財務実務家のつぶやきVol.5

時は金なりー現在価値とお金の時間価値

「時は金なり」は複利効果

米国の政治家、外交官だったベンジャミン・フランクリンの言葉に「時は金なり」があります。節約を大いに推奨し、自らも実践して死後、巨額の遺産を縁のあるフィラデルフィア市とボストン市に寄贈しています。その背景にあるのが「複利効果(Compound interest effect)」です。節約してお金を銀行に預ければ、金利が金利を生み、雪だるまのように増えるという資産形成の知恵です。


日本で言えば、一休さんのトンチ話でしょうか。お殿様から「何でも褒美をやる」と言われ、お米一粒から毎日、倍々ゲームで増やしていくものです。日歩10割のとんでもない金利ですが、スタートが少ないのでお殿様は許したわけです。複利効果と将来価値の理解があれば、その恐るべき“カラクリ”に気づいたかもしれません。

お金の時間価値:将来価値と現在価値

複利で計算する「将来価値(future value)」に対し、将来のお金を現時点の価値に割引くのが「現在価値(present value)」です。今でこそ、現在価値はビジネスパーソンなら、誰もが身につける知識になりましたが、筆者が学んだ1970年代はビジネススクールで最初に知る考え方でした。財務の教科書では「今日の100円は明日の100円よりも価値がある」と表現され、「お金の時間価値(Time Value of Money)」を学びました。お金の価値は受け取るタイミングで決まると理解することで、会計と財務で大きく異なるのは時間の要素だと気づかされました。


現在価値の考え方はキャッシュフローに基づく時価の計算に使われます。最も頻繁に使われるのは将来キャッシュフロー予測に基づく「会社の価値(Corporate Value)」の計算で、企業買収や減損会計における重要な考えです。財務的な考えが会計領域にも浸透し、本来は取引の記録である会計に将来予測の正当性の判断が求められるようになったことで、財務と会計の線引きが難しくなったとも言えます。しかし、時間の要素を重視する財務と、簿価を重視する会計との視点の違いはまだまだ存在すると感じます。

売掛金を時価会計で評価すると?

時価会計が様々な分野に広がり、バランスシートの勘定科目については透明性が増してきました。ただ、資産の中で現金に最も近く重要な売掛債権については、まだまだ十分とは言えません。売掛債権は一年以内に回収される債権であれば、現金払いも一年後の支払いもすべて額面で評価します。日本の場合、倒産も支払遅延も発生確率は低いのですが、コロナ禍で今後、信用リスクが高まることが予想されます。目の届きにくい海外子会社の売掛金の内容を正確に把握するには、単純に会計士が認めた貸倒引当金の計上だけでいいのか、その計上額は適正かなどについて、親会社として正しく検証する手段を持つ必要があります。


具体的にご紹介します。筆者が米国駐在時、ある子会社の売掛債権を証券化した際の目的の一つは、売掛債権の内容を把握することでした。今では、欧米で活用が進んでいる「サプライチェーン・ファイナンス(SCF)」(※1)によって取引先の債権を割引することが考えられます。もちろん、すべての債権を割り引く必要はありませんが、四半期末ごとに分散して割引を受けて取引先のリスクを割引率で知ることが、営業面でのリスクを測るために重要な情報になります。同時に、債権の時価を知ることも可能になります。新興国の海外子会社が扱うローカル通貨は日本と異なり金利が高いので、割引コストを信用コストと理解して、現在価値で収益性を判定する必要があります。引当計上に相応するものと理解できれば、営業の評価も変わるかもしれません。また、本社側で子会社へのユーザンス供与(※2)により為替リスクを負担する場合は、本社への支払いを早めて本社側の為替リスクを軽減できるメリットも忘れてはいけません。子会社が会計上の利益を上げる手段としては、大量生産で在庫を増やしてでも原価低減を図るか、支払条件を緩和して売上増加・利益率改善を計るのが代表的です。今回の危機でも過去に発生した問題から学ぶ必要があるのです。


前職では、欧州の「取引信用保険」(Credit Insurance)の仕組みも知りました。その保険に基づいて取引先への与信限度額を設定するのが一般的でした。実際には、その限度額をはるかに超えた与信供与がなされ、結果として貸倒損失を計上するケースもありました。海外子会社を親会社が十分にモニターできない日本企業に当てはまる事例です。最近では、グローバルに入手可能な信用情報から取引先の信用リスクの変化を把握し、計上している引当額が適正かどうかの検証に活用することも可能になっています。


※1: サプライチェーンにおいて、物理的な「物」の管理だけではなく、金融機関との取引や資金繰りといった資金の流れも含めて最適化すること
※2: 外国貿易取引において一定期間、輸入代金の支払いを猶予すること。または支払繰延金融、信用の供与

キャッシュの見える化から売掛金の見える化へ

財務の業務は今後、社内のデータと外部の情報サービスを使って、リスク管理をはじめとする管理・分析業務の自動化に注力する必要があります。「キャッシュの見える化」の次は「売掛金の見える化」の自動化です。最初からすべてでなくても、重要性とリスクの高い国を対象にモニターすることが必要でしょう。現在価値はキャッシュとして回収される価値と考えるべきで、将来キャッシュフローの回収リスクが高まるコロナ禍のグローバルビジネスにおいて必ず備えるべきことといえます。

 

大田研一氏

電機メーカー(NEC)の財務30年で海外勤務13年(ニューヨーク)。

米国の財務手法を日本に移植

(CMS、コミットメントライン、本社ビルの証券化、シンセティックリース等)。

2001年から投資銀行、ベンチャー企業、戦略コンサルティング、MOT大学院教授を経て、2008年に株式会社アコーディア・ゴルフの取締役常務執行役員に就任。

2010年に退任し、現在は財務コンサルタント、社外取締役、大学兼任講師で活動。

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掲載日:2020年8月24日

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