される株式還元拡⼤を⽬指した⼀連の短期志向型アクティビズムが第⼆世代であった。それに対して、第三世代のアクティビストは投資対象の株式を中⻑期にわたって保有し、企業内容を⼗分に精査したうえでコーポレートガバナンスの改善などによって株主価値を⾼めるための活動に軸⾜を置く。菊地⽒によれば、「⽶国ではアクティビストファンドが、⼤⼿投資銀⾏やコンサルティング会社並みの尊敬を集めている」という。
ファーツリー・パートナーズは6⽉11⽇午前10時から、株主提案の説明をウェブキャストでライブ配信した。これまで、アクティビストが国内機関投資家向けに説明会を開いたり、提案先の企業の株主に向けてメッセージを発したりしたことはあったが、今回はJR九州の株式を保有していなくても、そのウェブキャストを視聴することができた(実際、筆者はJR九州の株主ではない)。
そこで強調されていたのはJR九州の資本⽣産性に関する懸念と、JR九州が企業価値を⾼めるうえで必要なスキルを持った社外取締役の不在についてであった。ウェブキャストにはファーツリー・パートナーズが提案している社外取締役の候補者3名も登場し、⾃⾝のこれまでのキャリアや選任された場合の抱負を述べるなど、(主張の是⾮は別として)⾮常に丁寧な説明会であったと筆者は感じた。
第三世代のアクティビストは、資本生産性の向上策やコーポレートガバナンスの改善・強化といった提案を通じて企業価値を高めることで投資リターンの拡大を狙う傾向がある。この2つの点は多くの日本企業が直面している問題であり、決して対岸の火事ではない。国内機関投資家もまた、議決権行使結果の個別開示が定着した今、こうしたアクティビストの株主提案に対してどのような理由で賛否を投じたのか、その説明責任がますます問われる時代となっている。
結果として、ファーツリー・パートナーズによる株主提案はすべて否決された。3人の社外取締役候補者の賛成率はA氏が32.60%、B氏が24.84%、C氏は15.10%。この賛成率が高いのか、低いのかを一概に判断することは困難だが、同様に香港ファンド、オアシス・マネジメントから株主提案を受けた三菱倉庫での社外取締役候補者2名の賛成率がそれぞれ22.12%、19.82%であったことを勘案すると、相対的に多くの票が集まったと考えることもできなくはない。
国内機関投資家がアクティビストによるこれらの株主提案に賛成票を投じたかどうかは、筆者がホームページで公開している機関投資家の個別行使結果の集計をご参照頂きたい。ファーツリー・パートナーズの株主提案に賛成票を投じた国内機関投資家は一部にとどまった。ただ、アクティビストの提案内容が以前と比べ、より企業価値向上に沿ったものに変化し、また提案内容の説明も丁寧に行われるようになる中で、国内機関投資家が株主提案への投票行動を見直す動きが出てくるかもしれない。そうした中でポイントとなる資本生産性と取締役のスキルについて、次回以降でさらに考察する。
円⾕昭⼀研究室「機関投資家の議決権⾏使結果」
2001年、⼀橋⼤学商学部卒。2006年、⼀橋⼤学⼤学院商学研究科博⼠後期課程修了、博⼠(商学)。埼⽟⼤学経済学部専任講師、准教授を経て、2011年から⼀橋⼤学⼤学院経営管理研究科准教授。2019年、韓国外国語⼤学客員教員。専⾨は情報開⽰、コーポレートガバナンス。2007年から⽇本IR協議会客員研究員。⽇本IR学会理事も務める。2013年、経済産業省「持続的成⻑への競争⼒とインセンティブ-企業と投資家の望ましい関係構築を考える-」委員。2017年、りそなアセットマネジメント「責任投資検証会議」メンバー。
主著に『コーポレート・ガバナンス「本当にそうなのか?」 ⼤量データからみる真実』(同⽂舘出版)、『政策保有株式の実証分析』(⽇本経済新聞出版)など。