日本企業の業績予想の開示傾向
2020年はコロナ禍の影響で経営環境の不確実性が高まったことを受け、日本企業の業績予想に変化が見られました。業績予想の開示割合は9割以上から4割程度まで大幅減少し、わずかではありますが、幅をもたせた予想(レンジ予想)の開示数も増えました。東日本大震災の発生直後ですら8割の企業が特定値の予想(ポイント予想)を開示していたことを考えると、コロナ禍の影響がいかに大きかったかということがわかります。
これまで業績予想の開示形式に変化が見られなかった理由については、東証によるアンケート調査結果(2009年)が参考になります。「業績予想を特定の数値(ポイント)で開示する投資者のニーズが強く、こうした取扱いは利用しにくい」(39.1%)、「同業他社が利用していないため利用しにくい」(15.1%)のほか、「業績の目安としては、レンジ形式よりも一本の数値(ポイント)で開示する方が望ましい」「業績予想の開示方法を変更すること自体、マーケットではネガティブに受け取られるだろう」といった回答もありました。日本企業は投資家など市場関係者のニーズや同業他社の動向を考慮したうえで、あえて業績予想の開示形式を変えない選択をしていたと言えそうです。
米国企業の業績予想の開示傾向
海外に目を向けると、米国には将来予測情報の開示を求める規制はなく、企業はプレスリリース、カンファレンスコール、ウェブキャストなどで自主的に将来予測情報を開示しています。下のグラフは米国企業の業績予想の開示実態を示したものです。棒グラフ(右軸)が業績予想の開示企業数、折れ線グラフ(左軸)が予想形式別(ポイント予想、レンジ予想、上限または下限予想、質的予想)の企業の割合をそれぞれ表しています。2000年を境に業績予想の開示数が増加し、レンジ予想の割合も2011年には9割を超えるまで高まっています。この変化は、2000年10月にFDルール(フェアディスクロージャー制度)が施行されて以降、アナリストのポイント予想を求める圧力が弱まったこと、訴訟リスクを回避する米国企業の経営慣行などが影響したと考えられています。
(出典)Tang et al. [2015]p.52を筆者が加工
Tang,M., P.Zarowin, and L.Zhang, 2015, “How Do Analysts Interpret Management Range Forecasts?,” Accounting, Organizations and Society, 42, pp.48-66.
レンジ予想を開示する日本企業
日本でもレンジ予想を選択する企業が増えていますが、米国と比べて圧倒的に少ないことがわかります。とはいえ、一部の企業では業績予想の開示形式に工夫が見られます。具体例を2つ紹介します。
一つ目は船井総研ホールディングスです。2020年2月5日、コロナ禍がまだ深刻にとらえられていなかった時期ですが、すべての項目のポイント予想を通期と半期で開示していました。その後、5月20日の第1四半期決算発表で半期の項目をレンジ予想に変更し、通期を非開示にしています。さらに、8月20日の第2四半期決算発表では通期の全項目をレンジ予想に変え、10月30日の第3四半期決算発表で通期の全項目をポイント予想に戻しています。元々はポイント予想でしたが、コロナ後は、非開示、レンジ、ポイントの順で開示形式を見直しており、業績予想の開示に工夫が見られます。
(出典)株式会社船井総研ホールディングス「2020年12月期 第3四半期決算概要書」
二つ目はタムラ製作所です。2020年5月14日の決算発表で通期予想は売上をポイント、それ以外をレンジ、半期予想は全項目をポイントとしていました。その後、10月の第2四半期発表で通期の全項目をポイント予想に変更しています。通期と半期で予想形式を使い分け、さらに時の経過につれてレンジからポイントに変えており、同社も業績予想を工夫しています。
(出典)株式会社タムラ製作所「業績予想及び配当予想の修正に関するお知らせ」2020年10月22日
東証による開示規制上の要請では、ポイント予想の前に取りうる代替手段としてレンジ予想が示されています。しかし、レンジ予想の開示企業は少なく、代替手段として利用されているわけではなさそうです。激甚災害だけでなく第4次産業革命(※)によって経営環境の不確実性が高まっていることもあり、上記2社や米国企業のようにレンジ予想の利用を検討する最良の時期と言えそうです。
(※)第4次産業革命とは、18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く、IoT及びビックデータ、AI(人工知能)といったコアとなる技術革新を指します。
東京都立大学大学院経営学研究科教授。博士(商学・慶應義塾大学)。
日本銀行金融研究所客員研究員、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員などを歴任。
現在、日本経済会計学会常任理事、日本経営分析学会常任理事、日本会計研究学会国際交流委員。
研究テーマは会計・統合報告と資本市場。IFRS、企業開示制度改革、ガバナンス改革の効果・影響を主に資本市場の視点から研究している。
著書に『会計情報と資本市場:変容の分析と影響』(中央経済社、2018年)などがある。日本公認会計士協会第47回学術賞、日本会計研究学会太田・黒澤賞、
日本経営分析学会賞(著書の部、論文の部)、国際会計研究学会賞を受賞。